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だからここでおやすみ




すぐに寝入るほど疲れた体をもってしても、なかなか眠りに付けない夜に考えることがある。
どれが正解かなんてわからない。
でも、見ているだけでよかったなんて思えない。
そんなことは、とても。








想いを告げたのは、衝動というわけではなかった。
膨れ上がった想いは勝手に溢れ出て、練習中だろうと校内だろうとその姿に意識が向かう。
こんなことではいつか人に指摘されるし、本人にも気づかれるかも知れない。何より野球に集中できないのが嫌だった。これ以上は無理だ、そう思い玉砕覚悟で告げたのは春まだ浅い季節。用具倉庫の裏の芽吹いてもいない木のそばで、好きですと告げたとき吐息は白く風に流された。
かなり冷え込んだその朝の、練習が始まる前に一人汗ばむほど緊張の中。男同士だけど、好きで仕方ないのだと、伝えれば伝えるほど緊張が高まっていく。

「……おまえ、そんな……」

御幸が何やら呟いたけれど、その声は吹き付ける風の音より小さくて、うまく頭に入ってこない。ただ所在無げに佇みながら返事を待つべきなのか、立ち去るべきなのかを図りかねていると、御幸の腕がこちらへ伸びて沢村の体を包み込んだ。
柔らかく、ふわりと。

「え、な、なに……」

圧迫感のない柔らかな拘束に、それでも指一本動かせない。冷えていたはずの朝の風が、途端に熱を孕んで二人を取り巻いた気がした。

「おまえから、すげえ熱気が立ち上ってるんだけど」

なんかあちいよ、と笑みを抑えようとしても溢れるように喉を鳴らして笑っている。

「し、仕方ないじゃないすか……こんな」
「こんな……なに?」

言葉を交わしながらも解けない、柔らかな拘束。だらりと垂らしたままの両腕に意識を集中する。その背中にまわすことも、その胸を押し遣ることもできない。
続く沈黙は周りの音を際立たせており、風の音や葉の擦れる音、互いの呼吸までが大きく聞こえる。
遠くに誰かの声も聞こえて、そうだもうすぐ他の部員が来る、そう思い逃れようとした時、耳もとで御幸が囁いた。

「おれで、いいの」
「……え?」
「おまえは、おれでいいの」
「……おれでいいとかじゃなくて……御幸先輩が、好きで」
「じゃあ、こんなふうにおまえを抱きしめたり、キスしたり、そんな付き合いをしていいの」
「は、……はい……?」

正直そこまでは考えておらず、ぎこちない返答になった。玉砕だと、文字通り当たって砕けるのだと思っていたから、思わぬ展開に一番戸惑っているのは他でもない、自分自身だ。
沢村の肩口にある御幸の顔は見えないまま。
少し拘束が強まり、静かに吐いた息がすぐそばの耳を湿らせた。ぞくりと背筋を這い上がるものには気付かない振りをして、何とか自分の力で立っている。御幸の言葉を聞き漏らすまいと、知らずに集中していた。

「じゃあさ、おまえとつきあって、大事にしたり可愛いがったりするの、おれの役目ね」

少しの沈黙のあと、耳の横で御幸の声がする。ゆっくりと、言い聞かせるように。

「はい……ってか、いいんすか……?」
「ヤラしいことすんのも、おれとだけね」
「やっ、やら……!」

肩口で御幸が笑っている。からかわれたのだと気付き、そこで初めて顔を見ようとしたら同時に御幸が覗き込んできた。
目の前にある眼鏡の奥、うす茶色の瞳は思いがけず真摯な色をたたえていて、見惚れているとさらに近づき何か柔らかいものが唇に触れる。
ちゅ、と音を立てて離れたそれにキスをされたのだと気付いて、あまりの驚きに口がぽかりと開いた。

