[携帯モード] [URL送信]
checkbox





帰省先の実家から戻り、荷物の片付けもそこそこに部屋を出る。
三が日を実家で過ごしてから四日に戻る奴が多い中、三日の午前中ともなれば居残り組を含めても人はまばらだ。

「あれ、御幸早くねえ?」
「まあな。おめでとさん」
「おー、今年もよろしくー!」

軽い挨拶を交わしながらも向かうは五号室。

「うわ、寒い」

わざと声に出して吐く息の白さを楽しみながら弾むように歩く。
ハ、ハ、と断続的に吐き出しては風にさらわれる白を見ていないと、鼻歌交じりになっちまいそうで。

何故かってやっぱり会いたくて。
日付けが変わってすぐにかかってきたアイツからの電話で、挨拶は済ましてるけど。
今でも耳に残る今年最初に聞いた声。新しい年は沢村からの電話で、沢村の声で幕を開けた。
声を聞くと会いたい訳で、会えると思うと期待で鼓動が速くなり、走り出してしまいそうになるのはさすが恋だと我ながら思う。
逸る気持ちを抑えて、アイツの部屋だと思うとそれすら特別に見える五号室のドアをノックする。

「あれ?」

一時間前に寮に着いたとメールがあったから、いるはずなのに応答がない。
コンビニにでも行ったのか、どこかの部屋にでも行ったのか。誰かの所に行ってるってのはナシの方向でお願いしたい。
俺より先に会ってんじゃねえよ的な感情が湧いて来ると、せっかくのいい気分が台無しだ。
明日の朝までこの部屋は沢村一人なのは確認済みだから、勝手に中で待つ事にする。
ドアを開けると確かにいつもの五号室なのに、何だか殺風景に思えた。年末にした形ばかりの大掃除のせいなのか、住人達がいないせいか。
部屋に入ると、沢村のバッグは開いたままで荷物が半分出されている、明らかに片付け途中の状態だ。

「片付けの最中に何かしに行った訳?」

まったく、落ち着きがないのは今年も変わらないと新年早々知ってしまった。
こんな状態はすぐに終わると思われる、物が殆どない綺麗な沢村の机に目を遣ると紙がある事に気付く。
ちょっとした好奇心で近寄って覗いてみると、何やらメモ書きが並んでいる。
タイトルは『正月にやること』。プッと噴き出したのは仕方ないと思う。
暮れに書いたのか、大分くたびれたメモには所々にシミもある。大方、年越し蕎麦とか雑煮の汁を飛ばしたんだろう。
『年賀状を書く』『大掃除』『じいちゃんの手伝い』そんな箇条書きの頭には、パソコンの操作画面みたいにしたいのかそれぞれ歪なチェックボックスが書いてあり、クリアしたのだろうチェックが入っている。
じいちゃんの手伝いって凄えアバウトだけど、チェック入ってるから満足な手伝いが出来たんだろう。

「アイツまじ面白え」

贔屓目に見てもわざわざチェックするような内容じゃないそれらを、面白さに負けてそのまま読み進める。
そして、少しスペースを開けた最後の二行を見て心臓がドクリと跳ねた。

『御幸におめでとうを言う(電話)』
『御幸におめでとう(直)』

二行目が省略されてるのが気になったりしたけど、何だかもうたまらなくて、今すぐアイツに会わないとどうにかなりそうな気分だ。
(電話)の方にはチェックが入っていて、このメモで唯一チェックが入ってないのが(直)の方。
新年明けてすぐに俺に電話したあと、沢村はどんな顔してチェック入れたんだろう。メモ見ながら俺にかけたのかな。想像したら可愛くてヤバい。
きっと最後のチェックを入れる為に机に出してて、バッグから荷物がハンパに出されてるのはメモを捜したのかも知れない。
そして最後のチェックとは、俺に会っておめでとうを言うことで。
ああもう、何だろうなあ。新年からこんなに俺を幸せにしてどうするつもりだよ。
早めに帰って来てよかったとか、勝手に部屋に入ってよかったとか、色んな気持ちが溢れてくるけど、最たるものは。
沢村を好きになってよかった、沢村に好きになってもらってよかった。そして、そう思えることが幸せだと思った。

勝手に綻んでくる口許を隠しもせずにまたメモを見る。
忘れないよう書き留めた、正月にやるべき事の中に組み込まれている俺への挨拶。書かなくても忘れるなよとかの感情はこの際置いといて。
いてもたってもいられない浮かれた気分のまま、チェックの為に横に置いたのだろうシャーペンを手に取った。
そして一番下のさらに下、項目をひとつ書き足す。

『御幸と抱き合ってキスをする』

沢村に倣ってチェックボックスもキチンと書いた。沢村のそれに比べたら遥かに綺麗な形で。
早く帰ってこねえかな、なんて声に出して言ってみるとカチャリとドアの開く音がした。
振り向くとビックリしたのか、沢村はでかい目で口を開けたまま固まっている。その手に下がるコンビニ袋を見て、やっぱりと思いながら跳ねるように大股三歩で近付いた。

悪いな、沢村。
俺が書き足した項目、先にチェック入れちまったから。
最後に残ったお前からのおめでとうは、熱烈なキスのあとで。




end



あきゅろす。
無料HPエムペ!