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決意表明





「おはようございます」
「おはようございます」

朝の挨拶が飛び交う高層ビルのオフィス。35階と36階の2フロアを貸し切っている。9時始業だが8時半には仕事を始める。
部署によっては始業ギリギリに出社しても平気だったりするから最初は不公平とも思った。
今はもう慣れた。秘書課勤務なのだから仕方ないと思える。9時前には仕事を始めてしまう社長より遅く来る訳にはいかない。

内線が鳴った。見ると同期の総務課の金丸からだ。総務の朝も早い。

「沢村です」
「金丸だけど。あのさ、今御幸専務がそっち行ったから」
「え?わかった、サンキュ」
「あぁ…気をつけろよ」

小声の金丸の内線を切る。同期だから色々心配してくれるんだが、どう気をつければいいのか。

「おはよー沢村!今日も可愛いな」

この、全ての理を無視するような男に。

「おはようございます、御幸専務。社長なら今日は高島課長と外出されてますが」
「知ってる知ってる。親父から聞いた」
「社内では社長とお呼びになった方がよろしいかと」
「いいじゃん、今日はお前一人だけなんだから」
「何故それを」
「今総務で小耳に挟んだ。もう一人のコ休みなんだってな」

ニヤリと笑うこの人は社長の息子でいずれこの会社を継ぐ立場にある。
武者修行的に様々な部署で勤務した後、役員に昇格し取締役、常務取締役、専務取締役と昇り詰めていった。
当たり前だ、息子なんだから。

武者修行と言っても一年やそこらその部署にいたからって全て解ったような顔されたくないと反発する輩もいるかも知れない。
年度始めから決算まで一年の流れを経験しただけじゃないかと意地悪な気持ちにもなるんだろう。
ま、でも営業も総務も企画も経験してるし、いざ社長になった時に「現場を知らないくせに」とは思われないかもね。

「なぁ沢村聞いてる?」
「あ、すみません」
「何ボーッとしてんの。俺がいるのに」
「…何のお話でした?」
「だからさ、どうやったらお前が手に入んのっつー話」
「おっしゃる意味がわかりません」
「わかんだろ?」

俺のデスクに手をついて身を屈め顔を覗き込んでくる。唇の端を吊り上げ挑むような笑顔で。

「私は秘書課の人間で社長付きの秘書の一人ですので」
「二人なんだからそんな固い口調やめようぜ?」

顎を掴んで上向かされ目が合う。御幸専務の整った顔が近付いてきた。

「なぁ、キスしていい?」
「アンタいい加減にしないと、こういう数々のセクハラを社長に訴えんぞ」

思い切り睨んでやったがこの人には効かないようだった。

「いいねその顔、ゾクゾクする。その瞳が快感で潤む所が見てぇよ」
「なにを言っ…」

また唇が近付いてきて避けようとしたら開けたままのドアに金丸が立っていた。

「御幸専務っ!」
「…何?」

渋々そちらを向いたが顎を掴む手は離れない。

「総務部長と営業本部長お揃いです。第二会議室にお願いします」
「了解ー。また後でな沢村」

チュッ

と本人は俺の頬にしたつもりだったようだが実際は俺が間に挟んだクリアーフォルダー越しだ。

「ケチ」
「何とでも」

手をヒラヒラさせて部屋から出ていく後ろ姿を見送ってから金丸に尋ねる。

「今日会議の予定あったっけ?」
「いや、今朝突然。会議っつーか三人で打ち合わせ程度みたいだぜ」
「ああ、だから狭い第二ね」
「御幸専務、昨日も総務部長と随分長いこと打ち合わせしてたぜ」
「ふーん?何かあんのかな」