「すげえ真っ赤。なあ、そんなくち開けてさ、舌入れてってこと?」

抱き込まれたまま、眼前でニヤついた御幸が囁くのに、慌てて胸を押して逃れようとした。沢村にとっては初めてのキスではあったもののそんな感慨に耽る余裕もない。

「み、御幸先輩、いきなりキスとか! てか、もう人が来るって……!」
「いいじゃん、つきあった記念。もっかいだけ」

胸を押す両腕を掴み、引き寄せてもう一度顔を寄せてくる御幸を必死で押し返した。きっと、もうじき集まってくる。

「つれねえの」
「そういうんじゃ……! 今は……っ」

今は、なんて言おうとしたのか、我に返って赤面した。これじゃ、まるで。
そしてそれを見逃す御幸でもなく。

「今は……? 今はダメだけど、あとでゆっくり?」

唇が弧を描き、眼鏡の奥の瞳は細められていて、目が離せない。もう逃げられないような気分にさせられる。捕まってしまった、ような。
固まってしまった沢村の両腕を掴んだまま、そっと顔を寄せて鼻の頭にキスをした。その小さな音が魔法を解く合図だったかのように、自由に動くようになった手足で慌てて御幸から離れる。

「沢村、これからよろしくな」
「は、はい……よろしくお願いします」

チラリと窺った御幸はもう、いつもの顔で笑っていて、なんとなく安心していた。
御幸と離れた隙間に冷たく澄んだ空気が入り込み、上りきった体温を下げ熱気をさらっていく。
誰かが来る前にグラウンドに出て準備を始めた。見上げると透き通った冷たい空気のてっぺんに空の青が広がっている。これから暖かく、そして暑くなるにつれ、その青も色を濃くしていく。
そのころも、そのさきも二人で。
そう思った途端にカッと顔が熱くなる。でもつきあうというのはそういうことなのだと、自分に言い聞かせるように思った。







「……あ、あっ」
「沢村……気持ちい?」

そう聞いてくる御幸の声も興奮で上擦っている。
つきあうようになって、こうして互いの部屋で互いのものを慰める行為に耽るようになった。桜が咲くころには、すっかり慣れた行為になっていた。
向かい合って座り、互いのものに手を伸ばして。ただ沢村の手は御幸の手によってもたらされる快感に翻弄されて、ただ添えているだけになっている。
濡れた音が響く。上下に擦りながら、先端から溢れてくる蜜を絡ませるように親指の腹で撫でられると、もう声を抑えられなくなってくる。
すると顎を掬うように唇が重ねられ、舌が挿し込まれる。漏れる声を味わうように、舌を絡ませて擦り合わせて、口のなかを蹂躙していく。

「ん、ん……っ」

シャツの中に手が滑り込んで胸の突起を探り当て、指の腹で転がされると慣れた刺激はすぐに快感に変わる。 
あちこちがもう、気持ちよくてたまらない。
唇も胸も離さないままに、ゆっくりと体重がかけられて押し倒されていく。近頃はこうして、のし掛かられた状態で達することが多くなった。
まるで、先を望んでいるかのように思える体勢に、唇が離れたタイミングでそっと目を開けて御幸を見た。
御幸は両手の愛撫を休めることなく、沢村をじっと見下ろしている。少し上気した頬で、恍惚と。
そんな表情の御幸と目が合ってしまい、思わず固く目を閉じた。御幸がかすかに笑ったのが吐息でわかる。
それでなくても、ひっきりなしに訪れる快感にだらしない顔をしているに違いないのに、そんな顔をそんな表情で見られているなんて、もうどうしていいかわからない。

「なァ、沢村」
「……は、」
「少しいつもと違うこと、してもいい?」
「……なに……?」
「おまえの、舐めてえんだけど」
「え、いや、それは……っ」
「ぜってえ気持ちよくしてやるから」
「むり、無理ですっ」

