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プラネタリウム





タタン、タタンと階段をリズムをつけて降りていく。
エントランスを出る前に集合ポストを覗くと広告が何枚かとハガキが入っていた。
ポスト横の「不要なチラシはこちらへ」の箱の中にチラシを捨て、歩きながらハガキを見る。
それはプリントアウトした写真に切手が貼ってあるもので夜空が写っていた。

"満天の星を見た。プラネタリウムみたいだった。"

写真に走り書きのように書かれており、それでも几帳面さを思わせるのは御幸の字だ。
明日、御幸が帰ってくる。今回は移動が重なり二週間振りか。
帰る日は決まり事のように御幸の部屋で待つ。しかし留守の間に窓を開け風を入れたり軽く掃除をする為に数回訪れる。
明日帰ってくるのだから今日は行く必要はない。つい二日前に空気を入れ換えたばかりだ。
それでも御幸のマンションに向かうのは自分の為だった。何となく、あの部屋にいたくなるのだ。
慣れた手つきで鍵を開け、小さく「ただいま」と呟いてみた。
口にした途端そんな自分が恥ずかしくなり熱くなった頬を叩いて頭を振った。

「うわー俺バカじゃねえっ」

わざと出した大きな声で先程の呟きを掻き消そうとした。
途中のコンビニで購入したペットボトルのお茶と遅い昼食用のおにぎりをローテーブルに出して早速頬張る。
床に座りソファに凭れて御幸からのハガキを取り出した。

(珍しい、こんなの)

普段この程度の留守でハガキなんて送ってくるタイプではないので余程綺麗な星空だったのか。…それとも。
デジカメで撮ったであろうそれは残念な事に満天の星の全ては写り込んでいないが何だか嬉しかった。
三つ目のおにぎりを平らげてメロンパンの袋を開ける。
床からソファに座り直しメロンパンをぱくついたらポロポロとパンくずがソファに落ちた。

「あっヤベッ!怒られる」

いつも御幸にソファで物を食うなと言われている。ダイニングではなくついここで食べてしまう。後で掃除しなければ。
その時、インターホンに一階の入口にこの部屋の鍵が差し込まれた事を示すランプが点いた。

(………え?御幸?何で、)

一瞬頭がパニックになった。帰るのは明日ではなかったのか。何だか色々慌てた。
ソファのパンくずを掃除してない、とか留守の間にここで過ごしてる、とか悪い事をしているのを見つかったみたいに。
結局、部屋のある五階まで上がってくる時間なんて僅かでアワアワしてる内に到着したようだ。

(パンくずだけでも掃除すればよかったぜ…)

ガチャ、とドアの音がすると同時に廊下に続くドアから顔を出した。
靴を脱ぐ御幸に「お、おかえり」と声を掛ける。顔を上げた御幸は何故かニヤリと笑っており、荷物を廊下に投げた。
同時に走るような凄い勢いで廊下を抜け、沢村の元に来ると腰と後頭部に手を回し口付けてきた。
あまりの勢いに声も出ずそのままソファに倒れ込む。のしかかられ両頬を手で固定され更に口付けが深くなる。

「…は…っ」

角度を変え口内を御幸の舌が激しく動き絡め取る。あまりの熱さに息をつく暇もない。
一瞬、御幸の舌が外れ己の唇を舐めた時に胸を押しやり文句を言おうとした。しかし先に言葉を発したのは御幸だった。

「…ただいま」

両頬を固定されたまま御幸の不敵な笑顔を見せられる。結局は何も言えず、小さく二度目の「おかえり」を口にした。
そうしてようやく満足したような微笑みを浮かべた御幸に解放され起き上がり呼吸を整える。

「…なあ、明日じゃなかったのかよ」
「急に一日早まったんだ」
「そっか…」
「真っ先にお前に会いたかった」
「え、じゃ俺んちに行ったのか?」

頬が熱くなりつつ尋ねる。だとしたら申し訳ないと思った。疲れた御幸をあちこち移動させた事になる。
御幸はまた口端を上げ不敵な笑みを見せた。

「いや、行ってない。お前がこっちにいたらいいなと思って賭けてみた」
「何で?」

聞いても御幸は答えずに笑んだまま触れるだけのキスをした。
そしてテーブルに置いてあるハガキに気付き、手に取った。

「コレ、移動中すげー星空見たんだよ。デジカメ持ってる奴に貸りて、ホテルでプリントアウトしてもらった」
「そうなんだ」
「ちゃんと写らなかったけどな。でもお前に見せたかった、いや違うな、お前と見たかったんだ」

笑ってテーブルに滑らせるように戻した。

「俺、満天の星空見てプラネタリウムみてーとか思っちまった」
「アンタにとっての星空はそうなんだな」
「まあね。お前は?長野?」
「そうだな、長野の山で見てた星かな。星が一個くらいはこぼれてくると思ってた」

御幸は静かに笑ってキッチンに入り冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。
リビングの壁に寄り掛かりまた少し笑う。

「満天の星イコールプラネタリウムって、何か俺可哀相じゃねえ?」
「別に、都心に住む人はそんなもんじゃん?可哀相とか思わねえけど…でも、」

御幸を見上げニヤリと悪戯っぽく笑んだ。

「俺に会えなくて寂しがるアンタは可哀相だと思うよ」
「………ぬかせ!」

御幸は一瞬びっくりしたように目を見開いたのち唇の端を吊り上げ笑った。

「明日と明後日はオフなんだ」
「へえ、久々に時間出来るな」
「だから明日、プラネタリウム行こうぜ。俺が小さい頃見てた星空を紹介するよ」

二人してつい笑ってしまったが、御幸の言葉は嬉しかった。
自分と満天の星空を見たいと言った、それを明日実現させるつもりなのだ。

「いいぜ。じゃあ、俺もいつか俺が小さい頃見てた星空を紹介するよ」

また二人で笑った。そしてキャップを開けミネラルウォーターを飲もうとした御幸の笑い声がとまった。
何かと思い御幸を見るとソファを凝視している。

(…ヤバ、パンくず…)

「お前、またソファで食ったな…何だそれは。パンか?」
「………メロンパン」
「バッ…!そんなポロポロこぼれるものを!」
「悪かったって!掃除するから!…それよりさ、」

慌ててごまかす。

「天井に星のシール貼らねえ?」
「星?」
「うん、電気消すと光るやつ!あれ買って寝室の天井に貼ろうぜ!」
「…へえ、いいかも」
「な!?俺んちの天井にも貼ろう」

御幸が思いがけずノってきたのでホッと胸を撫で下ろすも「掃除、しとけよ」の台詞にへいへい、と唇を尖らせた。
掃除しながらチラ、と御幸を見ると天井を仰いでご機嫌そうだ。星のシールが楽しみなのか、プラネタリウムが楽しみなのか。


いつか本当に連れてってやろう。
カッコイイけど我が儘で独占欲が強くてでも傍にいないとすぐ弱ってしまう程自分に惚れてくれてるこの男を。


そして降ってきそうな満天の星空の下で抱き合おう。

彼はやはりプラネタリウムみたいだと笑うだろうか。




end

2010.5.5〜6.7






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