地球を七周半 ごう、と風の音がした。 たいして強い風ではないのに、耳の中に吹き付けたそれはやたらと大きな音に感じた。 日が落ちると途端に冷たくなる風が汗をかいた肌の上を滑り、身体の熱を奪っていくのが心地良い。 さんざん練習したあとでも思わず走りたくなる、いい季節。 沢村にだってちょっかいかけたくなるというものだ。 そう思ったのも、片付けをしている沢村がちょうど進行方向にいるからだ。真剣な顔をしているが、道具を片付けてるのか邪魔をしているのかわからない。 淀みなく動く春市や他の一年に比べて明らかに無駄な動きが多い。 進行方向にいるから仕方なく突き進み、中腰で訳のわからない動きをしている沢村の尻を、押し出すように蹴った。 「ぶわっ!」 「テメェ邪魔してんのか片付けてんのかどっちだ」 「邪魔って何言ってんスか!俺のこの無駄のない片付けに対して!」 「無駄だらけだっつの」 倉持に蹴られてつんのめり、あやうく地面に顔をぶつけるところだったと怒っている。 先輩だというのに相変わらず遠慮もなしに文句が飛び出す、尖らせたその唇を摘まんでやった。フガフガと音にならない抵抗の言葉を吐いている。 次によく伸びる頬を摘まんで両方に引っ張るとその手を剥がそうと躍起になるのが面白くて吹き出した。パチンと音がするほどの勢いで離してから、逃げる。 間髪入れず、赤くなった頬を両手で押さえた沢村が怒りの形相で追い掛けてくる、というのがいつものパターン。 「先輩とは言え待てコラっすよ!一秒でいいから待ちやがれ!」 「一秒も待つか!そんな口ききやがってあとで覚えてろテメェ!」 その都度、からかいの理由も怒りの内容も変わるけれど大体がこんな感じで追いかけっこが始まる。 毎回、当然のように倉持が笑顔で逃げ切り、また沢村が逃げるときは必ず捕まっていた。 「何か栄純くん、足が速くなった気がする」 「何か毎日楽しそうだしいいんじゃない」 「ホントだよね。部屋でもああなのかな」 「今ならはかどるから片付けよう」 周りにそんな目で見られている事も知らずにじゃれ合っていた。 沢村に追いかけられながら風をきるのが楽しかった。ただ走るよりも、ずっと。 告白は、沢村からだった。 二人きりになってしまった五号室で、ゲーム中で互いにテレビを向いたまま。 『俺、倉持先輩のこと好き、なんスけど』 こちらも見ずにさらりと告げられたそれに『俺もだけど』とさらりと返した。 『本気で言ってんスか』 『ったりめえだろ』 そこで沢村が負けて、初めて互いの顔を見た。二人ともしばらく呆然と見つめ合い、吹き出したのはどちらが先だったか。 何故だか可笑しくて腹を抱えて笑った。 笑ったまま技をかけて、笑ったままギブギブと叫んでいた。 仰向けに寝転んだ沢村の顔を覗き込むように覆い被さると、ニカリと笑う。 こんなに楽しいならもっと早く言えばよかったと言う沢村に、初めて触れるだけのキスをした。 真っ赤になって口許を両手で覆った沢村が可愛くて、またそう思ったのが悔しくてそのままもう一個技をキメた。 それだけでも楽しかったけれど。今でも楽しいけれど。 それだけじゃやっぱり足りなくて、すぐに二人して欲しがって求めあって、そして抱き合った。 沢村は部屋を暗くしたがるが、それでは何も見えないといつも倉持に押し切られる。 豆球のオレンジの灯りだけにしてくれと言われても――そのオレンジに照らされた沢村も気に入っているが――赤く染まった身体や僅かな表情の変化も見逃したくない。伝えはしないが。 だからいつもデスクのスタンドもつけている。これでかなり明るくなり、そのせいで沢村が最初はなかなか乗り気にならない。 「今さら恥ずかしがんなよ」 「いや、でも」 「あとで覚えてろっつったろ。電気全部つけんぞ」 「あとってこのこと!俺ゲームとか技とかだと」 「いいからホラ」 「うわっ」 無理やり転がしてシャツを捲り上げて頭から抜いた。途中耳に引っかかって「イテテ」と聞こえたが知ったことではないと続行する。 