思わず起き上がろうとして御幸の手に制された。あまりの衝撃に快楽を追うどころではなくなり、沢村のものも萎えつつある。
人払いをしているだろうけれど、誰が来るかわからない御幸の部屋でそんなことは出来ないと、意味は伝わるのかデタラメに口走ったが御幸は大丈夫と言うだけだ。
大体電気を消すと怪しまれるからと、明るいままこんな行為をしているのも沢村の中ではあり得ないほどの羞恥で。
さらに逃げようとしたら押さえ付けられて、萎えかけたものに柔らかくて濡れた舌が這わされた。

「あ、あ」

下から上へ舐め上げ、括れから先端をぐるりとなぞるのを繰り返されて、また硬く勃ち上がるのが自分でもわかり、いたたまれない。
先端から溢れ出すと、すっぽりと咥え込まれた。

「う、あァ、御幸せんぱ……っ、汚ねえから、やめ……!」
「汚くねえよ。風呂も入ったじゃねえか」
「ちが、ホント、汚ねえって……っ」
「どこがだよ。おまえのなら、練習のあとだって舐められる」
「あ、いやだ、あ、あァ」

それきり御幸は応えずに、頭を上下に動かして濡れた音をたてながら、沢村を感じさせることだけに没頭していた。
他人に口淫されるなど初めてで、すぐにでも達してしまいそうなところに、御幸が空いている手で胸の突起をシャツ越しに探り当てて爪で弾いた。

「んん、あ、」
「おまえ、シャツ越しに触られるの、好きな」

一旦口を離して手の愛撫に切り替えた御幸が沢村の顔を覗き込む。すげえよさそう、そう呟きながら爪で弾き続けている。扱く手はとまらない。二箇所からの刺激に生理的な涙が溢れる。

「そんな好きなの、これ。もどかしいのがイイの」
「あ、あァ、ちが……っ」

首を振った動きで涙が眦からほろりと零れた。それでも止まらない愛撫に無意識に腰が揺れる。

「あー……かわい、たまんね」
「ひァ、あ、」

またおもむろに咥え込まれ腰が跳ねた。手で扱かれながら舌や上顎に擦りつけられ、吸われる度に射精感がせり上がる。

「御幸せんぱ、も、出る……っ」
「ん」
「ちが、は、放し……!」

叫びに近い懇願は無視されて、耳を塞ぎたくなるような音を立てながら、さらに強く吸われ扱かれている。そのタイミングで、御幸の指が突起を捏ねるように摘み上げた。

「センパイ、も、出ちまうっ……うあ、あァっ」

目が眩むような射精の快感のなか、楽々と喉に流し込みながら嚥下している音が聞こえた。
はあはあと凄い勢いで上下する胸と呼吸を整えながら、信じらんねえ、と吐息とともに呟いた。

「なにが。咥えたこと? 飲んだこと?」
「……っ、どっちもっすよ!」
「いいじゃん、させろよそのくらい。おまえにまでしろとか言わねえし」
「……いや、でも御幸先輩まだ……」
「おー、ガチガチで辛えよ」
「じゃあ、つぎ……」
「これも、いつもと違うことしていい?」
「え?」

そう言うなり、ひっくり返されて腰を上げられた。まるきり後背位の体勢でまさかと振り向いたら、御幸がじっと眺めている。
その視線で後ろを晒しているのだと気付いたら、もうじっとしてなんていられなくて身を捩った。
しかしそれも腰を押さえる手と、ふくらはぎにのし掛かる御幸の足でかなわない。

「あっ」

御幸の指が、するりと後ろを撫でた。何度かそこを行き来する。

「……なァ、今度ここ使わせて」
「え、なんで……っ、汚ねえよ」
「汚くねえって。すげえ綺麗な、美味そうな色して」
「み、見るな、やめろって……!」
「……ここも、舐めてえ」
「嫌だ……! いやだ絶対やめろ!」
「仕方ねえな……今度挿れるときな」
「今度って……っ」

