[携帯モード] [URL送信]
Lovely Days 3






放課後のざわめきの中、いつものように一年の教室に向かう。
週末のせいか、あちこちで浮き足立った生徒にぶつかりそうになりながら。
二人のファンらしき女生徒から「練習頑張って」などの声もかかる。御幸が適当に笑顔で挨拶するも、倉持の方は不機嫌そうな顔を隠しもしない。

「倉持、機嫌悪くねえ?さっきぶつかった奴、謝ってたから許してやれよ」
「ちげえよ。んな小せえことで不機嫌になるか」
「じゃ何よ」
「……また増えた」
「増えた?……沢村?」

横を歩く倉持をちらりと見ると、眉間にシワを寄せながら頷いた。
御幸と倉持が、変な虫がつかないように鉄壁のガードをしながら日々周りを牽制し、見張っている後輩が沢村である。
同時期に沢村に告白した御幸と倉持が共同戦線を張り、二人のうちどちらと付き合うか沢村が決めるまで、他からのちょっかいをシャットアウトするという勝手な理由からだ。
しかしこのところ、変な虫は身内から湧いてくる。

「金丸に引き続き、今度は誰よ」
「……東条」
「東条?バカを好きになるようには見えねえな…」
「ボランティアじゃねえの」
「はっは!言えてんな!」
「好んでバカに振り回されるなんて、めでてえよ」

自分たちのことは、棚のてっぺんに上げてしまっていることに気付いてもいない二人は、今日も変わらず沢村を迎えに行く。
三年が引退して新しいメンバーになり、金丸も東条も今となっては重要な戦力だ。
「Aチームになったら」そう言っていた金丸もいつ動くかわからない。

「なあ、根拠は」
「今日、俺ら用があって昼メシ一緒に食えないって俺が伝えに行ったろ」
「うん」
「皆いてよ、沢村が『じゃあ一緒に食おうぜ』つった時に東条がやたら嬉しそうだった」
「ふーん」
「あの目は、金丸と同じ種類だろ」
「面白くねえな」

階段を降りながら凶悪な顔になっていたらしく、登ってくる生徒が二人を見ると慌てたように道を譲って避けていく。二人とも苛立ったようにため息を吐いた。

「何あいつ。何か撒き散らしてんじゃねえの」
「まずフェロモンじゃねえな」
「ヒャハ!確かにな」
「ああでも、ああいうタイプは開花したら凄え色気でそう」
「オヤジくせえぞ、御幸」
「でも想像出来るか?目ぇ潤ませて濡れた唇で『……して』とか言う沢村」
「「…………」」
「出来るな」
「余裕でな」
「ヤベェ勃ちそう」
「テメェのせいだろうが!」

騒ぎながら沢村の教室に着くと、さらに教室から騒がしい声が聞こえた。
間違いなく沢村だ。覗くと、またいつものメンバーが集まっていた。春市、降谷、金丸、東条に囲まれて照れ臭そうに笑っている。

「照れるとかそんな高尚な感情あんのかアイツ」
「なんだろうな」

声を掛けようとすると、先に沢村が二人に気付いて満面の笑みでブンブンと手を振って来た。
ふと皆の方に目を遣ると、会釈をしながらも一瞬だけ、挑むような目を向けられたのがわかる。

「ホントだ」
「だろ?」
「御幸先輩!倉持先輩!」
「ん?」

二人だけで聞こえる囁きで確認し合っていると、沢村がこちらに向かって来ながらスポーツタオルを広げている。
ニカッと笑い、嬉しそうに。

「皆が、くれたんスよ!」
「へえ、よかったな」
「何で?」
「誕生日プレゼントっす!!」
「…………え?誕生日…?」
「…………誰の?いつだ?」
「今日!俺のっす!」
「は……?」
「何お前……誕生日……?」

しばし茫然としてしまった二人だったが、辛うじて自分を取り戻し、沢村の頭を「よかったな」と撫でた。
何てこった。あいつら知ってたのか。てか何で言わねえんだよバカ。俺らが知らねえとかあり得ねえだろ。お前は俺らのモンだろうが。
そんな感情が渦巻く二人に、沢村が追い打ちをかけた。

「で、今日食堂で、誕生日だからって東条がデザートのプリン奢ってくれて。めっちゃ美味かったっすよ!な?東条」
「そうだね、凄いスピードで食べてたもんな」
「ホントありがとな」
「こんなに喜んでくれるなら、またご馳走するよ。よかったら明日も食堂行く?」
「まじか!」
「誕生日週間ってことで」
「凄え魅力的だけど、今日一緒に食ってねえから、明日は先輩たちと食いたい。へへっ悪りい!」

その瞬間、教室を覗いていた御幸と倉持は、廊下の壁に凭れて心臓を抑えて、呼吸を整えていた。
それぞれの部活の生徒が次々に教室を出て行っている。野球部も例外ではない。
ぼちぼち向かわないと遅くなってしまう。

「栄純くん、先輩たち待ってるし、そろそろ僕たちも行こう」
「御幸先輩たちも廊下でおかしなことになってそう」
「あ、そっか。皆ホントにありがとう!」
「どういたしまして」