ハーフパンツと下着を一緒に脱がそうと手をかけたら、抵抗のつもりか胎児のように丸まって阻止してきた。 「テメッ、そっちがその気なら」 こうだ、と沢村の弱点である脇腹を両手でくすぐると、途端に笑い声をあげながら陸揚げされた魚のようにのたうち回る。 「あはは!あはははっマジで!倉持先輩まじでっ」 「マジで何?」 「マジ待って!あはは!一秒待って!」 「お前いっつも一秒な。一秒で何できんの」 「い、一秒…っ」 片手で沢村を押さえながら、片方の手でもう一つの弱点である内腿の付け根を揉むようにくすぐった。そこは性感帯でもある。 「……アッ!」 笑い声ではない、別の色が混じる声。のたうち回るような動きもピクリと跳ねるようなものに変わってくる。 こうなったらもう、倉持のペースだ。 ここまで持ってくるのすら楽しいってどういうことだと思いながら、全部脱がせて当初の目的を果たす。 沢村の足を挟むように膝立ちになり、自らもシャツを脱いだ。 そのまま唇を重ねて何度か食むように感触を楽しんで、薄っすらとあいた隙間に舌を挿し込む。 沢村のそれを捉えて、絡ませるというよりは舐めるように滑らせる。沢村の好きなやり方だ。 「……ん、ん」 腰がビクリと跳ね上がり倉持にあたると、すでに兆しはじめているのがわかる。 唇は離さないまま肌を撫でながら胸の突起を捉えた。キュ、と両方とも摘み指の腹で擦るように捏ねる。 「あァ…っ」 切ない声を上げてもやめてやらない。その証拠に下肢にあたる沢村のものはどんどんと硬く張り詰めていく。 片手はそのままで片方のツンと尖ったそれにチュ、と音が出るほどに吸い付いた。 歯で甘く噛み、舌を絡ませながら吸うと懇願するように縋り付いてくる。 宥めるように胸をひと撫でして指を沢村の求める場所へ滑らせた。包み込むように握ると、先端から溢れたものでぬるりと馴染む。 「お前、もう漏らしたみたいに濡れてる。すげえ感じた?」 「……だって、先輩が触ってくんねえから…っ」 赤い顔を隠すように手の甲で口許を覆ってそっぽを向いた。思わず小さく笑うとその赤い頬にキスをして、ゆっくりと上下に擦る。 「あ、あっ」 顔を隠す手の甲はそのままに目を固く閉じて待ち望んだその刺激に耐えている。 感じ入る顔を見ているとさらに煽られて、突き挿れて揺さぶってめちゃくちゃに腰を降りたくりたい衝動にかられた。 頭を振ってその衝動を追い出して、沢村への愛撫の手を少し速める。 顔を隠していた手は背中を擦らないよう身体の下に敷いたケットを掴み、かすかに声を漏らす唇は開き舌が覗く。 「沢村、 舌、出して」 沢村の唇の前に舌を差し出した。 うっすらと目を開けた沢村が、躊躇するもののおずおずと舌を出す。 「ん」 ひらりと舌を動かして促すとそっと絡ませてきた。一度触れ合うと衝動はもう抑えられない。 片手で沢村の頭を抱え込むように、もう片方の手では追い上げるように扱きながら先端を刺激する。 興奮に煽られるまま舌だけを突き出して夢中で絡ませ合っていると、いつの間にか沢村も倉持のこめかみ辺りを両手で包み込んでいた。まだ足りないというように。 それにさらに煽られる。 手の動きを速めるとそれに呼応するかのように弾けて、びくびくと身体ごと跳ねた。 「ん、んぅ…っ」 舌は、絡ませたまま。 ようやく解放し、まだ達した余韻に跳ねる身体の足を腿の裏から持ち上げて開かせ、沢村の吐き出したものが絡む指を挿し込んだ。 「……あァッ!」 その叫びが、反らされた背が、痛みではないことは、わかっている。ナカの襞を指で擦るとまた沢村のものが反応し始めた。 口許が緩む。吐き出す息が荒くなる。見ているだけでイってしまいそうだった。 性急になりそうな自らの指を必死で宥めて一本ずつ増やしていく。擦りながら解しながら、快楽のみで繋がれるように。 指を締め付ける肉の感触に、眩暈がするほどに興奮しながらも頃合いを知る。 名残りを惜しむようにぐるりとナカを擦り上げて、最も敏感な部分を突いた。 「……っ!あっ、ああっ」 その叫びが終わらないうちに指を抜き、自身をあてがって擦り付ける。