少し、泣きそうな声になってしまった。話しながらも、御幸の指は沢村のそこを何度も撫でていて、今にも舌や指が挿入されるのではという恐怖感が拭えない。

「おまえに負担かかるから挿入とかはナシと思ってたけど……も、おれが限界」
「負担とか恐いんすけど……それならなんで今このカッコ……」
「悪りい、ちょっとここ貸して」
「え?」

沢村のふくらはぎにのし掛かっていた足が退かされ、膝を合わせるように足を閉じさせられた。

「なに……うわ」

疑問を口にする前に内股にぬるりとなにかが入ってきた。聞くまでもなく御幸のものだ。ローションかなにかをまとい、滑りを良くしているのかぬるぬると沢村の内股に擦り付けられている。
擬似挿入なのだと気付いた時には、御幸の律動により沢村のものにもそれが擦りつけられるようにあたっていて、また快感を拾い始めた。

「ん、あ……っ」
「おまえも気持ちいい? おれも、いいぜ……すげえ」

荒い息遣いで弾んだ声のまま話す御幸に少し安心した。
自分ばかりが気持ちいいとか、そんなことはないのだと思える。
思考がまともだったのはそこまでで、あとは御幸がわざと敏感な部分ばかりを狙ってくるために、またも翻弄されて二度目を放つまで意味を持たない喘ぎしか口に出来なかった。







桜の季節が過ぎ、新緑が目に眩しくなってきた。
部員の士気も高まる季節。
沢村の声も周りからうるさいと怒られるほど大きくな
る。

「沢村、調子いいな」
「はい! ありがとうございやす!」
「沢村、調子乗んな」
「ひでえ! ひでえっす倉持先輩!」
「心身ともに充実してる感じだな」
「そうっすかね!」

先輩たちと話していると、少し離れたところに御幸がいるのが見えた。降谷との投球練習が始まるらしい。沢村もこのあとだ。
降谷も調子がいいのだと聞いた。まだ暑くなく、いい季節だからじゃないかとも思う。
チラリと御幸と降谷が話しているのを見た。気にならないと言えば嘘になる。
好きになって報われて、想いが通じ合ってつきあうことになったとしても、御幸に捕ってもらいたい、それはずっと変わらない。
御幸の横の、あの位置へ行きたいとは思う。
でも今は、そのために何が必要か、わかり始めているところだ。まだ、まだ足りない。もっともっと、登りつめてやる。
不意に、御幸がこちらを見た。目が合って多少動揺したのもあったけれど、思わず、後退りしてしまった。
何かを踏んでしまい、そうだ、さっきまでの練習道具を片付けていたんだった、と思い出した時には派手な音を立ててひっくり返っていた。

「沢村!」
「バカ!」
「大丈夫か」

ああ、バカって言ったのは多分倉持先輩だなとぼんやり考えていたら、急に抱き起こされて御幸の顔が目の前にあった。

「御幸センパイ……?」
「大丈夫か、沢村。どこか痛いところは?」
「あー……大丈夫みたいっす」
「肩や手は?」
「平気です、すいやせん……」
「気をつけろよおまえ……そんなんで投げられなくなったらどうすんだよ……」
「……はい」

背中にまわっていた御幸の腕が外れ、くしゃりと前髪を乱してから立ち上がった。沢村も立ち上がり、様子を見に来た部員たちにひとこと謝って自分が蹴散らしてしまったラダーやミニハードルを再び片付ける。
投球練習に戻る御幸を視界の隅にとらえると、そこに小野が転がったミニハードルを一つ持ってきてくれた。

「沢村、大丈夫か」
「大丈夫です、すいやせん」
「ケガしなくてよかった。御幸の慌てっぷりも凄かったけどな」
「皆さんにも心配かけちまったみたいで……」
「特に御幸は降谷とおまえに格別に気ィ配ってるからな」
「はあ……」
「ホントだぞ。おまえらが迷いなく投げられるためなら、なんだってする、そう言ってるくらいだ」
「なんだって……」
「だから気をつけろよ」

