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あの雲にはしごを掛けて
 ※自転車屋パロ





いい天気。
真っ青な空に子供が落書きしたような白いモコモコの雲が浮かんでる。

外周二キロのマラソンコースを誇るこの馬鹿でかい公園は俺のお気に入りで、暇が出来るとここにいる。
木陰のベンチで本を読んだり、芝生に寝転んだり、近くのカフェで昼飯をテイクアウトして食べたり。
もうこの公園は俺のものくらいの気分で、近くの大学を卒業してからも、ここを見下ろすマンションに住んでいる。

今日も時間がある俺はのんびりとベンチで読書。
いつも周りの全て、ジョギングしてる人も遊んでる人も散歩してる人も何も目に入らず、一人を楽しむ。
何かしら閃いたり、それを詰めたりと大事な時間でもある。

なのに。

さっきから少しの間隔を開けた隣のベンチに座る男が気になってしょうがない。
ベンチの前に停めてある自転車を眺めたり撫でたり、チェーン部分をいじくったりしている。
特殊な自転車っぽくはなくて、男が普通に駅まで乗ってる奴のような。
このベンチのある道はサイクリングコースもあるから休憩中かも知れないと、またちらりと横を見た。
大学生でもしかして俺の後輩かなと思ったけど、自転車を触る手の感じから年上かもと思ったり。
こういう時はとりあえず敬語だなと考えた自分にびっくりした。何俺、話し掛ける気でいるわけ?


「自転車、調子悪いんですか?」

あれ、自問して自答する前に話し掛けちまった。
男は一瞬驚いたように目を見開いてこちらを見てから、ニカッと笑った。
少し陽に焼けた肌と白い歯のコントラスト、でかいのに笑うと細くなる目、懐っこい笑顔。
なんかこの人、いい。

「ありがとう、大丈夫。自転車可愛くてついいじりたくなんの」
「はあ……可愛いんスか…」
「まあね」

ニカッと笑いまた自転車をいじり始める。今の会話で終わりたくない。なんとなくそう思った。

「学生さん?公園の横の大学の」
「あ、いや、違います。あ、そこの出身なんですけど、もう卒業してて…」
「へぇそうなんだ」

超だせぇ。何を話し掛けようか考えてたところに、急に向こうから話し掛けられてあたふたしちまった。
今の口ぶりだとこの人は社会人かな。こんな平日に公園いるって事は不定期な休みか、て何プライベートな事まで気にしてんだか。

「学生じゃないなら社会人?ぽくは見えねぇな」
「お互い様っぽくないですか?」

二人して笑いながらお互いを見遣る。

「俺は社会人つーか、友達数人とネットショップ運営してて」
「すげぇな!何かイマドキの若者って感じだな」
「全然っスよ。……何、やってんスか?」
「俺はね、自転車屋やってマス」
「あぁ……!」

だから、自転車可愛い発言か。
でもこの人は、ロードレーサーと言うよりは自転車小僧っぽくて。
ロードバイクと言うよりはママチャリや変速ギアのついたマウンテンバイクもどきが似合いそう。
ガキはあれ嬉しくてやたらとギアいじりたくなんだよな。俺もそうだった。

「ちなみにお店はどこに?」
「近いよ。この公園の大通りじゃない方の出口にカフェが二軒並んでるだろ?その向かい」
「あ、わかります。テラスにやたらと犬連れた人が座ってるカフェですよね?その向かいの自転車屋さん!?」
「そーそー!あのカフェ、犬用のケーキとかあんだぜ。犬の体にいい材料とかでさ」
「まじスか!犬飼ったらテラスでケーキ食わせよう」

さっきも思ったけど、この人の笑顔とかすげぇいい。
空を見上げる事が似合う人だ。
もっと知りたい。何が好きなのか、どうして好きなのか、何がしたいのか。もっと。

「ご実家が自転車屋をやってらしたんですか?」
「ん?違うよ。あの店は俺の友達の家がやってて…まあ、話せば長くなるからやめとくけど」

いくら長くなっても構わないから聞きたい。でも今会ったばかりでそんな事は言えないから微妙な相槌を打つ。
あの店は専門的な感じじゃなくて、それこそママチャリから子供用、ちょっと特殊な物を幅広く扱ってる。
間口が広いと言うか、凄く入りやすい店だ。ある意味、この人みたいな。

「ま、その友達がオーナーで俺が雇われ店長みたいな感じかな」
「はあ………」
「とにかく俺、ガキの頃から自転車好きだったからなぁ」
「あ、あの店って子供用自転車のコーナーの壁、青空に白い雲の絵が書いてますよね」
「おっ、よく知ってんな!」
「いいですよね、子供らしくて」
「いいだろ?でもさ、子供には別にウケてねーの!褒めてくれんの親だけ!」
「そうなんですか」
「あれ、大人が思う子供らしさなのかなぁ」

