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想像のSecurity





大通りから少し外れた路地に面したその店は外見も内装も洒落たバーの趣だが、旨い酒の他に美味い小料理も出すのでそれ目当ての客も多く、密かに人気の店だ。
だが今日は平日で今はもうまもなく深夜になるという時間。
店内は人が少なく、カウンターには二人の男の背中が見えるだけだった。
一人は仕立てのいいスーツ、もう一人はジーンズにラフなシャツで二人とも普通のサラリーマンには見えない。
ジーンズのほうがスーツの背中を陽気に叩いた。
「ねっ、うまいっしょ?倉持先輩の酒!」
「うん。」
「ほらあ。それなのに御幸のヤロー俺に酒の味なんか分かるかって言うんスよ。」
「お前これは俺が出した酒でお前が選んだ訳でも勧めた訳でもねえだろうが。」
とバーテンの倉持が口を挟む。
「こればっかりは御幸の言うことがあってるぜ。」
「沢村すぐ酔っぱらうもんね。」
スーツの男が柔らかく笑った。
「でもけっこう飲んでも潰れないんスよ。今日だってここに来る前にかなり飲んだし。」
「どうりで最初から顔赤いと思った。御幸は?今日は一緒じゃないの?」
沢村と御幸はフリーのカメラマンとライターだ。
「御幸は仕事っすよ。」
口を尖らせて沢村が言う。
「俺は御幸としか仕事ないけど御幸は色んな仕事が来ますから。」
ユーシューだからと沢村がは言うが実際には沢村の才能を御幸が独り占めしているのが本当のところだと男は思う。
それを当人にも気付かせない御幸の狡猾さと独占欲に苦笑が漏れる。
「先輩、俺もコレ。」
と隣が飲んでいるものを指す。
倉持は眉間に皺を寄せて応じたが、氷を入れたグラスに注いでいる手元をよく見るとただのトニックウォーターだった。
先ほどからスーツの男と沢村の距離が近い。
背中を叩いた手はそのまま肩に乗り、寄りかかるくらい体がこちらに傾いていた。
「だからねえ…」
いつもの沢村のハイテンションが酒のせいで緩んでいる。
ふにゃりと眦を下げて笑いながらもっと顔を近づけて来た。
「このあと俺んち来ません?飲み直しましょうよ。」
「いや、それは…」
「そのまんま泊まってってくれていいし、俺明日仕事ないから…」
「いや僕は仕事あるし…」
「えー…ダメ?」
吐息がかかるほど顔が近い。
かなり飲んでるらしいのに酒臭くないのは自分も酔っているからか。
「ええ…と…」
潤んだ大きい黒い瞳に視線が吸い寄せられる。
白桃のような色と質感の頬に触れたくて思わず手が動きかけた。
「はいそこまでー。」
「ぐえっ。」
踏まれたアヒルのような声を上げて沢村が仰け反った。
振り返ると黒縁眼鏡の男が後ろからその首を掴んでいた。
「何でお前は酔うと誰かれ構わず口説くんだよ。」
「御幸!」
女性が見惚れそうな笑顔を浮かべているが目が笑っていない。
もがく沢村をもう片方の腕でがっちり押さえつけた。
「倉持。コイツが来ても飲ませるなって言っただろ。」
「飲ませてねえよ。ここに来たときにはもう出来上がってたぞ。」
「くそ…ここだけ禁酒にしても無意味か。」
「みゆきぃ…くるしいー」
酔っぱらっているせいか子供っぽい口調で抗議する沢村に御幸が顔を顰めた。
「沢村、お前一人で飲むなって言っただろ。」
「一人じゃねえよー。大学ん時の友だちといっしょ。」
「そういう意味じゃねえよ。分かってんだろ。」
「意味ってなに?」
「この酔っ払いが。」
腹立たし気に罵ると御幸は沢村を引っ張り上げて立たせ、抱え込んだまま反転させる。
首だけ振り返って「迷惑かけたな。」と言葉だけの謝罪を伸べた。
「いや、全然…」
冷や汗を浮かべて軽く手を振る。
その後ろから倉持がうんざりしたような声を掛けた。
「もう来なくていいぞ。」