デスクに頬杖をついて金丸を見ると何だか不機嫌そうな。

「何?」
「いや、御幸専務にもっとハッキリ言った方がいいんじゃねーの?」
「言ってんだけどね」
「まあなぁ、懲りないっつーか。俺らが入社してずっとだもんな」

長い溜め息が漏れた。そうだ。入社して二年、ずっとこんな感じだ。
キスしようとしてきたり、腰に手を回してきたり、そして口説き文句は数知れず。

「お前よく堪えてるよな」

金丸が感心したように言う。自分でもそう思うよ。
でも意外に紳士な気がするんだけど、散々色んな事されといて人格疑われそうだから言わない。
だって、二年こんな感じだけど実害はないっつーか。あったら困るけどさ。

「今日社長戻んの?」
「ああ、14時には」
「一人なら飯食いに出れないだろ。昼は何か買ってきてやるよ」
「いつも悪いな」
「オゴリで勘弁してやる」

笑って金丸を見送る。いい奴だ。
ハッキリ言って社長がいないと仕事がはかどるので普段なかなか進まない雑務をこなした。
金丸が買って来てくれた、人気らしいロコモコ弁当を部屋の隅にある給湯スペースでパクつく。
軽快なノックの音とともにまた御幸専務の声が響く。

「沢村ーメシ…ってあれ?」
「こっちです」
「おー、何もう食ってんの?一緒に行こうと思ったのによ」
「今日出れませんから」
「いいじゃんそんなの。な、一口くれ」

雛鳥のように口を開ける専務を無視して残りを掻き込んだ。

「ケチ」
「さっきも聞きましたよ」

お茶を飲み干し片付けてたら御幸専務が真面目な顔で言ってきた。

「沢村、ちょっと社長室来いよ」
「何でですか」
「話、あるから」

結局部屋をカラにする羽目になった。秘書室の奥にあるドアを開け勝手に中に入る。
御幸専務は社長のデスクの向かいにある黒い革貼りの椅子にドカッと座った。
上質な毛足の長い絨毯を踏みしめ専務の前に立つと長い足を組み椅子を左右に揺らしながら俺を見上げてる。
唇の端を吊り上げて笑っており、何だと思うと同時にその唇が開いた。

「沢村。俺、社長になるから」
「……は?…い、いつ!?」
「来期から。つまり4月1日ね」
「ええええっ?社長はっ?」
「会長になる。まあまだ権限は親父にあるがな」

あまりの事に言葉が出ない。あと一ヶ月で御幸専務が社長に…。
副社長はうちの会社は何故かいないしな。ぼんやりと忙しくなると思った。

「か、会長室は?」
「この部屋。このフロアに社長室を新たに作る」
「ああ成る程…」
「明日には社内に通達が回るから、二代目が会社を潰すと不満が出るかもな」

御幸専務が笑った。世間一般でよく言われる事だ。初代が築き上げたものを二代目がダメにして、三代目が盛り返す。

「ま、俺は二代目が1番凄かったって言わせて見せるぜ」

不敵に笑う。

「…大丈夫じゃ、ないですか」
「ん?」
「アンタが、御幸専務が人並み以上に努力してきた事は社員は知ってるから」
「別に努力なんてしてねーけどな」
「俺が入社した時アンタは既に取締役だったけど、各部署でやってきた事結構聞かされた」

無茶苦茶やってたからな、と笑い椅子から立ち上がり社長のデスクに寄り掛かる。

「だから、頑張…」
「一緒にな」
「………は?」
「沢村、お前は4月1日から俺の秘書だ」
「………え?」
「お前いっつも"自分は社長付きの秘書だ"って言ってたじゃん」
「…はぁ…」
「だから会長付きじゃなくてこのまま社長、俺の秘書に、な?」

ニヤリと笑い俺を見ながら続ける。

「どうする?お前。本当に嫌ならいいぜ」
「………」
「親父に沢村寄越せって言ったのは俺だし、話通す前の今ならやっぱ無し、で済むぜ」

俺に選ばせるのか。何て狡い人だ。俺が受けると思うのか。

「…俺、アンタに二年セクハラ受け続けてんだぞ」
「仕方ねーな。お前に変な虫がつかねぇように俺が狙ってんだって周りに知らせとかねーと」
「…は?」
「でもトップに立ってからお前をモノにしようと決めてたからさー」
「…へ?」
「むしろ二年間あんなんで我慢した俺、凄くね?」

