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抱き合ったりしてみたい





雨が、降っていた。

バタバタと窓や地面にあたる雨の音が耳障りで仕方なかった。

(走れねーな…)

ムクリと起き上がりベッドから降りると上段の倉持から声がかかった。

「沢村ァ、わかってんよな?」
「ッス。軽く動かしてくるだけですから」

静かに部屋を出て屋内練習場へ向かう。
鍵が開いてなかったらどうしようかと考える。まさかクリス先輩に借りに行く訳にも行かない。
着くとドアの隙間から明かりが漏れている。

(…あれ?誰か)

そっとドアを開くと御幸がいた。
よりによって、と小さく息を吐き入るべきか引き返すべきか一瞬迷う。
やはり帰ろう、踵を返そうとした時。声がかかった。

「入ってこいよ、沢村」

(あー…)

観念して大きく扉を開け中に入る。

「はよッス」
「おぅ」
「何、してんの」
「見りゃわかんだろ」

御幸は笑い、顎で練習場を指した。

「雨だし軽くやっとこうかなと思ってさ」
「…俺も」

口が開かず先の言葉が続かない。続けようと口を開いたとしても今度は言葉が見つからないだろう。
トレーニングに入る訳でもなくそのまま口を結ぶ。

「どうした?」
「…いや、別に」
「俺にまた、好きだって言われると困ると思って?」
「!」

俯いていた顔を上げると御幸はいつもの顔で笑っていた。
よかった、と思った。一瞬傷付けたかと。
避けるつもりではないが、何をどうしたらいいのか一つも解らない。

「…アンタは…」

ようやく紡いだ言葉は耳障りな雨の音に負けそうだった。

「ん?」
「アンタは、どうしたいんだよ」
「それを決めるのは俺じゃねぇだろ」
「…」
「まずお前が決める事だ」

また口を固く結び、立ち尽くす。
御幸はそんな沢村を見てしょうがねぇな、と呟いてベンチに腰掛けた。

「例えばさ、今日起きたら雨が降ってて“グラウンド使えねーサイアク“と思うじゃん?」
「え、何…」
「で、ここで体動かしてたらお前が来て思いがけず二人きり、とかになって」
「…」
「さっきは“サイアク“と思った雨が今はもう悪かないなってなってる」

沢村を見上げニヤッと笑う。

「そんな感じ」

それならわかる気がする、と言おうと思った。
でも言ったらそれはもう認めたという事か?そう思いまた口を開けない。

御幸が笑う。まだダメかと膝を叩いて可笑しそうに言う。
何だかきっと、何もかも見透かされているのだろうと思う。
あと一歩、が難しい事を。
でも沢村が自ら一歩踏み出すのを待っている。

「あーあ、早くキスしたり抱きしめたり色んな事したいなー」

その証拠に、楽しそうに話す姿は自分が拒絶する事を全く考えていない。
決めるのは俺じゃないと言いながら、どうやらもう決まっているのだ。


練習場の屋根にバタバタとあたる雨の音が聞こえる。
言えるかも知れない。
今なら。


「…俺も、」


さっきまで耳障りで仕方なかった雨の音が今はもう心地良く聞こえているから。


「俺だって、アンタと」



雨が、降っている。





end



あきゅろす。
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