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車も電話もないけれど





綺麗に整えられたじいちゃん自慢の庭を横切って離れの縁側に辿り着く。
軒下にはたくさんの鉢植え。
障子が開けっぱなしになってるからそのまま中を覗き込むとこちらに背を向けて卓の前にきちんと正座したヤツが何やら書き物をしているところだった。
足音に気がついたのか振り向くと俺を見て笑った。
「エイジュン。」
陽にあたると茶色に光る髪、黒縁眼鏡をかけた琥珀色の目。

俺の嫁さんは異国の人で――そして男だった。



「今度嫁を貰うことにした。」
と栄徳――俺の祖父ちゃん――が言った。
「じいちゃんが?」
「お前がだ。」
「へっ?」
びっくりして変な声が出た。
じいちゃん俺まだ17なんだけどもう結婚?
俺ん家は江戸で回旋問屋をやってるでかい商家で、もう父ちゃんが店を継いでるんだけど隠居である栄徳の発言権は強い。
「実はこの前下田に行った際、追剥に襲われたところを助けてもらった恩人がいる。」
「はあ…」
「その方がしばらく江戸に住みたいとおっしゃってな。もちろん家へ来ていただくことにしたんだが、居候では肩身が狭いし、外聞も悪い。だからここは正式にお前の嫁として迎え入れることにした。」
……なんかいろいろおかしな話じゃないか?
じいちゃんを助けた?娘さんが?
「えーと。その娘さんはどこから?」
「えげれすという国から来たそうだ。歳は23。女ではない。立派な若者じゃ。」
ちょっと待て。
「男?」
「今、いったん黒船に戻って横浜まで来ている。お前これから迎えに行って来るように。」
「いやいやいや。」
栄徳じいちゃんいろいろぶっ飛び過ぎてついていけないんですけど何で嫁が異人?
しかも男?
「よほど外聞悪いだろうが!」
「んなことはない。沢村屋の威光にかけて誰にも文句は言わせん。」
そりゃ文句はでないかもしれないよ。
でも俺自身が文句を言いたいんだけど!
「いいから早く迎えに行け。」
と宣う栄徳の言葉は絶対だった。




そうして俺が「嫁」を迎え入れたのがもうふた月も前。
御幸一也なんて日本名を使っているけどれっきとしたえげれす人でしかも年上。
そのうえ男。
まあ居候みたいなもんだと思ってたら、離れを夫婦で使えと命令されて二人で一つ部屋で寝起きすることになった。
別に嫁だからっておさんどんするわけじゃない。
コイツにも仕事があるらしい。


「仕事中?」
「日記を書いてただけ。」
手元を覗きこんでも俺には何が書いてあるのかさっぱり分かんねえ。
「エイジュン、何持ってる?」
最初片言だった話し方もあっという間にだいたい喋れるようになった。
もしかして物凄く頭がいいのかもしれない。
「ん、これな。御幸がまた使うかなと思って作ってみたんだ。」
風呂敷に包んでいたものを取り出して見せる。
「これは、ワーディアンケース!」
鳥かごの格子を広くして硝子を嵌め込んだような箱だ。
ここに住みだしてすぐ、中に草を入れて異国――つまり御幸の故郷――に送っていたのを見てた。
それが凄く綺麗で面白かったから自分で作ってみたんだ。
俺は沢村屋の一人息子だけど実は手先の器用さを買われて建具職人に弟子入りしている。
自慢じゃないが読み書きそろばんがからっきし駄目だからじいちゃんや父ちゃんも店は俺じゃなくて商才のある若番頭に継がせるって言って俺は好きにさせてもらってるんだ。
実際こっちはかなり性にあってて、まだ年が若いから独立はしてないけど、かなり仕事を貰ってる。

御幸は驚いた顔をして俺の作ったものを両手にもってじっくり見ている。
「これ、どうやって?」
「前に見せてもらっただろ?すごくよく出来てたから俺も作ってみようと思って。」
「あの時のを見ただけでこれ作ったのか?」
「うん。使いものになるならもっと作るよ。」
「凄いな。よく出来てるってだけじゃない、デザインが日本風でキレイだ。……エイジュンって天才じゃねえの。」
「だからこれが仕事だって。うわわ…」
いきなり抱き寄せられて頭を撫でられる。
持っていたはずの硝子箱は机の上だ。なんという早業。
こうやって抱きしめられるのもだいぶん慣れてきた。
最初はびっくりするし恥ずかしいしで逃げてたら、夫婦なのにってすっげー悲しそうな顔でいじけられてなんか俺が悪いみたいな気になって……で、今にいたる。
えげれすじゃ男どうしで結婚したりするのか。しねえだろたぶん。
なのになんでコイツ普通に俺と夫婦になってんだろ。しかもしかもまるでホントの夫婦みたいに……
「大好き栄純。ありがとう俺のために。」
なんて言う。
別にあんたのためじゃない単に作ってみたかっただけだしって意地張ろうとしたけどやめた。
せっかく綺麗な顔で笑ってるのにまたいじけられたら面倒だ。
とりあえずは俺の嫁なんだから。
ただちょっと見た目的に御幸のほうが年上だし、背が高いしで俺が亭主には見えないのが不満だけど。


