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占有状態継続中





昔から、どちからといえば人の世話を焼くのはあまり得意な方では無かった。…と、自分では自負している。
だがしかし、こと幼馴染のこの男のことについていえば、悲しきかな、現実はそうも言っていられない。


「…栄純…。」


小さく俺が名前を呼んだ一言は、一瞬で部屋の中の爆音に掻き消される。
四方を完全にこいつの趣味で埋め尽くされた6畳の狭い部屋の奥で、入口に背を向けたまま画面と対峙する栄純は、そんな俺の声になんて気付く気配もない。
玄関を開けて、ワンルーム特有の直線状のキッチンスペースを抜けて勝手に入って来たっていうのに、この有様だ。このまま後ろから刺されても、コイツ絶対何があったか分かんねーだろ。そう思って落とした溜息も、虚しく部屋の中に充満する機械音の中に紛れて消えた。


「栄純。」


再度、今度はもっと強く大きく名前を呼ぶ。けれど返答は無し。
さっきの言葉を軽く訂正する。気付く気配もないのではなくて、元々コイツには気付く気がない。
ヘッドフォンをしているわけでもないのに、ここまで人の声が聞こえないっていうのはある意味才能だ。他にもっと有益に使えと思うくらいの恐ろしい集中力。それこそ物心ついた時からコイツとは一緒にいるけれど、それなりに年を重ねた今でもこいつの一点集中の濃度の高さには驚かされる。
だがしかし、それとこれとは話が別だ。

足元に転がる無数のコントローラー、散乱するクリア済み(と思われる)ソフト達。一体お前の目と耳は何セットずつあるんだと突っ込みたくなるほど赤々と付けられた複数の液晶ディスプレイ。そのデスクトップPCとノートパソコンの間で、画面の鮮明さだけを重視して買った、部屋の広さにどこか不似合いな42インチの液晶テレビの前に座った幼馴染の耳元に唇を寄せて、一気に息を吸い込んで声を張り上げた。


「こ、の……ゲームオタク!」











「ってぇな!!何も殴ることねーだろっ!!」
「お前がいくら呼んでも反応しないのが悪い。」


ぼさぼさと毛並みの立った無造作な黒髪の一部を撫でつけながら、恨めしそうにこちらを見て来る栄純の視線を鼻で笑い飛ばしてやると、明らかに不愉快そうにその栄純が唇を尖らせた。
1つ年下のこの幼馴染をこんな風にしかりつけるのは別にこれが初めてってわけじゃない。

(むしろ定期だぜ、定期。)

そんな栄純の様子に内心で溜息を付きながら肩を落とせば、ガサリと手に持ったビニール袋が揺れた。その中には、彼の母親から託された軽食と、俺が追加で買って来たプリンが一つ。
放っておくと、1日や3日と言わず、1週間でも何も食べず(さすがに本能なのか水分だけは取ってるらしいが)液晶画面となかよしこよししてしまうきらいのある幼馴染の母親に、完全に親認定されている俺には、もう成人だってしてるこの大きな子供の面倒を見る義務がある。
彼の母親いわく「昔は、家の中でじっとしてなさいっていう方が難しかったのにねぇ。」だったそうだが、…ああそうだ、確かに昔はそうだった。昔はそうだった頃もあった。気付けばいつもどこか外に飛び出していて、あの頃はあの頃でいろいろと心配していたこともあった。あったけども。


「仕方ねーじゃん。昨日やっと待ちに待った新作届いて集中してたんだから!」


ゲーム機という現代の利器と出会ってしまってから、栄純のそのアウトドアな性格は一変、インドア引きこもりへと180度くるりと反転してしまった。
しかも、ある種もう病的なくらい。
衣食住よりゲーム。太陽の光より液晶のネオン。
ゲームに集中してる時の1日の総歩行距離、テレビの前から冷蔵庫までの10歩前後。


「仕方なくねーっつの!またか!お前は!」
「へっへー。しかもプレイ時間28時間でフルコンプ間近。マニア向け隠れコマンドまで発掘済みだぜ?すごくね?俺すごくね?」
「28時間…?」
「ん。朝9時に代引き受け取りして、それから、」
「…栄純。」
「んあ?」
「………お前今何時だと思ってんの?」