別段気にしてる風でもなく、顎に手をやりながら「やっぱなんとかレンジャーとかのがいいのか?いやでも女の子は?」とかブツブツ真剣に考え始めた。
子供には特別ウケなくても、この人には似合うからあのままにして欲しい。
まだ、大丈夫だろうか。話しても。色々聞いても。
周りに目を遣るといつも見ていた公園の風景が少し違って見える。
でかい遊歩道とサイクリングコースにジョギングコース、所々におかれたベンチに両脇の木々と芝生。
その中にこの人の笑顔とこの人の自転車は何て馴染むんだろう。

「君は自転車好き?」
「……は、まぁ…好き、かな」
「そっか。皆さ、大体普通だよね。好きとか嫌いじゃなくて、交通手段として見ててさ」
「ああ、そうスね」
「俺はめちゃめちゃ好きなの」

ドキリと胸が鳴って慌てた。
別に俺に言ってんじゃねぇだろと自分ツッコミをしたあと、じゃあ俺に言ってたらドキッとしていいのかよと再びツッコんだ。
気を確かに持て、俺。

「俺さあ、小さい頃にテレビで見た映画のさ、あれあるじゃん。宇宙人が来て少年が匿って、指と指でチョン、てする奴」
「ああ、」
「あれで自転車の前カゴにソイツいれて逃げてさ、空、飛ぶじゃん。もうあれでスゲーッ!ってなって」
「ありましたね、そのシーン」
「そう。その宇宙人が飛ばしただけで、別に自転車が凄い訳じゃないんだけど。ガキの俺はもう自転車ってスゲー!としか思えなくて」

参った。この人の事、何も知らないけどめちゃめちゃこの人らしいと思っちまう。
あの映画は飛んでる自転車のバックはでっかい月だったけど、この人なら店の子供自転車コーナーの壁みたいな青空のバックが似合う。
そう、白い雲があちこちに浮かぶ、今日の空みたいな。

「飛びたいんスか」
「飛べたらいいよなあ!自転車でさ。あの雲くらいまで」

また会いたい。もっと知って仲良くなりたい。
この人が自転車に乗る所がみたい。出来れば一緒に走りたい。その為に自転車の勉強したっていい。

「……あの、」
「ん?」
「今日はお店休みなんですか?」
「違うよ。俺今ちょっと……やべっ!何時だ!?戻らねぇと!」
「あ、そうなんですか」
「おう、バイト君に怒られちまう!君も今度店に来てくれよ!自転車のメンテ、サービスするよ」

バイトだと?バイトを雇ってるのか?
立ち上がり、自転車に乗ろうとしてるところを引き止める。

「あの!自転車屋でバイトするのって経験とか資格とかいるんですかっ?」

何言ってんの、俺。勢いってすげぇ。
さすがにあの人もキョトンとしたけど、すぐに笑った。あのニカッてする笑顔で。

「資格はね、二年の実務経験つんだあとじゃないと無理なの。安全整備士と自転車技士があるけどね」
「じゃ、未経験者も?」
「うちは、自転車好きならね」
「っ!今、募集してますか!?」
「とりあえず今度、遊びにおいで。仕事もあるんだろ?」
「そっちはまあ、自由きくんで」

こうやって公園でのんびりと出来る程に。その時間をこの人と過ごせるなら最高。

「自転車はいいよ。風がすげぇ気持ちいいし」
「はい」
「もしも地球の燃料が底をついても、風みたいに走れるんだぜ?」

凄くね?って笑った。青い空と白い雲が似合う人はそれをバックに悪戯っ子みたいな笑顔で。
じゃあなと去って行こうとする背中に叫んだ。

「御幸です!」
「え?」
「俺、御幸一也っていいます。覚えておいて下さい」
「御幸くんね。俺は沢村栄純!よろしく!」

名前を告げると手を降って行ってしまった。沢村栄純、と三回口の中で繰り返す。忘れないように。
風に靡く黒髪を、自転車を漕ぐあの人の後ろ姿をカーブを曲がるまでずっと見ていた。
自分の今の状態が何なのかわからないし、でも何かしたいし、ワクワクするし。
ああもう。とりあえず。
明日にでも沢村さんの店に行こう。どうなるかわからないけどとりあえず行こう。

そこから色々始めよう。

その夜、夢を見た。
パステルカラーの青空に浮かぶ白い雲の一つにはしごを掛けて飛び乗って、隣の雲には自転車を乗せて。
ベニヤ板を塗って出来たカラフルな虹を雲に架けた沢村さんがニカッと笑っていた。

あんなファンシーな夢を見たのは初めてだ。だけどそれすら似合ってる。
さあ出掛けよう。今日もまた、あの人みたいな青空だ。





end






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