去っていく小野の後ろ姿を眺めながら、どこかで聞いたことがあると思った。

――おまえ……そんなんで投げられなくなったらどうすんだよ
『……おまえ、そんなんじゃ投げられなくなっちまうだろ……』

そうだ、あのとき。
告白して、御幸が最初に呟いた言葉。
緊張で頭に入ってこなかったけれど。

『調子いいな』
『心身ともに充実してる感じ』
『おまえらが投げられるためならなんだってする』

そういえば、あのとき御幸は言っていない。好きだなんて、ひとことも。
それに気付いたとき、スッと血の気が引くような感覚を覚えた。
なんだってする。
それで?

そのあとの練習は散々で、本当はどこか痛めたのではないかと誤解される始末だった。




夜には御幸の部屋に呼ばれた。前回から数日経っており、そろそろかなどと思う自分も待っているようで嫌だった。
今は別の理由で行きたくない。きっと、ケガをしていないかの最終確認と、練習でボロボロだったから精神的ケアが必要とでも思っているのだろう。
数日前にこうして御幸の部屋のドアの前に立った時とは、まるで違う感情でここにいる。
きっと、終わらせるべきなのだろう。でも憎まれ口のひとつでもきいてやらないと気が済まない。
そんなことをしてもらわなくても、投げられるのだと。

「どうぞ」

ノックへの返事を待ってからドアを開ける。いつも椅子に座っているのに、沢村が来る時は床に座って待っている。前に何故か聞いたら、隣に呼んですぐにくっつけるようにだと教えてくれた。

「失礼しやす」
「おう、沢村。あれからどこも痛くねえか?」
「はい、大丈夫でした」
「なんか元気ねえな。まさか具合悪りいんじゃねえだろうな?」
「いえ、違います」

こうして、いつも気遣ってくれていた。それもすべて『投手』のためだったという事ならば、それに一喜一憂してる姿はさぞかし滑稽だったろう。

「おいで、沢村」

御幸が両手を広げて沢村を呼ぶ。いつものように。
(おれのことなんて、好きでも何でもないくせに)
隣に座ると、すぐに肩を引き寄せられて唇を塞がれた。
軽く触れ合わせるだけのキスを繰り返して、舌が入り込もうと唇の隙間をなぞる。頑なに口を開かなかったら、御幸が怪訝な顔で覗き込んできた。

「沢村……?」
「よく、出来ますね。見上げた捕手魂っす」
「は? おまえ何言って……」
「おれのこと好きでも何でもないのに、迷いなく投げさせるためならこんなことも出来るんすね」
「捕手がどうした? なに意味わかんねえこと言ってんの」
「あんたが! おれや降谷に迷いなく投げさせるためならなんだってするって……!」

御幸は一瞬驚いた顔をして、ああ、と合点がいったような吐息をもらした。あれね、うん、言ったけど、とボソボソと独り言なのか話しかけてるのかわからないトーンで呟いて、頭を抱えている。

「御幸先輩、無理しておれにつきあうことはないんだ。ひとりでもちゃんと投げられる」

沢村にしてみれば精一杯の虚勢だ。嫌味はもう言ってやった。だから御幸を自由にしなければ、それだけを思うようにした。
俯いて黙り込んでいた御幸が顔を上げて沢村を見た。思いがけず強い瞳で、口を噤んでしまうほど。

「なァ、沢村」
「……はい」
「誤解すんな。投手への献身的な思いだけで男となんかセックス出来るかよ」
「……でも、なんでもするって……」
「なんでも、の限度超えてんだろ。キスとかじゃねえぞ、セックスだぞ。しかもおれのが我慢できなくて挿れてえっつってんのに!」
「じゃあもし降谷がキスしたいっつったら……」
「揚げ足とんな。降谷から離れろ」
「…………」
「ヤキモチは可愛いけどな、可愛がるのはあとだ」
「……だけど、じゃあ、何でおれと……」
「好きだからに決まってんだろ!」
「え?」
「え、じゃねえよバカ……」

