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続)桜、咲く 1.花曇り





共に過ごした日々を宝物のようにしまい込んで、たまに引っ張りだして懐かしがるなんて事はまっぴらごめんだった。
ならば無理矢理にでも自分のものにして、憎まれた方がマシだと、ずっと思っていた。
だがそれも叶わなくて結局は離れようとした。
変わらない関係を望む事が若さゆえの愚かさだと言う沢村よりよっぽど子供じみていると思った。

あの時、沢村は最後とは思ってないと言った。これっきりにする気はないと、どんな形でも繋がっていたいと。願ったりの言葉だった。御幸とて沢村と繋がっていたかった。望む形は違ったが。
しかし沢村が望む関係を尊重し、あの日御幸は自分の立ち位置を決めた。

最初の一年は頻繁に会った。二人で、時には皆で。
沢村の卒業式の日、桜は咲かなかった。やはり御幸の卒業の年は早く咲いたのだ。
式の後、待ち合わせたグラウンド裏のあの桜の樹の下で沢村が待っていた。ポカンと口を開けた沢村の顔がおかしかったが、わからないでもない。
御幸が満開の桜を一枝、肩に担いで現れたからだ。

「なっ何?それ桜?」
「言ったろ?お前の時咲いてなかったら俺が咲かせてやるって」
「いや言ってたけど、冗談だと…。どっから持って来たんだよっ」
「ん?伊豆から。調べたら満開の所があったんだよね」
「いっ伊豆?伊豆に行ってきたのか!?いつ?どうやって!」
「今朝早く、車で。間に合ってよかった。質問攻めだなオイ」

沢村の驚愕に見開かれた目はなかなか戻らない。ただでさえ大きいのにこぼれ落ちそうだ。

「だってさマジで?どこの公園から…」
「んなドロボーしねぇよ。人んちの庭の桜を頼んで切ってもらった」
「そ、そっか。いや、つーか何でそんな事までして…」
「お前が桜咲いてて欲しいって言ったから」

さすがにこんな形でしか咲かせらんねーしと笑い、沢村に桜の枝を渡す。

「ほい、卒業おめでと」
「あ、ありがとうゴザイマス。…すげーな、アンタ」
「そう?」
「うん。そこまでやるかっつーか、らしいっつーか」

はっはっはと笑いながら沢村の頭をガシガシ撫でる。
開花はし始めているものの、満開にはまだ遠い桜の樹にその枝をかざした沢村が満面の笑顔を見せる。
そこだけ満開になったように華やかだ。

「…でもホントに嬉しいよ。なんか門出って感じ」
「大学行っても頑張れよ」
「あぁ。違う大学だからアンタには捕ってもらえないけどな」
「たまにならキャッチボールくらいしてやるよ」
「ホントかっ!?ぜってーだぞ!」

眼をキラキラ輝かせる沢村に笑い声が漏れる。

「部屋の方は片付いたのか」
「まだ全然。段ボールだらけだよ」
「大丈夫かよ。そんなんで一人暮らしなんて」
「平気だ。電車で一駅の所に春っちも降谷もいるし」
「二人とも気の毒に」
「何でだよっ」

沢村は降谷や春市、金丸と同じ大学だった。御幸は倉持と同じ大学に通っている。どちらも腐れ縁だ。

「降谷と同じ大学ならまたいずれはエース争いだな」
「ぜってー負けねぇ!」

拳を突き上げて宣言する沢村が何も変わらなくて可笑しかった。このままずっとこんなふうに過ぎて行く気がしていた。




5月、皆で集まった席で金丸が「沢村に彼女が出来た」と騒いでいるのを聞くまでは。

「ヒャハッ。生意気だなオイ、テメーに彼女なんざ百年早えーよ」
「沢村、どんなコだ?」
「どっちから言ったんだよ」

皆が質問攻めで囃し立てる中、御幸だけ輪に入らずただグラスを傾けていた。
衝撃で胸を鷲づかみにされたように痛んだ。そうだ、自分でこの立ち位置を決めたのだ。
ただこういう事を想定していなかった。こんな、簡単に有り得そうな事を。
覚悟が足りなかった。御幸は自嘲気味に口端を上げて笑ったが笑顔にはならなかった。

「違いますよ、向こうが勝手に…」

沢村の必死な説明の声が響くが聞きたくなかった。本当に自分はガキだ。

「悪ぃ、レポート仕上げなきゃ。俺もう行くわ」
「おぅ、また次回な〜」

立ち上がり離れる時、沢村に軽く手を挙げ挨拶した。

「じゃあまた。沢村、彼女と仲良くな」
「え?」

一瞬沢村が傷ついた顔をしたように見えたがもう振り向かなかった。
一刻も早く離れて冷静になりたかった。

「はぁ、俺バカみてぇ…」

歩きながら呟く。何となく期待していた自分がいた。沢村も先輩に対する以上の感情を自分に抱いているのではないかと。

翌日、倉持から彼女というのは間違いで一方的に言い寄られているだけだったらしいと聞いた。でももうどうでもよかった。
今回は間違いでもいずれはそういう事がある。そして別れたとしてもまたいずれ付き合うのだろう。

自分以外の、誰かと。

覚悟が必要だ。この先何があっても動じない強さと。
ならば自分にとっての覚悟とは?
何があっても沢村を思い続ける覚悟か、思いを断ち切る覚悟か。

どちらにしても答えが出るまでは会えないと思った。

それから三ヶ月、沢村には連絡をとっていない。




to be continued



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