THE STANDARD
大学で春市から整体に行かないかと誘われた。聞けば肘とか肩とか色々診てくれるらしい。
「結構野球やってる人が行ってる所らしくて、降谷くん誘ったら行ってみたいって。兄貴も行ってるんだ」
「何っ!?降谷が行くのか、なら俺もっ」
「もう、大学生なんだから張り合うのやめたら?」
春市の誡めも耳に入らず沢村は燃えた。
整体は行った事がなく、何となく楽しみに思う。自分では気付かない肩や肘の悪い所等あれば治したい。
ただ御幸に言うのが気が重い。何だか反対されそうだ。
澄み渡るような青空を見上げ、溜息をつく。
「はぁ?整体?何言ってんの、お前」
(……ほら、やっぱりな)
沢村はもう一つ溜息をついた。
「悪い所が無ければ行く必要ナシ!」
「ずりぃよ、御幸はいいよな。所属の球団で色々診て貰えるじゃん!俺も自分の体を管理するんだよ」
「お前ね、ちゃんとした所行かないと危ないよ?誤診されてもう投げれないとか言われて選手生命断たれたりするんだぜ?」
「春っちが持ってきた話だから平気だ。亮介先輩の紹介だぞ」
「………あぁ、そう」
勝った。沢村は思った。小湊亮介の名を出して反発してくるこの世代の青道OBはいない。
「別に悪い所なんてないくせに」
「そんな事ない。俺、最近腰がダルい事があるんだよね」
「お前…それはヤリ過ぎだ、バカ」
「何言ってんだよっ!ヤッてんのはアンタだろうがっ」
クッションを投げ付けるもあっさりかわされる。
何だかバカらしいが、取り敢えず整体は行けるらしい。
「楽しみだな。腰揉んでもらってスッキリしたいよ」
「…腰を、揉む?」
「ん?整体は揉まないのか?よくわかんねーよ。取り敢えずあちこち触って診て貰うんだろ」
「…あちこち、触る?」
言葉尻をとっていくような御幸の反応に沢村は嫌な予感がしそれはすぐに現実となった。
「沢村、ダメだ。整体は諦めろ」
「何でっ!」
「お前の体を、どこの馬の骨とも知れない奴にベタベタ触られてたまるか」
「はぁっ!?何訳わかんねぇ事言ってんだよ…」
呆れて言葉が出ない。触るのは整体師であり、馬の骨ではない。
「とにかく悪い所がないなら行かなくていい。小湊には断っとけ」
「横暴じゃねぇ?考えてみりゃ自分の体の事で何でアンタに許しを貰わなきゃなんねーんだ!?」
売り言葉に買い言葉でエスカレートしてくる。こうなりゃ意地でも行ってやる、そう思った時。
御幸がソファで足を組み直し一段低いトーンで言った。
「それはな、沢村。お前が俺のものだからだ」
その途端沢村の怒りは爆発し、御幸の前に仁王立ちで睨み付けた。
怒鳴ろうと開けた口は同時に御幸によって塞がれた。一瞬にして腕を引かれ御幸の腕の中にいたらしい。
段々深くなる口付けから逃れようと必死で抵抗する。
唇を離したのは御幸だった。
「はっ…、何すんだっ」
「わかった、俺の負けだ」
「えっ、マジで」
「その代わり、俺指定の整体師だ」
(…負けてねーじゃん)
「俺も譲歩するからお前も譲歩しろ」
「……わーったよ」
春市や降谷と整体に行くというのが楽しみだった筈なのだが、“整体に行く“事が目的に摩り替わっている。
しかもたかが整体に行く事に何故互いの譲歩が必要なのか。
結局春市には断り、御幸の球団関係のスポーツ整体師に頼むことになった。
キャンプインが近い。それまでに行くと約束を交わした。
「御幸ぃ!今日だよな?」
その当日、沢村が朝早くから御幸のマンションにハイテンションでやってきた。
「あぁ、早えーなお前。そんな楽しみか」
「うん、まあね」
ニカッと笑い勝手知ったる部屋の中に上がり込む。
何だって全力投球、いつだって楽しむ、それが沢村だから。
(ま、そんなとこも可愛いんだけどね)
御幸も楽しんでる沢村を見て楽しむ事にする。
クリニックに着いて指定のTシャツと短パンに着替える。
その時点で御幸は早くも楽しめなくなった。
「御幸、久しぶりだな。後輩だって?」
「そう、ヨロシク頼むよ」
「じゃ、沢村くん御幸の紹介だから特別、こっちの部屋おいで」
「はい、お願いします!」
何故か御幸がついて来た。
「コイツ何も知らないからさ、頼むね」
「任せとけ」
「状態良くしてやって。特に投手だからその辺。あと最近腰もダルいって」
腰、の所で牽制するようにチラリと自分を見た。
(…わざとだな)
沢村は顔が熱くなるのを必死に気を逸らして抑えようとした。
御幸は施術する訳でもないのに別室にまで付いて来ている。
その不自然さを“後輩思いの先輩“という構図を見事なまでに作りあげ払拭した。
しかし沢村には解っている。
(……見張ってんだろ?)
まあいいと楽しむ事にする。体の状態が良くなるならどうでもいい。
沢村が思う整体とスポーツ整体は別物だった。これはどちらかというとクリス先輩に降谷とやらされてたのと似ている。
整体師が自分の腰や背中に手を添えたりする度に、ピクリと動く御幸の眉毛が欝陶しかった。
「はいお疲れ様、沢村くん。どう?」
「なんか、凄く軽くなってる気がします」
「でしょう?続けた方がいいよ!御幸の後輩だし沢村くん可愛いし、サービスするよ!」
整体師が沢村の肩に腕を廻して笑顔で言った。
ガシャンッ
二人でびっくりして振り返ると御幸が立ち上がり、座っていたパイプ椅子が後ろに倒れていた。
「あー悪りぃ悪りぃ。なんか倒れちまった」
クリニックを後にして二人で歩く。横の御幸を窺うと不機嫌丸出しだ。
「なぁ御幸、俺また来たい。体がイイ感じなんだよね」
「…言うと思った。いいよ」
「えっ?」
「沢村の状態が良くなるのを反対する理由はない」
少々の驚きと共に御幸を見る。
「ただし!俺と一緒の時に限る」
「えー…」
「俺のキャンプ中に一人で行ったりすんな」
「えー…」
その夜沢村は散々抱かれ、何回達しても離してもらえず余計に疲れた。
名残惜し気に何度もキスをしキャンプ地へ立った御幸がどれだけ自分を想っているかは解っている。
自分だって御幸に惚れているのだ。
ただ、とクスリと笑う。
(普通じゃないんだよ、独占欲とかの程度が)
普通とか普通じゃないとか言い出したら、全部がそうだ。
自分達の関係も、何もかも。
その事を気に病む時期はとうに過ぎたけれど。
御幸のキャンプ地まで続いているであろう抜けるような青空を見上げた。
救いはいつもこんな時、空が晴れている事。
沢村は青の中に手を延ばし握った。自分自身も掴む為に。
(…普通、か…)
例えばそれを伝えたとしてもあの男はきっとこう言うのだ。
唇の端をゆっくりと上げ、あの笑顔で。
「これが俺の“普通“だから」
end
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