「エイジュン、まだ仕事?」
「うん?今日はもう終わりだけど。」
「じゃあ一緒に染井まで行こう?これに似合う植物を見つけたくなっちゃった。」
「えーまたぁ?」
「イヤなら俺一人で行ってくるけど。」
「嫌なんて言ってねえだろ。行くよ!」
俺ちょっと甘いかな。
でもじいちゃんにくれぐれも嫁を守るようにと言われてるしな。


この江戸に異人がやってくるようになったのはここ数年のことだ。
その前は鎖国とかいうのをしていて、異人がやってくるのはもちろん異国に行くのも、物の出入りも禁止されていた。
それが無くなった今でもこの人の多い江戸でも異人の姿はとても珍しい。
じいちゃんの言うところによると異人がこの国に来るのを嫌がる人もまだまだいるらしい。
だから御幸一人なんてとてもじゃない外へ出せない。
髪の毛の色だけでも目立つのにコイツが着ているものは見慣れない自分の国の服だ。
着物はどうにも慣れないらしい。
食いもんは全然違うけど美味いって言うくせに。





「今咲く花って何?エイジュン。」
「んー悪ぃ。俺花の名前とか覚えらんねえんだよ。」
「もったいない。この国にはたくさんの花がいつも咲いてるのに。」
「バカで悪かったね。」
「バカでも好きだよエイジュン。」
「そこはバカを否定しろよ!」
「ははは。」
御幸は異国で珍しい草花を見つけてそれを国に送るのが仕事らしい。
そんなもんが珍しいのかと思うようなものも珍しがるからよく分かんねえんだけど、とりあえず目に付いたものを家に持ち帰って鉢植えにして、特に気に入ったものをえげれすに送っているらしい。
まあ広い意味での植木屋なんだろう。
普段の様子を見てると学者みたいな感じだけど、このあいだなんか俺の休みの日に二人で武州のほうまで行って山歩きしてきたんだ。けっこう体力はあるし力も強い。
まあ世界中を旅してるならそうじゃなきゃやってられないよな。

染井までの道はたいして賑わってないからよかった。
それでも通りすがりの人たちが全員振り返って御幸を見る。
日本橋や浅草あたりだったら大変なことになってるだろう。
じろじろ見られるのは嫌だし(見てるのは俺の隣の御幸だけど)かといってコソコソするのも性に合わねえ。
横の御幸を見れば自分に集まる視線なんてまったく気にせずにのほほんと歩いてる。
なんていうか、大物だな。
「何?」
俺が見てるのに気づいてこちらを見る。
「みんな、御幸を見てる。」
「違う。俺たちが似合いの夫婦だから見てるんだよ。」
「ばっ……」
アホだコイツ。
俺たちを見て誰が夫婦だと思うんだよ。
「エイジュン顔真っ赤。照れてる。」
「照れるか!」
ニヤニヤ笑ってんじゃねえ。
文句言ってやろうと口を開きかけたところでザワリと空気が揺れた。
歩いていた人たちがおどおどと道をあけるその先に数人の侍。
普段街中で見る侍は刀こそ差しているものの別におっかない雰囲気があるわけじゃない。
でも五、六人でこちらを睨みつけてる奴らはかなり殺気立っている。
こいつら攘夷ナントカとかいう奴らだ。
じり、とさりげなく動いて御幸を後ろに庇う。
俺は子供のころから近所の道場に通っているし、柔術も教わってる。
山ほどお稽古ごとをやらされて身に着いたのはその二つだ。
だから刀なんか怖くねえけど。
丸腰で六対一はちょっと厳しいかも……

「毛唐が……」

なんかでけえ声出してるけど、あんまり御幸が聞き取れてないといいなあと思うような下種な言葉ばかりで腹が立った。
それでも侍相手に喧嘩を売るわけにはいかないから黙っていると、男たちは刀を抜いた。
結局黙っててもやんのかよ。
「エイジュン危ないよ。」
また間の抜けたことを言う。
危ないも何も命がかかってるから。
竹刀でもいいから持ち歩けばよかったなあと思いながら斬りかかってくる間合いを測る。
御幸には傷一つつけさせねえ。
奴らが刀を振りあげたその瞬間――
物凄い音がしてその場にいた全員がとっさに身を竦めた。
え、今のって鉄砲の音!?
誰が――って見れば御幸の手に普通の鉄砲をうんと短く小さくしたみたいなものがあった。
筒口は上に向いていて、そこから薄く煙が立ち上っている。