荷物をまとめて沢村も慌てて御幸たちのいる廊下に出て行った。



◇◇◇



「お前、凄えな」

部活に向かう生徒と帰宅する生徒の流れの中、少し先を歩く御幸と倉持。その二人に挟まれた沢村の後ろ姿を見ながら、金丸が隣の東条に感心したように言う。

「俺、あの二人の前で沢村誘ったり出来ねえわ」
「信二、それじゃダメだよ」
「でも」
「じゃあ沢村があの二人のものになっていくの、指咥えて見てるの」
「いや、それは……」
「俺は嫌だね。嫌なら、行動するしかない」
「…………」
「ねえ信二、あの二人がタッグを組んでるなら、俺たちもそうして2人で挑もうよ」
「え?二人で」
「そう、二人なら太刀打ちできるかも知れないよ」

ニコリと微笑んだ東条の目は本気だった。本気で、御幸と倉持に挑むつもりだ。
金丸は荷物を肩に掛け直しながら、溜息を吐いた。
想いを自覚した時の、掻っ攫ってやると誓ったあの気持ちを思い出した。
廊下の窓から外を見ると、快晴だ。日が伸びて、練習時間も長くなり自然とテンションも上がる。
頑張ってみるのもいいかもしれない。諦めたらそこで終わり。野球も、恋愛もだ。

「わかった。でも、そうするにはやっぱりあの二人に恥ずかしくないレベルになるのが先決だ」
「ハイハイ、真面目だな信二は」
「お前だってそうだろ」
「まあね」

二人して笑いながら、少し先の後ろ姿を見つめていた。見失わないように。

「早く追いつきてえなー!」
「追いつこうよ、早く」



◇◇◇



校舎を出て、グラウンドへ向かう。今日はよく晴れていて気温も高めだ。
空の青さが初夏を思わせるが、まだ湿度が少ないから風も気持ちいい。
沢村の産まれた日に、とても似合う。

「お前、気持ちいい季節に産まれてんな」
「はい!」
「でもさ、俺らが知らねえとか、ねえわ」
「え」
「誕生日。なんであいつらが祝ってて俺らが祝ってねえのよ」
「いや、俺も忘れてて」
「「は?」」

同時に間に挟んでいる沢村を見た。二人を交互に見ながらの説明によると、すっかり忘れていたところサプライズで皆に祝ってもらったらしい。
偶然昼を一緒に食べることになったため、放課後に祝う予定を繰り上げておまけのプリンまで付けて貰ったということだ。
言い出しっぺは春市かと思ったら、東条らしい。そこがまた二人の独占欲やら嫉妬心やらに火を付ける。

「沢村、今日ちょっとだけなら捕ってやる」
「まっまじスか!!」
「おう、何も用意してねえからな」
「いや凄えプレゼントっす!ありがとうございやす!!」

今度は倉持が、小躍りしそうなほど嬉しそうな沢村の頭を掴み自分の方にむけた。

「メシ終わったらコンビニケーキで悪りいけど、買ってやるからそれで許せ」
「ケ、ケーキ買ってくれるんスか」
「おう」
「凄え嬉しいっす!ありがとうございやす!」
「倉持ありがとう。ゴチになるわ」
「何言ってやがる。テメェの分はテメェで買え」
「えーケチー」
「あの!!」

突然立ち止まった沢村につられて二人も立ち止まり振り向いた。そこには二人の心臓をいつも鷲掴みにする、あの笑顔の沢村。

「あの、俺、誕生日とか忘れてて、去年はそれどころじゃなかったし」
「うん」
「こうして祝ってもらって、野球も出来て、天気も良くて」
「おう」
「本当皆に会えて、二人に会えて、ああ、産まれてきてよかったなって」
「「…………」」
「だからなんて言うか、これからもよろしくお願いしやす!」

そう言ってまたニカッと笑う。今度こそ二人の心臓を鷲掴んで握り潰す勢いの破壊力で。
わけがわからなくなるくらいの愛しさが、自らの胸を押し潰しそうで少し、泣きたくなった。

「……沢村、来年の誕生日は俺らが凄えの、シてやるから」
「そうだな、そりゃもう凄えのをな」
「な、何くれるんスか」
「何もかもだよ。開花するほどな」
「あますところなく全部シてやる」
「何か凄そうっす…!なんだろ!」
「「凄えの、期待しとけ」」
「はい!」

沢村が誰を選ぶとかそんなのは、少しどうでもよくなって、顔を見合わせて笑う。
そんなことよりも、今の楽しくて幸せな日々が少しでも長く続くことの方が大切な気がした。

「沢村」
「はい?」
「「誕生日おめでとう」」

幸せそうなその笑顔を、いつまでも。
グラウンドに向かい再び歩き始めた三人の後ろから、五月の風が追い越して行く。
気まぐれな風に乱された沢村の髪を、ふたつの手が撫でていた。





end





2014.5.15
沢村お誕生日おめでとう!これからもみんなに愛されていてくださいv





第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!