はあ、と大袈裟に溜め息を吐いた。あぐらをかいた足に肘をついて、不貞腐れたような顔をしてチラリと沢村を見た。
沢村はいつの間にか正座だ。
声が漏れるといけないと、窓も締め切っているため部屋の中の温度は高い。そのうち汗だくになりそうだ。

「よそ見すんなよ」
「あ、はい。すいやせん」
「……おまえら投手のためならなんだってする、それはずっと変わんねえよ」
「はい……」
「だから、おまえを好きな気持ちはずっと押し殺してた」
「え?」
「なのに、告白なんてしてくるから。おれが耐えてるの意味ねえだろ、むしろマイナスだ」
「じゃあ、『そんなんじゃ投げられなくなる』ってのは……」
「聞こえてた? やっぱり投手としてのおまえを優先したいけど、おれはおまえが好きなわけだよ。あんなこともこんなこともしたい、つまり恋愛だよ、ただの。おまえで抜いてたしな」
「な、なにを……っ」
「おまえの想いに応えたら、おれのそんなので雁字搦めで、おまえ投げられなくなっちまうんじゃないかって。少し、葛藤した」

御幸は苦く笑って、沢村を引き寄せた。正座していたために足が崩れて、御幸の腕に飛び込む形になってしまう。体勢を整えられ、あぐらの中に抱き込まれて額にそっと唇が触れた。

「でもあのときも、こうして抱き締めたらもう、それまでの我慢なんて消え去っちまった……」
「……」
「好きで好きで、でも触れてはいけないものだったから、一度触れたら抑えなんてきかない」

沢村の額に唇を触れさせたまま話す御幸の言葉は、まるで直接頭の中に浸透していくようにすんなりと入ってきた。
だからすんなりと、御幸の背中に手を回して抱き締めた。ぴくりと御幸の肩がわずかに跳ねて動揺が伝わり、吐息で笑う。
それに気付いた御幸がまた拗ねたように尖らせた唇でキスをした。

「仕方ねえじゃん。おれ本当好きなんだって。ほら、触れてるだけでこんななっちまうくらい」

そう言ってグイと押し付けてきた御幸のものは硬く張り詰めていて、思わず赤面した。あぐらの中に抱き込まれているから、それが当たるのは当然尻のあたりで、御幸が次に求めていた行為をまざまざと思い出させる。

「わかった? 思ってる以上に、いやおまえの想像もつかねえくらい、おれはおまえが好きなんだよ。だから、ひとりでいいとか二度と言うな」
「……は、あ」
「あーあ、おれ今日すげえ楽しみにしてて。明日軽めの練習だしちょうどいいとか思って、ローションやら何やら準備してたのに。かわいそうじゃねえ? なァ、慰めてよ」

ひと息に喋った御幸は恐らく確信犯で、最初に告白した時のような、弧を描いた唇と細めた瞳で沢村を見ている。
目的は、達成するつもりだ。そしてそれを沢村から始めろと言っている。
仕方ないと思った。あのときも確かに捕まったと、逃げられないと思ったのだ。
御幸の首の後ろに手を回して、笑んだままの唇を塞いだ。誘うように開かれた隙間に舌を滑り込ませる。動かない御幸の舌に自分のそれを擦り付けてそっと絡ませた。

「ん……」

途端に御幸の瞳に獰猛さが増して、そのくちづけは激しいものに変えられ床に押し倒される。強かに打ちつけた背中に苦しくなったものの、止まらないキスに必死で応えた。
頭を抱え込むように押さえられて、背けることも出来ない。濡れた音を響かせて、文字通り貪るように。
やがて離れた唇は、頬を滑り耳の下あたりを強く吸って首筋から鎖骨へと、食むように辿っている。鎖骨の窪みの中をべろりと舐められて、腰が跳ねた。

