君想う夏 5 御幸side グラスいっぱいに氷を積み上げるように入れて、濃いめに淹れておいたコーヒーを上から零れないようにゆっくり注いでいく。 暑い中を帰ってきたらすぐに飲ませてやろうと準備しておいたもの。 沢村は俺がある日たまたま作ってやったアイスコーヒーをすごく喜んでくれて、外でふたりでカフェに入った時にも「御幸さんの淹れてくれたのがいちばん美味しい!」などと言ってくれたもんだから、どんな小さなことでも沢村が喜んでくれるとバカみたいに幸せになってしまう俺は、それ以来、この夏この部屋に来るたびにこうしていそいそとアイスコーヒーを作ってた。 沢村には内緒だけど有名な豆の卸業者に足を運んだりもして。 自分にも同じものを用意してローテーブルのほうを振り返ったところで、目の前の光景に一瞬足が止まる。 視線のすぐ先では沢村がちんまりと正座をして固まったまま、複雑というかなんというか、明らかにリラックスモードじゃない表情で目をきょろきょろさせている。 「沢村?どうした?」 「……えっ…」 呼びかけに体を揺らせた沢村の視線を受け止めると、テンパッてる感満載の焦った表情が可笑しくて思わず頬が緩む。 「暑いから大変だったろ?ゆったりすればいいのに、どうかしたか?」 「……や…あの…」 「いや、その正座はなんで?ほら、とりあえずこれ飲みな」 そう声をかけてテーブルにグラスを置くと、沢村は俺の言葉で自分の直立不動的正座状態に気づいたらしく、恥ずかしそうにさささと足を崩して胡坐をかいた。 そして上目遣いで俺をちらりちらりと見てくる。とても社会人の男とは思えない、可愛いとしか言いようのない仕草で。 「喉乾いたろ?どうぞ」 ぽんと頭を撫でて自分のグラスを持ち、沢村にも目で合図する。 「あ……はい」 沢村は目を伏せ気味に明らかにもじもじしていたけれど、ひと口こくりと飲んだ途端、本当はすごく喉が渇いていたんだろう、あおるような勢いでグラスの中身を喉に流し込んでいく。 空っぽになったグラスがテーブルに置かれると、氷が小さくカランと音を立てた。 「美味しい…」 「そうか、よかった。おかわりは?」 「…え…えっと……はい!い…いただきます!」 「ん。ほら、グラス…」 沢村から受け取ったグラスを持って冷蔵庫に向かい、氷を足してコーヒーを注ぐ。 振り返った沢村は相変わらず照れた顔をしていたけれど、緊張はほとんど解けたのか、ようやく俺とちゃんと目を合わせてくれた。 「はい、どうぞ」 「……すみません」 ふんわりうれしそうに笑いながら今度は味わうようにひと口ずつゆっくりとグラスに口をつける沢村を見つめていると、ここ数日何度もひとり心で呟いていた沢村に伝えるべき言葉が、胸の奥からせり上がってくる。 けど焦っちゃだめだ。相手はなにせ手強い沢村だ。段階を踏んで攻めていかないと。 「……あらためて、おかえり」 テーブルを挟んだ少しの距離、伸ばした手で頬に触れる。 「……ただいま……です…」 その手にそっとためらいがちに重ねられた沢村の手を取り指を絡めれば、触れているのは手だけなのに、そこから体じゅうに急激に熱が巡っていく気がした。 なにか言葉をさがしてる様子の少しだけ開かれた沢村の唇から目を離すことができなくて、ゆっくりと沢村の手を引き触れるだけのキスをする。 いつもより少し熱く感じる唇と短い吐息の間隔に、沢村も俺との再会に同じくらい抑えられない熱を感じてくれているのかもと思うとたまらなくなって、腹に力を入れて溢れ出しそうになる感情をなんとか押しとどめ、沢村との距離を戻す。 本当は今すぐ体中で沢村に触れたくて沢村を感じたくてたまらない。 けど、まだだめだ。 「…ご家族は?みなさんお元気だったか?」 「あ…はい!あの、御幸さんからいただいたお土産、すっげぇ喜んでました!俺、いっつも駅で適当なもん買うとかだったから…。俺、よく知らなかったんですけど、あのお菓子、超有名な老舗のだって母さんが……」 「ああ、それなりに名前は知られてるみたいだな。俺にとっちゃ昔から知ってる地元の饅頭屋って感じなんだけどね。喜んでもらえたんなら何よりだよ」 「ほんとにありがとうございました」 「ん、よかった」 ごく普通の会話をしながら気づく。 伝えたいひとことは喉元まで出かかっているけれど、どうやって話の核心に切り込んでいくべきか、土壇場になって実は自分がかなり緊張していることに。 「……不思議な感じだったな」 「え?」 「ここでお前を待ってるの」 「あの……退屈だったんじゃないですか?その…御幸さん、予定とかあっただろうし……」 「いや、退屈とか、そんなことないよ」 「でも、時間取っちゃって…。俺、その…ひでぇわがまま言っちゃったかなって…ずっと考えてて…」 「ほらまた今さらそんなこと言う……ああ、不思議って言い方がまずかったかな?