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残像 2





あれから一度、御幸のウチで晩御飯をご馳走になった。
沢村が母親に伝えると恐縮すると共に大層喜んで、出張のお土産を渡しに行かされたりもした。息子に、ご飯をご馳走になるような親しい友人が出来た事が嬉しいらしい。
沢村が食事の用意や、家の事をする為に友達付き合いを制限してきたと思っている。
否定しても負担を強いている負い目からか、なかなか汲んでもらえない。

(……ホント違うんだけどな)

考えながら歩いていると、いつの間にかつつじ公園まで来ていた。ご馳走になるのは今日で二回目だ。
出張ではないが仕事の付き合いで遅くなる為に、それを御幸に報告すると着替えたら来いと言われた。
あの時、今後母親が出張などでいない時、必ず御幸に報告すると約束させられてそれを守っている。
暗いつつじ公園の中を見ながら歩いていると、奥まった所のベンチに見覚えのある後ろ姿を見つけた。
学校での御幸との会話を思い出す。

『夕べ光舟と喧嘩しちまってさ』
『何でですか』
『相変わらず進路の事。アイツ私立受けないで公立一本でいくとか言い出しやがって』
『ああ……』
『公立は絶対受かるから私立受ける受験料がもったいないとか、訳わかんねえ』

それぞれがお互いの事と家族の事を思い遣っていて、きっと誰も悪くない。
街灯に照らされたベンチに向かい、公園に足を踏み入れた。
枯れ落ちた葉を踏み締める音が響いて振り向いた光舟が驚いたように目を瞠る。

「沢村……さん」
「よう、これからお邪魔するとこ。今呼び捨てしようとしただろ。春から後輩になるかも知れないんだからさ」
「…………」
「隣、いい?」

軽口を叩いても光舟の表情は変わらない。一瞬怯んだが持ち直して返事を待たずに座る。
座ってから自分が何の策も持たずに踏み込んだ事に気付いて、どう切り出すべきか途方にくれた。

(……でも結局、どう切り出してもただのお節介だ)

少し話して一緒に行けばいいかな、と思い直した。余裕が出来るとベンチの冷たさが堪える。
平然と座る光舟の手前抑えたが、先程腰を降ろした時は思わず声が出そうになった。
追い掛けて踏みたくなるような、いい膨らみの落ち葉が冷たい風に煽られて目の前を転がっていく。

「なあ光舟くん、野球やってんだろ?どこ?」
「……捕手…。光舟、でいい…です」
「いや受験これからだし…でもそっか、御幸先輩と同じか!俺はな、」
「知ってます、サウスポーの投手でしょ。てか絶対、受かるんで」
「いや光舟くん、絶対とかないからね。…アレ?何で知ってんの」
「……兄貴が」
「ああ、そりゃそうか」

御幸と光舟が高校の野球部の話をしている事が少し意外だった。

「なあ、何でウチにこだわる?御幸先輩の言うように野球やるならもっと、」
「じゃあ何で兄貴は強豪校の誘いを蹴ってまでそこを選んだんですか。家に気ィ遣ったとしか考えられない」
「……いや、」
「兄貴の実力なら甲子園目指して当たり前なのに。……アンタだって」
「え?」
「………面白い投手だって…兄貴が」

あまりに驚いてまじか、と小さく呟いたら嘘ついてまでアンタを褒めるメリットないし、と冷たくあしらわれた。
だが何と無くソワソワと浮ついた気持ちになり、風に転がされ足に当たった落ち葉を拾い指で摘まんでくるくると回す。

「……兄貴は犠牲になって、俺だけ行きたい所へ…?…てかあんな才能あって、何で…」
「何でってそりゃ、」
「ムカつく」
「そう、…は?ムカ…?」
「人が羨むような才能を持ちながら、自己犠牲で無駄にしてる。弱小野球部を甲子園までのし上げるつもりかと思うとそうでもない」
「弱小って。まあ違いねえけど」
「ヘラヘラ笑って家族の面倒見て、合間に遊びみたいに野球。ほんとムカつく」