俺の低い低い声に、一瞬目をぱちくりと瞬きさせた栄純が、チラリと窓の外へと目を向ける。
カーテンは閉まったままだけど、その布の隙間から僅かに差し込む日の光と、俺の眉間に何かが浮き上がった笑顔を見比べて、やっと状況を理解したのか、にへら、と栄純が情けない笑みを浮かべた。


「おはよ、一也!」


……。
ああもう。


「……もう昼前だっつーの。」
「おお!マジで!」
「ったくお前はさー…。」
「わははは!通りで腹減ってると思った!」
「………いつかマジで餓死するんじゃね?」


冗談を言ったつもりだったのに冗談に聞こえない辺り恐ろしい。
俺と栄純の間に落ちた乾いた笑いを、テレビから流れる音楽が虚しく包んで消していった。
もう正直溜息しか出ない。栄純のこの生活習慣は言って治るものじゃないことも身に染みて知っているから、それ以上煩く言う気も起きなかった。
コイツの親も相当甘いと思うけど、それに負けず劣らず俺も栄純にはつくづく甘い。


「ったく…俺の仕事の納期直後だったから良かったものの…。」


小言を漏らしながら、栄純の横に持っていたビニール袋を置く。
おばさんからだと言えば、嬉しそうに顔をほころばせる様子を見ながら、覗きこんだ袋の中に視認したであろう好物のプリンに更に目を輝かせたのも俺は見逃さない。こういうところが可愛いから、つい甘やかしたくなってしまうのが問題なんだろうな…。


「つーかお前、大学は?授業はどうした。」
「授業ねーし。」
「は?」
「今、テスト期間。」
「……ああ。そういや大学生はそんな時期だったっけね…。」
「なんだよ、一也。お前だって去年まで同じように学生だったくせに!」
「………。てか、テスト期間ならなおさらなんでお前はゲームなんてする余裕かましてんだ…?」
「う、」


ギクリ、と栄純の肩が跳ねあがる。へぇ…この反応はどう考えても勉強なんてカケラもしてねぇな。
お世辞にも頭が良いとは言えない栄純は、奇跡的に4年生まで上がれたものの、それでも毎年ポロポロ取り落としてた単位のせいで、周りがゼミ室通いだけしていればいい中、ひとり学部生に混じって未だ単位取得に励んでることを俺が知らないはずがない。


「…留年したいわけ?」
「めめめめめ!!滅相もございやせん!」


ぶんぶん首を取れそうなくらい左右に大きく振った栄純が慌てたように落ち着きなくジタバタし出す。
地元の大学には少し頭が足りなくて届かなかったものの、それでも何とか入った今の大学を卒業する気はあるらしい。
本人いわく、折角親が払ってくれてる学費を無に返すことなんか出来ない、だそうだが、それならまずその生活習慣を改めた方がいいと思う。いい加減おじいさんの頭痛の種を少しは無くしてやれよ。


「その無駄な集中力、他のところで有効に使えねーの?」
「それはちょっと…無理な相談かと…。」
「……聞いた俺がバカだった。」
「うう…。」

(まぁでも、これもある意味才能っちゃ才能だとは思うけどね…。)


でもTPOは弁えるべきだろ、と項垂れる栄純に最後の追いうちをかけておく。
馬鹿だけど、そこまで大馬鹿ではないはずだから、放っておいてもテストを忘れることはなかったんだろうけど、それでもどうせなら危ない橋を渡るより、少しくらい余裕がある方が良い。
勉強見てやるから、と言えば不満そうにしながらもしぶしぶデータのセーブに入るあたりが、放っておけないと思っちまうんだろうな。


「それから、カーテンくらい開けろって。成長止まんぞ。」
「やだ!それは嫌だ!」


慌ててカーテンをジャッと音を立てて開いた栄純が、その眩しさに一瞬顔をくしゃっと歪ませる。
初春とはいえ、晴天の日の昼前の太陽の攻撃力はそれなりに高い。思わずおかしくて笑えば、むうっと唇を付きだすのが見えた。