騒がしい酔っ払いが連れ去られて店の中はとたんに静かになった。
「はた迷惑な奴らだ。」
倉持が深々と溜息を吐く。
奥から黙って増子が顔を出すと労うように小鉢を一品置いて行った。
「危なかった……もうちょっとで誘いに乗っちゃうところだった…」
「それ御幸に黙ってろよ。殺されるぞ。」
「沢村って酔うとあんななの?」
「だから御幸が苦労してんだよ。はたから見てりゃ面白いが巻き込まれたら偉い迷惑だ。」
「僕も沢村には絶対飲まさないようにしよう。」
「それがいい。」



機嫌良く御幸の部屋まで連れてこられた沢村は機嫌よく御幸の説教を聞き流した。
御幸の部屋で唯一気に入っているふかふかのソファにだらしなく身を投げ出して、差し出された水を飲みながらまだ赤い顔のまま訊く。
「ていうか御幸仕事だったんじゃねえの?」
「嫌な予感がしたからさっさと終わらせてきたんだよ。しかも俺単独じゃなくお前の写真もつけるって交渉してきたってのに。」
「ホント?やったー。」
「やったーじゃねえよ。感謝しろ。」
「だって御幸も俺の写真好きだろ?」
「……このヤロ。」
ソファの上に覆いかぶさるように屈みこみ軽く唇を重ねる。
まだまだ言いたいことはあったが薄く開かれた唇に先程の光景を思い出して我慢できなかった。
それでもこの酔っ払いの言質を取っておきたい。
素面の時には神妙に反省するものの酒が入ってしまえばそんなものは忘れ去られてしまう。
タチの悪い二重人格のようなものだと御幸は思う。
ことごとく御幸が阻止しているがかなりぎりぎりの危ない場面もあった。今日はお互いの知り合いということもありそれほどでもなかったが。
「もう絶対俺がいないところで飲むなよ。」
「やだ。俺だって付き合いがあるんだ。」
「お前ホントは浮気したいの?」
「しねえよ。」
軽く沢村が断言した。
「この鳥頭め。さっきやってたことは何なんだよ!」
「御幸が止めただろ。」
沢村は顔の近い御幸の頬を撫でたり、猫にするように顎を擽ったりして笑う。
素面の時にはしない誘いだ。
「俺がどんなにヤバいことしようとしても何とかして御幸が止めるだろ。絶対。これからも。」
酔って潤んだ瞳がそれでも御幸の脳髄を射抜く。
「だから浮気はしないんだよ。」
にっこりと笑顔を浮かべる沢村を絶句して見つめ返す。
無茶苦茶な言い草だが否と言えない自分が悔しい。
たとえストーカーまがいの事をしたとしても御幸は絶対に沢村の浮気を阻止するだろう。
今までもこれからも。
「くっそ…わかったよ!これから一生浮気させないからやり方に文句つけんなよ。」
「うん。わかった。」
酔っ払いは能天気に笑って御幸に抱きついた。

それから半ば拉致監禁に近い形で同棲がスタートするのは数日後のことだった。


















「月の満ち欠け」萱野のはら様よりいただきましたv
4周年企画にて「酒好きで酒癖の悪い沢村と、それに手を焼いてる御幸」というリクエストをさせていただきました。
そう!こういう感じで酒に呑まれて無意識に誰彼かまわず口説いて御幸がヤキモキ、みたいなのが読みたかったのですv
嬉しいvリクエストどおりです〜>//<
個人的にはバーテンの倉持が…!もうはまり役と言うかカッコイイと言うか、大好きですv
でも寡黙な板前の増子さんも好き……!!
この先も惚れた弱みで、ストーカー紛いに沢村をお酒と誘惑から退けようと奮闘する御幸なんでしょうね*^^*
萱野さん、本当にありがとうございました!大好きですv










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