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7月のラプソディ





昼休み、学食に向かう群れに混ざり自然と足早になる。
人口密度の高くなった廊下は酸素が薄くなったのか息苦しささえ感じてしまう。
腹が減ってるのは皆同じで、出来れば席はすぐに確保したい。時間も短縮するために今日のメニューを吟味しながら向かう。

「なあ金丸、お前今日何すんの?」
「ああ?日替わりでいいや」
「日替わりのA定?B定?」
「うるせえな、A定!ハンバーグ!」
「ふーん。春っちは?」
「B定のアジフライ」
「そっかー」

降谷のラーメンも聞き出して「この暑いのにラーメン!?」と騒いでいる沢村に春市が尋ねた。

「栄純くんは?迷ってるの?」
「ん?俺は朝から今日はカレーって決めてる」
「何するか迷ってるから聞き出してんじゃねえのかよ!」
「知りたかっただけだって」
「何だよバカ」
「今俺のどこにバカ要素!?」
「存在」

いつものように他愛ないふざけた会話を交わしながら学食に入り、慣れた手つきで食券を買い列に並ぶ。
空きそうな席を探すのが上手い春市と、気付いたらいつの間にか空いてる席にいる降谷がまた人数分の席を確保していた。

「相変わらずすげえな」
「ホント。おかげで席には困らねえ」
「あ、何だよ降谷。冷やしたぬきに変わってんぞ」
「暑いから」
「ほら、やっぱり!いや暑い時に熱いの美味いけどさ」

やはり賑やかなまま食事を始める。この時ばかりは皆普通の高校生だ。周りも同じように騒いでいて誰も咎めない。

「金丸、ハンバーグ一口くれよー。カレー一口やるからさ」
「いらねーしやらねーよ」
「ひどっ!」
「カレー食いたかったんだろ」
「でも金丸が俺の真向かいであんまり美味そうに食うから…!」
「俺のせいかよ!」

しかし眉毛が下がり情けない顔になった沢村を見て、動物を虐めてる気分になってしまった犬好きな金丸が観念してハンバーグを一口分切って差し出した。

「………仕方ねえな。一口だけな」
「え、まじで!?サンキュー金丸ー!!」

フォークごと渡そうと差し出した金丸の手を掴み、少し立ち上がり顔を寄せる。
金丸が慌てて腕を引こうとしたが間に合わず、端から見ると沢村に『あーん』をした形になってしまった。

「っ、お前!勘弁しろよ沢村!御幸先輩が見てたらどうすんだよ!」
「はあ?意味わかんねえよ」
「お前以外はみんな意味わかってんだよ!」
「あー美味かった!ありがと金丸!」
「……、バカ!」

ニカッと幸せそうな笑顔を見せる沢村にそれ以上何も言えず頭を抱える金丸を、皆が憐れみの目で見ていた。
ごく一部の部員の中では御幸が沢村を溺愛しているという事は有名で、沢村にちょっかいをかけた者は非常に面倒臭い事になるとまことしやかに囁かれていた。
金丸がハンバーグをつつきながら、冷やしたぬきをツルツルと食べる降谷に恐る恐る問う。

「……俺今、沢村にちょっかいかけた事になるのかな…」
「なるんじゃない。『あーん』なんて恋人同士みたいだった」
「止めろよ!滅多な事言うんじゃねえ!」
「まあまあ、きっと大丈夫…あ!栄純くん!」
「「えっ」」

春市の突然の小さな叫びに、金丸までが反応して周りをキョロキョロと見渡している。

「ネクタイ!ネクタイにカレーが!」
「え?…ぎゃっ!」

金丸のハンバーグを貰う時に立ち上がって乗り出した時についてしまったのだろう、ネクタイの下の方にカレーがベッタリとついていた。
ティッシュだおしぼりだと大騒ぎしながら拭き取ったものの、かなり大きなシミとカレーの匂いが取れない。
シャツにつかなかったのが不幸中の幸いだ。

「……あー…」
「洗わないと駄目だね。栄純くん、ネクタイもう一本持ってる?」
「持ってない……」
「そっか…俺もないけど購買に売ってるかも知れないね」
「………金丸ー…」
「何だよっ、知らねえよ」