「………まぶしい…。」
「そりゃ昼だからな。」
「眠い…。」
「勉強してからな。」
「……寝てから、」


さっきまであんなに活性化してたはずの目を擦りながら、小さく欠伸を一つ。
…おいおい、お前のスイッチは、ゲーム機と連動でもしてんのか。
画面が真っ暗になった途端にオフモードに入りやがって…。


「…寝てもいいけど、そしたら寝込み襲っちゃうかもよ?」
「全力で起きる。」
「なんだ、つまんねーの。」


クスクス笑いながら、窓を開けて新しく空気を部屋に入れつつ、勝手知ったる栄純の部屋の隅っこに追いやられている机を引っ張りだす。床に座ってゲーム中心の生活をしてる栄純の部屋でこの机はこんな時くらいにしか出てこない。いわば俺専用だ。
本当に手のかかる幼馴染。
俺じゃなかったらとっくに見捨てられてるかもよ?
…まぁ俺は、お前を見捨てる気なんてさらさらないけどね。


「……一也のそういう冗談は冗談に聴こえねーんだもん。」


栄純にしてはそんな賢いことを言う。
それにニヤリと口元を歪めて小さく笑った。


「その答えは正解だな。」
「やっぱりか…。」
「普段お前運動不足なんだから、たまには体動かすくらいがちょうどいいだろ。」
「…なんかオヤジっぽい…。」
「……なるほど、今すぐその口塞がれたい、と。」
「ぎゃー!待て待て!冗談!俺のおちゃめな冗談!」


教科書を盾にして慌てる栄純をからかって遊ぶのは、俺の仕事の息抜きでもある。
なんだかんだで義務みたいになってる栄純の世話も、結局は俺がやりたいだけっていう、ね。…じゃなかったらわざわざ、プリンまでつけて仕事明けにこんなところに来たりしない。
大事な大事な幼馴染。何より、誰より一番。


「………栄純、さっき俺が言った言葉聞いてた?」
「…え?」
「俺、納期終えたとこだったんだって。」
「………え?」


コテンと首を傾げる栄純に、人差し指を立ててまるで子供に言い聞かせるように問いかける。


「さて、俺の職業はなんだったでしょーか。」


一瞬の沈黙の後、その答えに思い至ったのか、栄純の顔が目に見えてぱあっと明るくなる。

(あー…、これこれ、これだよ…。)

それと同時に灯る、自分の胸の奥の熱に苦笑した。
そう、これが見たくて、俺は。


「ゲーム!ゲーム作る人!」
「ゲームクリエイターな。」
「ゲームクリエーター!」
「…発売はまだ先だけど、試作機出るからまたちょっと触らせてやるよ。」


内緒でな、と付け加えると、まるで犬みたいに尻尾をぶんぶん振りながら目を輝かせた栄純が、さっきまでとは打って変わって纏わりついてくる。
ほんと厳禁なやつ。
でもそういうところが、死ぬほど可愛い。


「やった!一也大好き!愛してる!」


…ほんと、厳禁。


(なぁ栄純、お前のそういう顔が見たいが為だけに俺が自分の将来を決めたってこと、お前気付いてんのかな。)


まぁ別に、気付いて無くてもいいんだけど。
とりあえず、ゲームが恋人この可愛い幼馴染を薄っぺらい液晶に奪い去られないように。

いたいけな努力に、今日もまた努めるとするか。






「嘘と沈黙のリボルバー」篠崎屡架様よりいただきましたv
こちらは屡架さんの1周年企画にてリクエストさせていただいたものですv
ゲームクリエーター御幸×ゲーマー沢村ですv
……もうっ!!!最高ですvイメージ通り、いえイメージ以上の二人でした!
ゲームをしてる沢村の部屋だとか様子、それを呆れて見てる御幸とか。物凄くリアルな映像が浮かびます。
呆れながらも沢村の世話をやく御幸の思いに、いつ沢村が応えるのかしらとか想像すると続編が読みたくなり悶え苦しみますねv
もう本当に、勇気を出してリクエストしてよかったです><
屡架さん、本当に本当にありがとうございましたv大好きですv
これからも(ツイッターでもv)よろしくお願い致しますv



















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