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ひどくのどが渇く
3>>セミファイナル
舞台の上には光が満ちていた。

光の中心にいるのは間違いなく彼女、小日向かなで。
目の前には理想の、いやそれ以上の演奏が繰り広げられている。

感覚の全てが奪われる。
意識を舞台に向けずにはおれない、強烈に惹き付ける力。
柔らかいのに凛としている、揺るぎない音。

口の中がカラカラに乾いて、無意識に唇を舌でなぞっていた。

「…小日向」

隣からの低く呟かれる声。

唯一のライバルだと認めた相手の、待ちわびた開花。
その表情には歓喜と愉悦が滲んでいる。

この人も、ずっとずっとこの音を待ちわびていたのだ。
そう考えて、ふと違和感を覚えた。

(…この人も?)

己も、この音を待っていたというのだろうか。



「…貴様はこのままでいいのか」

思考に耽る私に、不意に掛けられた問い。
おもわず振り仰いで、真っ直ぐに舞台に視線を送る冥加の横顔を見つめる。

なんのことか、言及していないのにわかってしまった。
冥加が、あの時のことを話題にしていること。
あの、忘れもしない…忘れられない7年前の出来事。

おもわず目を見張り、冥加を凝視してしまう。

知っていたのか。
自分もあのコンクールの参加者であったことを。
私にとっての、あのコンクールの意味を。


そして理解した。

私は、小日向かなでを愛していたのだ。
あの音を、あの光を。
ただ焦がれて焦がれて。

己の理想として。
彼女を目標とした瞬間に裏切られて。目標を見失ってしまったから。
彼女と練習するだびに感じた苛立ちは、彼女のことが嫌いだったわけではなく
己の目標であったはずの“彼女”が失われてしまったことを、突きつけられてしまうから。

でも彼女は取り戻した。
あの頃の音を…いや、あれ以上の成長を遂げて。

己の目指す先に、はっきりとした道が見えた。


知らず苦笑が漏れる。
自分のことなのに、自分よりも冥加の方が私のことを理解していた。
お互いに不干渉、必要以上の接触を持たない私たちでも、間には何か絆のようなものが芽生えているのだろうか。
こうしてあの冥加が忠告するほど、自分は危うかったのだろうか。

そして、このせっかくの忠告を無駄にするなんて、そんな勿体無いことなどできはしない。


「…冥加。
ファイナルでの演奏、今から編成を変えることはできる?」

「1曲だけなら可能だろう。
ただし、全ては演奏を聴いてからだ」

「上等」

短く、けれど力強く答えた英里子に、冥加は口元に薄く笑みを刷いた。

ずっとずっと眠り、くすぶっていた音が目覚める。
常に気怠げな態度を崩さなかった彼女が、やっと本気になった。

(ようやくこいつの本来の演奏が聴けるのか)

今までも、天音で副部長に選ばれるほど演奏技術は非常に高く、卒のない演奏だった。
特に英里子が得意とする失望や失恋を謳う曲の完成度は、冥加と張り合い、もしかしたらそれ以上かもしれなかった。
それでも、英里子の音は何かが決定的に欠けていた。そしておそらく、今、彼女はそれを取り戻したのだ。

(感謝するぞ、小日向)

優勝への足掛かりのためだけではなく、英里子の演奏へと期待を込めて
冥加は再び舞台へと、奏でられる演奏へと意識を戻した。

英里子の意識も既に舞台へと戻っている。
舞台を見つめる目に力が籠もった。

今までになく高揚している自らを自覚する。
息が詰まるような感覚に胸が苦しく感じて、胸元をギュッと握りしめる。
口角が自然と上がり、口元には不敵な笑みが刻まれた。

彼女の音は、今も昔も私を捕らえて離さない。
それでも今は、ただ憧れるだけでなく。

(…ああ、ひどくのどが渇く)

長き渇きから解放されたはずなのに、今はそれ以上に飢えている。
今、この手に楽器がないのが心の底から口惜しい。

この、胸に迫る思いを何と呼ぶのだろうか。










→アトガキ

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