…何だ、この人は。俺が入社した二年前からそんな事を考えて行動を?まさか…。

「俺が秘書課配属になったのって…」
「あ、俺俺。向いてるっつったの。まあ俺が社長になった時の為に親父の秘書で経験つめばいいかなーって」

脱力感で膝が崩れそうだ。俺の人生この人の掌の上かよ…。
しかも秘書、自分に向いてると思ってたよ…。

「で、どうする?」

御幸専務がまた不敵な笑みで促す。…俺は、どうしたいのか。
でもひとつ解った事がある。俺はきっとこの人が潰れるのも潰されるのも見たくない。その為の手助けなら出来ると思った。
ならば、答は決まりだ。俯いていた顔を上げた。

「その目、決まったみてーだな」

俺が口を開くより先に御幸専務が右手を差し出した。俺も右手を差し出して握手に応じた。
その瞬間思い切り手を引かれ胸に飛び込んでしまった、と思ったらまた顎を掴まれついに唇を奪われた。
ご丁寧に俺の右手を左手で掴み直して体勢を整えて。

「ん、んっ!」

離れようと胸を押してもびくともしない。片手は捉えられたままだから力も入らない。
ギュ、と歯を食いしばっていると御幸専務の舌が唇をこじ開けて歯列をノックする。
それでも緩めなかったら下腹部を俺のそれにグッ、と押し付けてきた。

「っは…、」

びっくりして声が出た隙に舌が捩込まれた。卑怯な。

「んっ…ふ」

腰を引いたら御幸専務が体を反転し社長のデスクに押し付けられ、逃げる事も適わない。
逃げても舌が執拗に絡まって上顎や舌先をくすぐられて吐息が漏れる。
もうヤバイ、と思った所でガクッと膝が折れてしまった。
俺の顎を掴んでた御幸専務の手が腰を支え、ようやく唇が解放された。

「はぁ、は…っ何、すんだっ」
「何って、これからヨロシクのキス」
「な…っ!ふざけんなよ!大体トップに立ってからじゃなかったのかよっ」

御幸専務の驚いたように見開いた目を見て失敗したと思った。
まるで、社長になったらオッケーとか言ったみたいに聞こえてねぇ!?
口端が上がりス、と目が細められた。うわ、獲物ロックオンしたみたいな顔。

「じゃあ続きは4月1日に」
「いや違くて…そういう意味じゃ、」
「ワリ、ようやくのお前とのキスでちっと夢中になり過ぎちまった」
「いや、それでもなく…」

御幸専務は呆然としてる俺の頬にチュッとキスをした。
目まぐるしく事態が変わって行く事に頭が少し追い付かない。
ただ社長が戻るまでに黒く光るデスクにベタベタとついた二人の手の跡を拭き取り、磨き上げなければと思った。

「忙しい俺の為に社長室の奥に防音の仮眠室作るのはどう思う?」
「却下。防音の意味がわかりません」
「お前の為の防音なのになー」

御幸専務が楽しそうに笑いながら話す。その笑顔を見ていると沸き起こる感情がある。
苦労や努力は一切表に出さず、いとも簡単にやってのけたかのように振る舞うこの男が。
自分が描く将来のビジョンを実現出来るように外野の雑音から俺が守ってやる。
環境は俺が全て整えてやる。だから。

「てっぺんとれよ」
「…お前が手に入るなら」

蕩ける笑顔と蕩けるキスが降ってきた。




end


5555hit 比奈さんへ  リクエスト→御沢で社長×秘書(セクハラ三昧)
ご本人様のみご自由になさってくださいv リクエストありがとうございましたv





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