「暴力反対デス。」

いつもの笑顔で御幸が言う。
丁寧な言葉の語尾が言いなれないせいか変ななまりになっている。
「でもエイジュンを傷つけるなら話は別デス。次はこれをあなたたちに向けマス。」
そう言うと笑顔のままゆっくり筒口の向きを変えた。
あきらかに侍たちが動揺する。
実際、その小さな鉄砲がどれほどの威力なのかは分からないが、あんな大きな黒船に大砲を積んでやってきた人間たちが作ったものだ。そう思うと小さくても物凄い存在感があった。
そしてそれを構える御幸もいつもののん気な雰囲気が失せて、怖いくらいの迫力がある。
上背があるからよけいだ。
「くそっ…」
男たちは捨て台詞も吐かずに逃げていった。
しばらくその方向を見つめてぼんやりしていると御幸が覗き込んできた。もう小さな鉄砲は懐にしまい込んだらしい。
「エイジュン?大丈夫?」
「……鉄砲なんて持ってたんだな。」
「国で護身用に持たされたんだ。あまり使う自信ないけど。」
「やっぱすげえな異国って。黒船に大砲にそんな小さな鉄砲まで。御幸は俺なんかいなくても自分の身を守れたんじゃないか。嫁になんかなる必要もない。」
「違うよ?俺は守って欲しくてエイジュンと結婚したんじゃない。エイジュンが好きだから結婚したんだよ。」
「そんな、会う前から決まってたじゃないか。」
「最初お祖父さんのご厚意は断るつもりだったんだ。でも甲板からエイジュンを見たら一目で好きになった。」
「……」
顔が赤くなるのが自分でも分かった。

あの時、船の上の御幸を見た時――なんて綺麗な人なんだろうと思った。
俺も同じだなんて恥ずかしくて言えない。

「エイジュン。俺の国でプラントハンターなんていう職業があるのは自生している植物が四百種そこそこしかないからなんだ。たぶんこの国にはその何倍もある。北から南まで調べつくしたらね。それだけでもこの国は素晴らしいよ。」
「へえ。」
「しかも人々は勤勉だし栄純みたいにちらっと見ただけで同じものを作れる凄い技術もある。しかも優しい。俺はこの国に来てエイジュンと結婚して良かったと思ってるよ。」
「う、そりゃよかった。」
「エイジュンは?俺と結婚して良かった?」
「うう……」
なんでそんなはっきり訊いてくるんだろう。
答えるしかないじゃないか。
でも声が出せなくて首だけ縦に振るとそれでも御幸は嬉しそうに笑った。
そして俺の手を引き寄せると抱え込むみたいに抱きしめてきた。
うわこれ外でもやるの。
でもそれだけじゃなかった。
「キスして?栄純。」
なんて言ってきた。
きす……?
「きすってなんだ?どうやるのか分かんねえよ。」
そう言うと御幸がクスリと笑う。
「じゃあ俺からね。」
「うん……」
片手は腰に回したまま、もう片方の手が俺の頬にかかった。
少し上向かされると御幸の眼鏡越しの目がかなり近くにあった。
綺麗な顔が笑ってるんだけど、いつもと全然違ってあやしいっていうか色っぽい。
そんなことを考えているともっと近づいた御幸の顔が見えなくなって唇に柔らかい感触。
え、これってこんな通りの真ん中でやることじゃないだろ。
と思ったけど御幸の腕が離してくれねえし、なんか気持ちいいしでまあいいかって気分になって俺も御幸の背中に手を回した。

道行く人全員の視線が俺たちに向いてるのはまったく気がつかなかった。



















「月の満ち欠け」萱野のはら様より頂きましたv
何と今年も嬉しい事に、私の誕生日に書いて下さったのですv
図々しくリクエストさせて頂いたのですが、UNICORNの「車も電話もないけれど」を御沢で、とお願いしましたv
いつかこの曲を御沢で書きたいと思っていたんですが、もうもう素敵に書いてくれそうな萱野さんにお願いしたいと思いv
やーもう!!正解ですよねv素敵ですv車も〜の世界観もありつつ、萱野さんの世界ですv
御幸は英国紳士の恰好だそうですvカッコイイ!!!
カッコ可愛い建具職人の沢村と並んでる所を妄想するだけで時間が過ぎていきますねvシリーズ化を熱望します><
萱野さん、本当にありがとうございましたv期待以上のお話に顔がにやけっ放しですv
これからもどうか宜しくお願い致します!!!大好きですv











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