堰を切ったように溢れ出す光舟の相反する様々な思い。まるで誰かに聞いて欲しかったかのように。
沢村がくるくると回していた落ち葉を空いた手で握り潰すと、ぱりぱりと小気味いい音をたてながら手の中で粉々になっていく。
ガキみてえ、と横から小さな声が聞こえたが、お前こそと言う言葉は飲み込んだ。
この弟は兄の才能を誇りに思い、同時に羨み、家族の面倒を見る兄を尊敬し、同時に犠牲になっていると歯痒い思いをしているのだろう。
沢村は掌についた落ち葉を音をたてて払いながら口を開いた。

「俺、母子家庭なんだけどさ、」
「……は……?」

突然身の上話を始めた自分に、訝し気な目を向けているのはわかったが構わず続ける。

「母親が俺の為に頑張って働いてくれてるのも知ってるし、高校も行きたい所に行かせたいと思ってたのも知ってる」
「…………」
「俺、野球すげえ好きで、出来ればずっと関わってたい。でも働いて帰って来た母親が、俺が作った簡単な晩飯見て嬉しそうに笑う顔見んのもすげえ好き。ずっと笑ってて欲しいくらい」
「………」
「そんな俺が自分で選んだのが、今の高校。母親は俺が私立の強豪校に行きたいのに、経済的な理由で我慢したと思い込んでる」

払っただけでは取れなかった、掌の落ち葉の欠片を摘まんで取る度に冷たい風がさらっていく。
落ち葉以外にその風に煽られて踊るビニールの音に気付き、反対側を覗くと買い物帰りなのか小さなコンビニ袋が光舟の横に置いてあった。

「何度違うって言って説明して納得したように『ありがとう』って言われても、申し訳なく思ってる事もそれが何故かも知ってる」
「………」
「俺の事を大事に思ってくれてるからだ」
「………」
「御幸先輩はすげえ捕手だ。たまに天才かと思うくらい。でもうちの弱小チームでだって凄く楽しんで、そんで真剣に野球やってる」
「………」
「御幸先輩も、すげえ大事に思ってるのが解る。家族と、野球と」
「………大事に…」
「うん。この先だってきっと御幸先輩なら何とでもなる。そしてどうなってもそれは、御幸先輩が選んだんだ」

光舟は何も言わず、静かな時間が流れる。聞こえるのはただ、風に揺らされる木々の音と転がされる落ち葉の乾いた音。

「……兄貴が無名の高校行って、すげえ悔しかった。何でだよ、親父もお袋も行きたい所に行けっつってたじゃん、て」
「……今のお前と同じじゃん」
「一番嫌だったのは、そんな所に行ったくせにすげえ楽しそうで……野球も、あいつら構うのも」
「うん」
「……さっきも言ったけど今年の春、兄貴が『沢村って面白い投手入ってきた、楽しみだ』って嬉しそうに。だから家に来た時この人かって」
「………えっ、」
「兄貴がそんな楽しそうな野球部ってどんなかなって興味……持った」

少し小さくなった語尾に光舟の照れが見えて、自分の驚きと照れを忘れた。
そして思わず声に出して笑うと、弾かれたようにこっちを見た光舟の赤くなった耳と、睨んでも拗ねたようにしか見えない顔にまた笑った。

「……何、スか」
「いや、お前も一緒なんだなと思って」
「一緒?」
「考えて、自分で選んでる。伝えればいいのに。『兄貴と同じ高校で野球したい』って」

すると光舟が嫌そうに顔を顰めたが耳は赤いままなのを見てしまい、また笑いそうになるのを何とか堪える。
結局、光舟も犠牲になってるなんて考えていない。なのに皆相手にはそう思ってしまう。相手を想うからだ。
御幸ですら、自分と同じ状態の弟には気を遣ってるのかと心配する。その姿を思い出すと頬が緩んだ。