違うよ、そうじゃなくて、」 「え…と…?」 「なんていうか…そうだな、いろいろ考えてたんだ。いや、いろいろと言うよりは……ほんとのとこはひとつかな?……大事なこと考えてたんだよ、ここで」 「だ…大事なこと……ですか?」 俺の言葉に不安になったのか、さっきまでのようやくの落ち着きぶりからまた一転、わたわたと困ったように俺を見る沢村の焦った表情にふっと笑いがこみ上げる。 「……沢村のことばっかりだよ」 「…え?」 「会えない間ずっと、お前のことだけ考えてた」 「……み…御幸さん…?」 「今日もここでお前のこと待ちながら、早く会いたいって、ほんと、そればっかりね……メールでも言ったろ?」 「そ…それは……」 口をパクパクさせて必死で言葉をさがして、大きな目がうろうろと彷徨う。 でも数秒後、その目がふいと俺を真正面からじっと捉える。思わずきゅっと心臓を掴まれる感覚に陥りそうなくらいの真摯な、強い眼差しで。 「…………俺もおんなじ……です…」 「……本当に?」 「あっちでも気がついたら御幸さんのことばっかり考えてて…」 「ん…」 「でも俺………ずっとそんなんですよ」 「え?」 「いつだって御幸さんのことばっか考えてます……あっ…も、もちろん、すっげぇ必死で仕事してる時と寝てる時はさすがに無理ですけど!…あ、違いますね、寝てる時は御幸さんの夢見たりするから、やっぱり一日じゅうのほとんど御幸さんのこと考えてるんだ、俺…………って……あ……」 自分の発した言葉で頬を赤く染めて俯く沢村を目の前で眺める俺に、余裕などあるわけがない。 言葉を失うってのはまさにこれだなと頭の隅でぼんやり考えながら、体は勝手に動く。 伸ばした手が熱を持った沢村の頬に触れると、沢村は促されるようにそろりと目を上げた。 その目が潤むように揺れていることに、ぐらりと俺の心も揺れる。 けれど残る理性をなんとしても死守して、ちゃんと言わなきゃいけない。 人のことばかりを考えて自分の気持なんか置いてきぼりにしがちの沢村は、素直に自分の気持を口にしてくれることは滅多にない。 でも、この夏休暇の数日に関しての沢村からのアプローチは、遠慮も恥ずかしさも何もかもとっぱらった素直な心を差し出してくれているような気がしてた。 そして今、それを確信できる沢村の言葉を聴けた。 沢村が好きすぎて沢村のことに関してはからっきし情けなくなってしまう俺と、やさしいゆえに素直になることを我慢する沢村。 まったく違うようでいて、結局俺たちは不器用にいつもバタバタしてるっていうところがすごく似ているのかも知れない。 お互いの想いはきっと同じはずなのに、それをうまく伝えられないことにいつもジレンマを感じて、勘ぐって、不安になって。 ―――もっと近くで、四六時中、あるだけの想いを伝えていたい。 この数日、いや、もっとずっと前から願っていたことを、今の沢村なら受け入れてくれるような気がする。 確信と願望がいっしょくたになった熱が、体中を一瞬で駆け巡っていく。 「俺……もっと沢村と一緒にいたい」 「……御幸さん…?」 「会社でお前の顔が見れても、週末を一緒に過ごせても……ごめん、鬱陶しいかも知れないけど、全然足りない」 「……あ…の…」 「いつだって“会いたい”って思ってる………だから、そう思わなくてもいいくらい、お前のそばにいられればいいのにってね」 「御幸さん………俺……」 もしかしたらさらりと言えるかな、なんて考えていた俺の予想は思いきり外れていく。 想いのひとつひとつを言葉にしていくたび、自分がどれだけ沢村を欲しているかを思い知ることになって、冷静でいることさえもう怪しい。 「……大事なこと考えてたって言ったろ?」 「……は…はい…」 所在無くテーブルの上に置かれていた沢村の手に、そっと手を重ねて包む。 あれこれかっこつけようなんて思わず、たったひとつの伝えたいことを伝えよう。 きっとそれだけでいいんだ。 「沢村」 「…はい」 「……俺と…」 「…はい…?」 「………一緒に暮らさないか?」 は、と微かに息を吸い込む音。そして落ちそうなほどに大きく見開かれた目。 その目から一瞬の後、ぼろぼろと流れて落ちたのは紛れもなく―――涙で。 「あ……え…えっ…?!」 テーブルに落ちる水滴と沢村の顔を交互におろおろとしばらく眺めて、ようやく俺が手を握っているから涙を拭えないのだという事実に気づいて、ぱっと手を離す。 それでも沢村は動かないままひたすら静かに涙を流していて、俺は手のひらで濡れる頬をそっと撫でるようにして涙を拭った。 「…………じ…らん…な……」 震えながら詰まりながらの言葉を聴き取ろうと必死で顔を寄せた。 「……沢村?」 「………みゆき…さん…」 「……ん、なに?」 「………俺………いいの……かな…」 「…なにが?」 