[携帯モード] [URL送信]
Step by step





ジリジリと皮膚を刺す陽射しが強い。じっとしてても汗が滲んでくる。
汗を吸った練習着が張り付いてて気持ち悪い。それを引っ張って隙間を作ると一瞬冷えた空気が首筋から入り込むものの、また隙間から出ていく時には熱風が下顎にかかる。
それでも繰り返すうちに、ほんの少し体温が下がった気がした。
威勢のいい声がそこかしこに響く。負けじと声を張って誰よりも動く。
頭の中から余計なものが吹き飛ばされていくのが気持ちいい。
野球の事で笑って、野球の事で怒って、野球の事で落ち込んで、野球の事で満たされる。最高。

だって、『付き合う』って何なんだ?

御幸に紙飛行機に書いた告白を見られて、思いがけず両想いになって二週間。確かにあの時、御幸は『付き合おうぜ、俺達』と言い自分は了承した。
だから今御幸と付き合ってる、筈なんだけど。

練習の後の自主練も終えて、ようやく張り付く練習着を脱いだ。
結局は何も変わってないように思える。少しの変化と言えば、パシらされてジュースを買いに自販機に行った時、よく会うようになった事くらいだ。
後で思い出す事も難しいような、くだらない事を話して笑ってちょっとの時間を過ごしたり。
それくらいの事。
これで『付き合ってる』と言えるのか?どう言う状態になればそう言うんだろう。
そもそも御幸はこれでいいのか。
普通は、デートしたり手を繋いだり待ち合わせて一緒に帰ったり?
御幸と俺が手を繋いで一緒に寮に帰る、とか……。
いやいや、有り得ないし! 帰るのも寮までだし! 想像も出来なくて思わず噴き出した。

「……だって初めてだし。わかんねえって」
「何が初めて?」

一人だと思っていた部室に声が響いて、余りの驚きにビクリと大袈裟な程肩が跳ねた。しかもたった今思い悩んでいた相手の声。

「御幸先輩!何で……? 結構前に上がったんじゃ……」
「ああ、部屋行ったらいなかったから、まだやってんのかなー、と」
「あ……もう終わりにして帰るとこ」
「みたいだな。待ってるから早く着替えちまえよ」
「うん、わかった」

上半身裸のまま着替えもしてなかった事に気付いた。慌ててタオルで汗を拭く。肩、腕、腹を拭いた所で御幸にタオルを奪われた。

「え、なに」
「背中拭いてやるよ」
「いっスよ!」
「まあまあ遠慮しないで」
「いや遠慮じゃなくて」

御幸が人の話しを聞かないで、そのまま背中を拭いてくる。拭かないと冷えるし、いいんだけど。届かないし助かるけど、でも。
俺、上半身裸なんだって。何これ恥ずかしい。ついこの間までこんなん平気だったのに。
『付き合った』からか?今まで平気だった事がそうじゃなくなるのは。
意識しまくってると気付かれたくない。顔が赤くなったりしないように、必死で気を逸らしていた。

「なあ、さっきの」
「はい?」
「『初めてだからわかんねえ』って、何?」
「えっ」
「なあ、何?」
「……いや、あの……」
何て言っていいものか考えてたらタオルが肩に乗せられて、そのまま宥めるようにポンポンと叩かれた。
「早く着ないと冷えるぞ」
「あ……、」

慌ててシャツを羽織る。ボタンを留めながらそっと盗み見るとこっちを見てる御幸とバッチリ目が合った。
それに思いっ切り驚いて急いで目を逸らした。そのまんまの、びっくりした顔をしてしまったかも知れない。いや、多分したんだろう。
だって、御幸が笑ってる。

「……何が面白いんだよ……」
「今のお前の顔、サイコー!」
「笑いすぎだろ」
「もう、目も口も真ん丸に開いちゃって……最っ高に可愛い」
「……!」

そうだ、この二週間で変わった事もう一つ。やたらと御幸が俺の事を可愛いとか言うようになった。
これはおかしいと思う。普通の高校生の男に、可愛いとか思わないだろ。
これも『付き合ってる』から?
何日か前に御幸にそう聞いたら『好きだから』って言われた。びっくりして、その日は走って逃げた。
誰かを好きになったのも初めてで、付き合うのも初めてで、自分で自分を持て余してる。どうしたらいいのかわからない。
自分の中に芽生える感情をいちいち拾っていいものか。それとも適当に流すべきなのか。