「いいな、兄弟」
「……自分じゃわかんないスけどね」

光舟が横に置いてあったコンビニ袋の持ち手を摘まんだ。帰る合図だろう。

「アンタの球捕るの、楽しみにしてる」
「その前に受かれよ」
「悪いけど、余裕デス」

ニヤリと、口端を片方上げてシニカルに笑うその顔は少し似ていると思った。
笑い合っていると、背後から落ち葉を踏み締める乾いた音が近付いて来る。予想通り御幸だ。

「何やってんだよ、二人して。光舟は帰らねえし沢村は来ねえし。まさか俺の悪口!」
「……あー、いや…」
「悪かったって。受験生に青海苔なんか頼んでよ」
「青海苔?」
「あ、今日お好み焼きな。青海苔なくて光舟に頼んだんだよ。悪かったな」
「いいよ、余裕だから。母さん青海苔待ってんだろ?先帰る」
「おう、すぐ行く」

光舟が立ち上がり公園の出口に向かっている。御幸の口振りから残るのが正解だろうと座ったままで御幸を見上げた。
本家本元のシニカルな笑みを浮かべている。いつもの御幸。

「聞いてたんですね」
「だって、タイミング伺ってたら話が終わっちまった」
「……次の春には、俺たちの後輩ですね」
「まぁな、照れ臭えけどな」

公園の出口を見ながらそう笑う御幸は時々見るようになった「兄ちゃん」の笑顔だった。
初めて見た時に目蓋の裏にいつまでも残っていた、あの笑顔。

「沢村、ありがとうな」
「俺は何も」
「いや、何かお前の方が光舟の兄貴みたいだった」
「ホントっすか」

ぼちぼち行くかと言われベンチから立ち上がると、髪の毛をクシャリとかき混ぜられる。
ゆっくりと離れて行くその手には、いつもの慣れた捕手のそれではなく「兄ちゃん」としての温かさがあった。

「沢村、お好み焼き好きか?」
「大好物です」
「そりゃよかった。ウチのは旨えぞ」
「まじスか、作り方聞こう」
「作り方も何も、好きなモンぶち込んで混ぜるだけだって。でも旨いんだコレが」
「……何か、御幸先輩んちみたいっスね」

言ってから失礼だったかなとチラリと御幸を窺えば、ビックリしたような顔で沢村を見ていてそれにビックリしてしまった。
しばらくその顔で見合っていると、御幸が何かいいなソレと笑う。

「具材は何がいいだろうな。あー俺は生地の方で山芋だな」
「シブいですね」
「沢村は?」
「は……何が、」
「具材」
「俺………?」
「決めらんねえなら、お前揚げ玉な。俺アレ絶対入れるんだよな」
「俺、食べる方じゃなくて…具材にしてもらえるんですか」

自分で言いながらも意味の解らない台詞だと、少し顔が熱くなる。
しかし何だか嬉しくて、逸る気持ちは公園中の落ち葉を踏み締めてまわれば落ち着くかもと思ったりした。
御幸は、だってお前ウチの家族のお悩み相談までしてるしなあ、と肩を揺らしている。

「本当もう、家族みたいなもんだろ」

御幸が静かに微笑みながら言う。沢村も笑いながら、じゃあもうご家族様一つ限りは買えないですね、と言うと真剣な顔でそれヤバい、と呟くので笑ってしまった。

今も瞳を閉じると目蓋の裏にはあの日の笑顔が浮かぶ。
もう一度見たかったその笑顔が、自分に向けられたならとずっと思っていた。
そのささやかな願いは叶っている筈。
次に瞳を開けた時、目の前にあるのはあの笑顔なのだろう。



end





しなの様 リクエスト:五人兄弟の長男御幸×沢村
この度は2周年記念企画へのご参加ありがとうございましたv
大変遅くなりまして申し訳ありませんでした><;
でも長男御幸、書くの楽しかったですv
まだ恋愛のれの字もない2人ですが、お互いを兄のように弟のように好きだと勘違いしてる時間が長そうな(笑)
鈍い2人な気がします(^∇^)
あと弟が光舟ですみません(^_^;)適役がいなくて…!
このままだと2人が沢村取り合っちゃうよと焦りつつ楽しんでしまいました…
大好きなしなのさんに素敵なリクエストいただけて嬉しかったですv
本当にありがとうございましたv これからもどうぞよろしくお願いします(*^^*)



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