「うあっ、や……っ」
「ここ、感じる?」

反応してしまったために執拗にそこに舌を這わされて、まだそこしか触れられていないのに、ハーフパンツの中で自分のものが勃ち上がってしまっているのがわかった。
気付かれたくないと思った時には、御幸が自分の下肢を沢村のそこに押し付けてきた。
へえ、と言う御幸の声にカッと頬が熱くなり、悔し紛れに自分から御幸のものに擦り付けてやった。
チラリと御幸の顔を見ると、上気した頬に荒くなった息遣いで、クソ、知らねえぞと呟いている。これはもしかして煽ってしまったのかと思ったが、もう遅い。
性急な指先はシャツの上から探り当てた胸の突起を、両手の爪で引っ掻いてひっきりなしに快感を与えてくる。シャツと指に擦れるのがたまらなく気持ちいい。

「あ、あァっ」

腰が揺れ始めた頃、シャツとハーフパンツ、下着まで引き剥がされて、御幸もまたすべてを脱いだ。眼鏡を外して二段ベッドの下段に放り投げたのが見えた。
ぷくりと勃ち上がった突起にしゃぶりついて、舌で転がしたり歯で甘く噛んだりと味わうように愛撫している。
声を抑えるのが難しくなったころにようやく離れ、徐々に下りていく舌は臍の穴にまで入り込んだ。

「すげえ、ダラダラ溢れてんね」

さらに下りた舌でその溢れているものを舐め取るように辿る。咥えられると、二度目の刺激でも腰が跳ねて声が出てしまう。

「んん、あッ」

舌を先端にあて円を描くように舐め回しながら、根元の方を手で激しく扱かれると、目の前が白くなるほどの快感で、何も考えられない。だけどこのままだと、また御幸の口に出してしまう。

「イく、イッちまうって、放さないと、また……っ」
「イけよ」
「嫌だ、はやく……っ、あ、あ、あァッ」

また、その時に強く吸われてイッてしまい、御幸が飲み干す音を聞かされる羽目になった。
そして朦朧としている間に、これ以上ないくらい足が開かされていたことにも気付けずに。
開かされた上に腿の下に御幸の膝がグイと入り込み、少し浮かされた状態になって初めて気付いた。

「な、なに……なんすか、まさか……」

無理やり顔を上げて御幸を見ると、予想通り沢村のそこを眺めている。指で確かめるように周りを押したり撫でたりしながら。

「ああ……やっぱ美味そう」
「ちょ、嫌だって、まじで……うあっ」

表面を舌が撫でた。信じらんねえ、そう呟いた時には舌と指で周りを柔らかくし始めている。力が抜けた隙に舌が入り込んだ。

「ひァ、あ、」

濡らしたあとに指も入り、舌と指で丹念に解されていく。ナカの襞を舐められるたびに内臓までを自由にされているような感覚に陥った。
どのくらいの時間そうされていたのか、御幸の長い指が何本か入り、自在に動いている。このへん、と御幸が呟きながら指をナカでぐるりと回し、腹側に曲げた時に衝撃が走った。

「あああ……っ! な、なに、あ、あァ」
「ここな、気持ちいいだろ、ホラ……」
「あ、あ、あ……やめ、」

手足の先から脳髄までが甘く痺れるような快感に、少しでも逃れようと必死で頭を左右に振っていた。

「あんまりイくとツライから、あとでおれのでたくさん突いてやるから」

そう言って御幸は入れたままの指を拡げたようで、ナカにひやりとした空気を感じた。
ナカまで、見られている。あまりの羞恥に目眩がした。

「ほら、すげえ綺麗な色……」
「いやだ……って、」
「こんなん、舐めたくなるってホント」

指で開いたそこに舌が這わされる。こんどはそこで濡れた音をたてながら。
ひとしきり味わったあと、凶暴なまでに張り詰めたものにローションをまとい、そこにあてがわれた。ぬるぬると擦り付けながら頭を撫でて、これ以上ないほど優しい顔と声音で言う。