小さな声。 でも沢村はちゃんと俺に向けて一生懸命言葉を繋げてくれている。 「こんなうれしいこと……信じらんなくて……」 沢村が帰ってきてからずっと体に入っていた力がふっと抜けて、それと一緒に口からは自分でも驚くくらい大きな吐息がぶはっと漏れでた。 どれだけ緊張してたんだろう、俺。 「……信じられないのはこっち」 「…え?」 「“うれしい”って、そんな言葉……すぐにはもらえないと思ってた」 「……だって……あ…その……俺、御幸さんに会えない間、ずっと考えてたから……」 鼻をすすりながら言ってくれた言葉に耳を疑いたくなる。 「考えてたって……え…?」 「………御幸さんが言ってくれたのと同じこと……です」 「一緒に暮らしたいって……こと?」 躊躇いなく瞬時にこくりと頷いてくれる沢村を見つめること数秒。 俺の望みと沢村の望みが同じものならいいのにとずっと思っていた。 いや、きっと同じ気持ちでいてくれるはずだと信じてはいたけれど、それをこんな風に素直に伝えてもらえたことが信じられないほどうれしい。 あたたかくて幸せな気持ちが心をいっぱいに満たしていく。 「………ありがとう………すっげぇうれしい……」 「そんな………夢みたいなのは俺で………って……わ……わわ…」 ぽろぽろと流れるのを止めない涙を拭いながら、困ったように恥ずかしそうに、でもとてもうれしそうに沢村は笑う。 「………御幸さん…」 「ん?」 「あの……俺、相当、寝相悪いっすから…」 「知ってるよ」 「でもって……行き当たりばったりでめちゃくちゃ計画性ないですし」 「うん、それも結構わかってる」 「そのうえ気がきかねぇし、御幸さんが楽しくなるようなこと、ひとつもできないかも知れません」 「……で?」 「それに今は週末だけだからボロが出てないだけで……毎日一緒にいたら俺のだらしなさに辟易すんじゃないかなって、本気で思います」 「うん……だから?」 ああ、やっぱり沢村は沢村ってこと? 話が決まったことでいろいろ考えちまって今頃抵抗してくるとか、やっぱり一筋縄ではいかないか…… 「だからですね………えっと……我慢してください」 「……うん……って…?んんん?」 続いた言葉は思いもよらぬもので、少し身構えかけた俺は拍子抜けしてじっと沢村を見つめてしまった。 「……我慢?」 「あのですね、きっといろいろがっかりさせるに決まってるし、不自由ばかりかけると思うんです………でも俺、やっぱり御幸さんともう離れてらんないって思いますから……すみません、最初に謝っときます。いろいろすみません。ごめんなさい」 沢村らしい、素直なのか素直じゃないのかわからないような言葉。 でも精一杯の俺への想いがこもっているだろう言葉は、届いた胸のなかでじわりと甘い熱に姿を変えていく。 「……任せて。お前が今言ったことなんて、全部知ってる」 「…え?」 「それでな、そんな全部が全部大好きだから、ひとつも問題ないよ」 「……な……え…と」 「でも俺はもっとお前のことが知りたい。だからもっとそばにいたい」 テーブルを回り込むようにして沢村の隣に移動する。 差し出した腕に応えてゆっくりと胸の中に凭れてくる沢村の体を、心が望むまま、力を込めて抱きしめる。 「……御幸さん」 「…ん?」 背中に回された手がTシャツをきゅっと掴む感触がやたらと甘くてうれしくて、もっと密着するように抱き寄せて。 「俺……すっげぇうれしいです」 「……俺も」 「……ありがとうございます」 「こっちこそ……ありがとう」 「……御幸さん」 「ん?」 「好きです……大好きです」 言葉はもどかしすぎるから、「俺も」と答える代わりにキスをする。 同じ想いを混ぜあって、ぜんぶをひとつにしたくて、何度でも、深く、長いキスを――― 熱を放つ心を抱えて過ごしたこの数日を、俺はきっと忘れない。 これから始まる新しい日々のなか、夏が来るたび懐かしく思い出して、胸を熱くして、そして隣に沢村がいてくれることを幸せだと、何度でも思うだろう。 夏に、熱に、終わりなど見えない愛しさに、まだもう少し浸っていたいから。 沢村の笑顔を同じだけの笑顔で受けとめて、そのすべてを腕の中に強く抱きしめた。 end 「いなほいろ」しなの様よりいただきました。 何と私の誕生日プレゼントとして贈ってくださったのですvこんなに幸せでいいのでしょうか>< 図々しくも「社会人パロの二人でお盆休み」とリクエストさせていただきました! 私はこの二人が大好きでしてv 誰よりもお互いを想っているのに色々と不器用な二人が愛しくてたまりませんv この先の二人も気になってしょうがないですよね!!! また、しつこいほどにサイトに伺って幸せを分けていただこうと思いますv しなのさん、本当にありがとうございましたv大好きですv |