「真っ赤な顔のまま思い悩むとか、珍しいことすんね」

御幸の押し殺したような笑い声が響いて我に返った。そうだ、話してる最中だった。

「でさ、さっきの『初めてだからわかんねえ』は何?」
「……忘れてなかったのか」
「当然。何かわかんねえなら俺が教えるし。て言うか俺以外には聞くなよ」
「うう……」
「ほーら、観念して言えって」

目の前に来た御幸が俺の両方の頬っぺたを摘んで引っ張った。

「い…っ、いはいっへはっ」
「へはって」
「てばって言いたかったんだよ!」

腹を抱えて笑う御幸にムカついて、勢いよくそっぽを向いた。それがまたおかしかったみたいで、今度は笑いながら下唇をムニっと音がしそうな感じで摘まれた。

「なに」
「下唇、突き出しすぎ。拗ねた幼稚園児か」
突き出してたのか、恥ずかしい。そのまま下唇を三回むにむにと揉まれた。
「ほら、言ってみ。ん?」
「……別に……たいした事じゃないんだけど、」
「うん」
「俺、付き合うのとか初めてで……今のこの状態が付き合ってるって言うのか、ほかにどうすればいいのか、とかわかんなくて……」
「うん」
「これでいいのかなって。……もし御幸先輩が不満に思ってたらどうしよう、とか…考えてた」
「そっか」
「……ん」

自分の本心を伝えるのって、こんなに恥ずかしくて、上手く言えないもどかしさなんかをを感じたりするものだったかな。普段の俺、もっとズバッと言えてる気がするのに。
御幸から何の返事もなくて、不安になってそっと見上げてみるとまた目が合った。
でもそれは初めて見るような柔らかい笑顔で、目が離せなくなって、また御幸が近付いて来るのをただ見つめてた。

「そんな、色々と俺の事、俺達の事考えてくれたんだ」
「え……、だって」
「すげえ嬉しいよ」
「……嬉し、い……?」
「俺だけじゃない。ちゃんと沢村も変わってきてる」

変わってきてる? 俺も、御幸も…?
御幸の手がゆっくりと上がり、俺の頬にそっと触れた。その触れ方がまるで壊れ物を触るみたいに優しくて、胸
が締め付けられる。

「沢村が付き合ったりとかが初めてなの、もちろん解ってる。だから少しずつ変わっていけばいいと思ってた」
「それって……?」
「部屋に行く回数を少し増やしたり、自販機で二人になれるように合わせたり」

この二週間自販機でよく会うようになったのは偶然でも何でもなくて、御幸がそうしてくれていたのかと思い至る。
「急に変わると沢村のキャパ超えちまうかな、と思って。それで付き合うの無理とか、絶対思われたくなくて」
「…………」
「万に一つでも嫌われたくなかった。だってもう……手放せない」

頬に触れた御幸の親指がそっとなぞっていく。

「俺達にとって一番大事なのは今は野球だけど、それ以外でお前の感情を揺さぶるのは俺でありたい訳」
「……感情……」 
「そう。今どう思った? 恥ずかしい? 嬉しい? 困惑? 今、俺が原因で溢れ出てる想いすら俺のもん」

頬を滑る親指が唇に触れた。御幸は俺の唇を見ながら、今度は親指が唇を撫でた。

「ね、こんな風に俺は結構急激に変わっていってる。でも沢村はゆっくりでいい」
「……御幸はそれでいいのか」
「ん?」
「そんな、俺に合わせて……」
「いい。てかそれがいい、楽しいから」

口端を上げて、ニヤリと笑う。

「伊達にお前に片想いしてたんじゃねえよ」

こうして自分じゃ気付かないくらいゆっくりな変化でも、いいと言って笑ってくれる。
今日だけで一足飛びに変化した気がするけど。頬を包む御幸の手に、俺の手をそっと重ねた。
今日より明日、明日よりあさって。少しずつ、でも確実に変わっていく想い。

大事に育てていく。二人で、ずっと。





end


2012.6.24発行コピー本「Lyric Poetry」より再掲
「Introdution」続編









あきゅろす。
無料HPエムペ!