先ほどと同じようにションボリとうなだれた沢村が涙目で訴えてくる。

「見んなよ、俺はお前のお世話係じゃねえんだよ!」
「だって……、」
「……あーもう!俺のネクタイもう一本教室のロッカーにあるから!」
「………金丸…!!」
「あああそんなキラキラした瞳で俺を見てる所を見られたらやばいんだって!」
「ホント助かる!もう金丸大好」
「それ以上言うな!バカ!とっとと食って教室戻るぞ!」

嬉しそうに「おう!」と笑う沢村を急かして何故か全員が慌てて掻き込んだ。
『あの人が来る前に』沢村以外、皆の心は一つだった。

「沢村ー、ネクタイ汚しちまったの?」
「あ、御幸。そーそー、カレーつけちまった」

(((来た……!)))

颯爽と現れたのはこの甘い美声の持ち主で、今皆が会いたくなかった御幸である。その無駄な甘さは専ら沢村に対してのみ活用されているらしい。

「バカだなー」
「うるせ!でも金丸がもう一本持ってるから貸してくれるって。な?……あれ?金丸?」
「………コンニチハ御幸先輩」
「おう、金丸が?」
「ハイ………」

金丸がそっと御幸を見上げると、唇がゆっくりと笑みを形作り瞳が細められた。

「へえ、ハンバーグ一口くれただけじゃなくネクタイまで貸してくれる訳?」

(((見られてた……!)))

一瞬にしてその場の気温が下がった感覚。

「……イエ、あの。やっぱネクタイなかったかもです…」
「そう」
「あ、金丸ネクタイの予備ねえの?そっかー購買行ってみるかな」

(悪いな沢村…俺も自分が可愛いからよ…)

汚れたネクタイを見つめながら呟く沢村に心の中で謝った。

「大丈夫沢村、俺のあげるから」
「え?御幸も予備あんの?」
「ああ。食べ終わってんなら立てよ」
「あ、うん」

立ち上がらせると、御幸の長くて綺麗な指が沢村のネクタイにかかる。結び目を解いてシュルリと首から抜き取った。

「後で洗えよ」
「わかった」

テーブルの端にネクタイを置くと、自分のネクタイの結び目に指を入れて緩め、同じようにシュルリと抜き取った。
その姿にすぐ傍のテーブルについていた女子達が黄色い声を上げる。
御幸は構わず流れるような所作でそれを沢村の襟に通してゆっくりと結んでいる。
ネクタイがたてる衣擦れの音だけが響いていた。

「ほら、出来た」
「サンキュ、御幸」
「それやるから。もう汚すなよ」

御幸は笑顔で頷く沢村を甘く細めた瞳で見つめた後、指の背で頬をするりと一撫でして食堂を出て行った。
あちこちから溜め息のような声が漏れている。知らず知らずに息を詰めていたようだった。

「…………エロ……」
「言うな降谷。今ここにいる全員が思いながらも口にはしなかったんだ」
「御幸先輩食べたのかな。ネクタイ取りに行ったとか?」
「いや、案外予備なんてなくて購買に買いに行ってたりして……」
「「………………」」
「さっさと食べるか」
「うん」

食堂に元の喧騒が戻る。
予備や買った方を沢村に渡す訳ではなく自分が現在身につけている方を渡す御幸の独占欲や、そうされる事に違和感を感じていない沢村を凄いと思いつつ食事を再開した。
だから、誰も気付かなかった。

同じように甘く細めた瞳で、沢村が結んでもらったネクタイにキスを一つ落とした事を。




end




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こちらは7月17日にお誕生日を迎えられた萱野のはら様に捧げさせていただきましたv
リクエストが「卒業式とかではなく御幸が沢村にネクタイをあげる」というそれだけで萌えてしまう素敵なものでしたv
生かし切れなかったのが悲しいところですが…;;とても楽しく書かせていただきましたv
萱野さん本当におめでとうございましたvいつもありがとうございます!
どうかこれからも仲良くしてくださいv大好きです(*^^*)





あきゅろす。
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