興奮に溢れ続けた雫により、ぬるりと滑り挿入をスムーズにした。 「……っ、く…」 声もなく仰け反る沢村に負けないほどの快感に、下腹に力を入れて堪える。馴染むまで待ってから、ゆるゆると律動を始めた。 「は…、」 「あ、ああ…っ」 襞を擦り上げて敏感な部分を突く、先程の指の動きをなぞるように。ゆっくりと的確に快楽を引き出していく。 沢村の顔がスタンドの灯りの影になる方を向いているから、顎を掴んで向きを変えた。 薄明りに照らされるのは、蕩けたような表情。見ていると滾る熱が中心に向かって放出してしまいそうな。 これだから、暗くはしてやれない。 少しずつ激しくなる律動に、互いの荒い息遣いがさらに興奮材料になっていく。 敏感な部分を狙って突き上げると、沢村が抑えきれない声を零した。沢村のその先端からは、またぷくりと溢れ出す。 両足の腿裏を持ち上げていたその片方の手を外した。 律動を激しくしながら、その手で包んで塗り広げるように親指の腹で先端を撫でる。また沢村の背が綺麗に反った。 「う、あ!あァッ!」 「は…っ、スゲ」 「せんぱ…、それヤバ、おれ…きもち…っ」 「ああ…、イっていいぜ」 「い、嫌だ…っ」 扱くのを速めた倉持の手を慌てたように払う。少し驚いて見ていると、沢村が自身の根元を自ら両手で握ってイくのを堪えている。 「沢村…、なに」 「……だって、イっちまう…っ」 「だから」 「一緒に、…倉持せんぱ、いっしょに…っ」 くらりと、眩暈がした。 身体中から、急速に熱が先端に向かって駆けていく。再び、グ、と下腹に力をこめた。今度はもちそうにない。 下を見ると倉持が開かせた足の間、自身の根元を握り締めて堪える沢村が、 その潤んだ瞳で見上げている。 「…も、テメ、ふざけんな…!えろ過ぎんだろ…」 「なん、」 「もっと堪能させろよ…っ、イっちまうだろうが」 「だから、いっしょに…!」 「ああ、クソッ!」 もう我慢なんかできるはずもなく、めちゃくちゃに突き上げた。 音にならない喘ぎを零しながら、自身を抑えたままの沢村の指を外そうと試みる。 「あ!いやだ、って…っ先輩っ」 「我慢すんなって…俺も我慢、しねえから」 「う、あ…っ、待って、い、一秒待って」 揺さぶるのは止めないままに、指を外してイかせようとした。 こんな時にまで一秒、と言う沢村が可愛くて仕方なかった。 「……わかった、待つから」 「ほ、ホン、トに…?」 「ああ…光が地球を七周半する時間だけ、待ってやる」 「う、うん…」 「今からな」 「じゃあ、…っ!あっあああっ!」 沢村の「じゃあ」できっかり一秒、待ってやったので油断した手を外して代わりに倉持の手で扱いて。 そして内襞を擦りながらそこを狙い思い切り突き上げた。 そのまま達してしまった沢村のナカは、引き絞るようにぎゅうぎゅうに締め付けてくる。 たまらない射精感を呼び起こし、倉持もそのまま達した。 長く余韻を引きずるような、最高の快楽の中で。 互いに追いかけっこをするよりも荒くなった呼吸を必死で整えていた。 「……ずりぃ、ずりぃよ…」 「何が」 「待つって…言った」 「殆ど一緒にイったじゃねえか」 「光が、地球七周半する時間、待つって…っ」 恨みがましい目で見上げてくる沢村の頭をくしゃりと撫でた。その頬に口づけたくなる。 「一秒」 「え?」 「光が地球を七周半する時間、一秒」 「………」 「ちゃんと一秒待った」 「……………やっぱずりぃ」 唇を尖らせて、本格的に拗ねはじめた。その尖らせた唇を昼と同じように摘まむ。今度はふにふにとその感触を楽しんだ。 「まあいいじゃねえか」 「………何がっスか」 「結果的によ、全部がお前の思い通りだろ」 そう言うと少し驚いた顔をして、ホントっスね、とえらく幸せそうに笑った。 その顔はひどく愛しくて胸にきて、胸にきたのに血液がドクリと下腹の方に集まっていく。 自分のナカのその変化に気付いた沢村が、慌てて抜こうとずり上がる。その沢村を捕まえて自分の下に引き戻した倉持の動きは。 おそらく光が地球を七周半するよりも、速い。 end |