「多分痛くないはずだけど、痛かったら言って。止められねえとは思うんだけど」
「止めねえのなら言ったって無駄じゃねえか……っ」

何が嬉しいのか、御幸は幸せそうな顔してキスをしてきた。
そしてグ、と凄い圧迫感とともに御幸のものが挿入されていく。言う通りそこまでの痛みはない。ただ、圧迫感は半端ない。

「はあ、は……っ、あ、あ」

どこまで入ったのか、きっとまだ全部じゃない。やたらと長く感じる。ラクになる時なんて来るのかと思っていると、不意に沢村のものに御幸の長い指が絡みついた。ゆっくりと指を上下に滑らせ、時折り先端を指の腹で撫でるとすぐにまた硬さを取り戻し、先端から溢れてくる。
その、力が抜けたのを見逃さず御幸が腰を進めた。

「うあ、あっ」
「は、全部、入ったぜ……沢村」
「ま、まじすか……」
「ああ……すげえ気持ちいい……」
「御幸せんぱ……っ、ちょっと待って、まだ……」
「わ、かってる……けど……っ」

御幸が堪えるような表情で動くまいとしている。沢村も必死で呼吸を整えて馴染むのを待つ。

「あー、キツ……っ」
「なんすか、それ」
「まじでイイんだって、うわ、おまえナカ動かすな、イッちまうだろ……っ」
「動かしてな……っ、御幸先輩こそ、そこはッ、あ、あァッ」
「ワリ、も、無理……!」
「ひァッ、あ、」

我慢できねえと動き始めた御幸にしがみついて、その律動と快楽の波に耐える。先ほどの言葉通り、御幸のものが、あの部分を重点的に突いてくる。あまりの気持ちよさに目の前がチカチカと瞬いて、声も腹から押し出されていた。
イッているのかいないのかも定かではない。ひたすら、
ダラダラと溢れているのがわかる。

「御幸せんぱ……っ、あァ、なんでッ」
「は、どうした……?」
「……おれ、はじめてなのに、なんで、こんな、きもちい……っ」
「く……っ、バカ……ッ」
「う、あ、あァッ」

御幸が呻いて律動が激しくなった瞬間、ナカに熱いものが叩きつけられ、またその刺激で沢村も達してしまっていた。
はあはあと呼吸もままならないのに、唇を塞がれた。滅茶苦茶に舌を絡ませて吸われて、苦しくて胸を叩いて、ようやく解放された。




呼吸が落ち着いても、何となく離れがたくて抱き合ったままだった。

「イく時の台詞が『バカ』って納得いかないんすけど……」
「あれはおまえが悪りいだろ」
「なんでですか」
「あんなヤベエこと言うから、思わずイっちまったじゃねえか……クソッ」
「だって、ホントになんで……」

そこまで言って赤面する。沢村にとって平常心では言えない台詞なことに気付いた。そう言う意味ではやはりヤバい台詞なのだろう。
そう納得して上にのし掛かったままの御幸を見ると、あの顔をしていた。その、弧を描く唇は意地悪なことを言うに違いない。

「なァ? 初めてなのに、なんであんな気持ちよかったんだろうな……?」

ホラ、と思った。やはり、言うと思った。
顔の熱さを冷ますように、フイと背けると意外にもそこで言及は終わり、頬にひとつ優しいキスが落とされた。
愛だろ、そう言って今度は唇に優しいキスが降ってきた。
こんな優しいキスは眠りを誘う。
眠いから抜いて欲しいと言うと、御幸は今日で一番、傷付いた顔をした。ふざけた人だと思う。
後始末はしとくよ、そんな風なことを言われてほっとして、つい、あんたのそばで眠るのは安心する、なんて口走ってしまった気がする。

「じゃあこの先の人生、ずっとおれのそばで眠るといい」

耳のそばで囁かれたその台詞に、返事をしたかどうかは覚えていない。





end



2015.5.17 発行コピー本「だからここでおやすみ」再掲




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