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季節は流れ、そしてまた赦していく





助手席の窓から、流れて行く街の灯りを眺めていた。
比較的新しい住宅街の、車の通りも少なくて広い道。等間隔に並ぶ街灯のオレンジが、夜の高速みたいで好きだった。
まるで、どこか遠くへ行くみたいで。
『送ってくよ』
その言葉に小さく頷いて助手席に乗り込んだ。それきり互いに言葉はない。
いつもより、少しゆっくりと走る車。

多分、今日。

俺たちは、終わる。

いつかはこんな日がくる。漠然と思っていたことが現実になっただけ。
そうならなくて済む方法を最後まで模索していた。きっと、互いに。
そうして互いに見つけられなかったのだ。
終わってしまう、その明確な理由すら。
だからもう、どうしようもない。

真っ直ぐ進めば御幸の家にたどり着く道を左折すると、オレンジの街灯が白熱灯の灯りに変わった。もうすぐ俺の家だ。
前に友人が、彼女と別れる時に『こうして離れても、いつか一緒になれるといいね』と言われた話を思い出した。
それに頷いたと言う友人にひどく腹が立ち、『もし復縁を迫られても絶対に応じるな』と息を巻いた記憶がある。
今は、そう言った彼女と頷いた友人の気持ちがほんの少しだけわかる気がした。
わかりたくもなかったけれど。

マンションの駐車場に到着した。サイドブレーキを引く音が車内の凝固した空気にヒビを入れる。
最後の言葉は必要だろうか。
迷いながらも、身体が勝手に慣れた仕草でドアを開ける。

「サンキュ」
「ああ」

互いに交わした目線からは「今までありがとう」も「さよなら」も「別れたくない」もなかった。
いつものように別れれば、それで終わりのようだ。それもまた俺たちらしいんだろう。
御幸もそう考えたらしく、いつものようなシニカルな笑みで「じゃあ」と片手を上げた。
だから努めていつものように、そう意識したらいつもよりも笑顔になったかもしれない。
清々したように、見えただろうか。

「じゃあな」

そう片手を上げて挨拶をすると、なぜか御幸の方が傷付いた瞳をしていた。
ずるい。ずるい男だ、本当に。
まるで、俺が捨てるみたいに。
全てを遮断するように助手席のドアを閉めた。この隔たれた空間は、そのまま俺たちの距離になる。
ちらりと俺を見遣ったあとにそのまま発進した。
赤いテールランプを右折するまで眺めていた。もう一度右折すると元の道に出る。
そしてあのオレンジの街灯の道を左折して帰って行く。
元の。
何もなかった頃に。



何でまだここにいるんだろう。振り向いてマンションに入ればいいだけだ。
なのに何で足が動かないんだろう。だって追いかけたって相手は車だし。
追いかける?
突然降って湧いた思考にとまどった。余計な事を思考から追い出そうと、これから先の未来を楽しくするための想像をする。
ここから動けないのに想像する未来なんて、何の意味もないんだろうけど、何かを考えてないと保てない気がした。



なんだ。
やっぱり、好きなんじゃねえか。

ばかじゃねえの。
何で終わりにしたんだろう。
何でもっと足掻いたりしなかったんだろう。
いいんじゃねえの。
好きだけでいいんじゃねえの。

もう遅い。今頃オレンジの街灯の中を走ってる。
どこか遠くへ行くみたいなあの道を、今度こそ手の届かない場所へ。





突然、
右方向から耳をつんざくようなタイヤの音。

夜のこんな静かな住宅街にはおよそ似つかわしくない。
目の前に横付けされた車を見て、そんな事を考えていた。

御幸が車から降りて、ゆっくりと俺の目の前の助手席まで歩いて来てドアにもたれかかった。

「……………なんで」
「……お前がここから動かずに泣いてる気がして」

そう言う御幸の方が泣きそうで、やっぱりずるい男だと思った。

「泣いてねえよ」
「うん」
「なんか、この先の幸せな人生設計をたてたり」
「うん」
「このまましばらく頑張って、もっと年俸もらえるようになったら結婚して、そんでカミさんと子どもにラクさせてやって、」
「うん」
「そんでゆくゆくはメジャーに挑戦して、家族はもちろん連れてって、子どもなんてバイリンガルになって、」
「うん」
「……そんな俺の幸せな人生設計にアンタなんかいねえんだよ」
「うん」
「うんじゃねえよ、」
「泣くなよ」
「泣いてねえよバカ」

泣いてなんかないのに、御幸は泣くなと泣きそうな顔で言う。
そのまま一歩、前に進み俺の肩に額を押し付けた。
避けることも、腰の辺りにまわった腕を払いのけることも出来るのに。

「……二回右折して、あの交差点から帰るつもりだったのに」
「……」
「結局、もう二回右折してお前の元に来ちまった」
「……」
「俺の人生設計はさ、」
「……」
「このまましばらく頑張って、お互い揺るぎない位置までいって、オフの間は一緒に過ごして、」
「……」
「そんでメジャーに挑戦してお前も来て、同じチームなら尚いいけど、たとえ違ってもやっぱりオフの間は一緒に過ごして、」
「………ほとんど俺の受け売りじゃねえか」

肩の辺りで御幸のくぐもった笑い声が聞こえる。

「そうやって、一緒にいようぜ」
「……」
「俺たちはもうそろそろ、観念した方がいい」
「…………うん」
「何度こうして離れそうになっても、結局は離れられない」
「うん」
「だからもうそろそろ、離れないって決めようか」
「うん」
「うんじゃねえよ、ハイだろ」
「泣くなよ」
「泣いてねえよバカ」

肩に押し付けられた御幸の頭を片手で抱え込んで、もう片方の手で抱き締めた。
いつだって不完全で、流れる季節にすら移ろい、同じことを繰り返す。
そのたびに赦し合い、抱き締め合い、抱え込んだ。
離れようとしても離れられなくて、放そうとしても放せなくて。
そうだな、そろそろ観念しよう。
どうせまだまだ不完全だし、季節はいくらでも流れて移ろい行く。
その中で、ひとつだけ決めておこう。
離れない。
それはひどく簡単で、それでいて無理難題にも思えるもの。

ずるい。ずるい男だ、本当に。
向こうも多分そう思ってるとは、思うんだけど。




end









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