アンドロイドは宇宙飛行士の夢を見るか 突然本社に呼び出されて通されたのは社長室だった。 社員とはいえ宇宙飛行士の俺は宇宙と港と自宅を巡りまわるだけで、本社に顔を出すのは年に数回しかない。社長の顔なんて写真でしか見たことはなかった。 いや、入社式に壇上でスピーチしてるのを見たか。 「沢村栄純です。」 「入りたまえ。」 扉が開かれたので入っていくと眼鏡をかけた男が立っていた。 社長じゃあないよな。顔が違う。 「君が沢村栄純か。」 「はい。」 「フン……思ったよりずっと若いな。トリプルAの評価を受けているからある程度のベテランを想像していたんだが、見た目はほとんど中学生じゃないか。」 失礼なヤツだな! 人の見た目なんぞほっとけ。 俺がムッとしてるのなんかまるでどうでもいいというように表情を変えずに話を続ける。 「私は楊舜臣。社長秘書だ。君を呼び出したのは他でもない社長命令だ。超A級アンドロイドを一体運搬して貰いたい。」 「へ……?」 超A級アンドロイドって……たしか最新鋭軍用宇宙船の倍のお値段という、兵士にも科学者にもなれるっていう、専門家でも解体しないと人間と区別が出来ないっていう……アレ? 「入れ。」 奥の――社長の休憩室か何かなんだろう(ホテルのスイートじゃねえんだから)――扉が開かれてこっちにやってきたのは見覚えのある顔。 客室乗務員の女の子たちが噂話するほどのイケメンで若い―― 「しゃ、社長?」 「社長ではない。これが。」 と社長にそっくりな男を指差す。 「アンドロイド――御幸一也社長のコピーだ。」 「こんにちは。」 社長そっくりなそいつは顔にふさわしい声でにこやかに挨拶した。 黒縁眼鏡の奥の瞳はなんだか興味津津って感じで俺を見てる。 ホントにアンドロイドなのコイツ? と思ってるとなんかどんどん近付いてくる。 ちょっと嫌な予感がして後ろに下がろうとしたけどその前につかまってしまった。 思いっきり両腕で締め上げられる。良く言えば抱きしめられてる。 「ぎゃあああっ!!」 「かっわいいなあ!お前。」 なんだなんだ?何言ってんだコイツ! 「やめんかバカ者!」 秘書さんが大きな声で一喝するとパッと両腕が解かれた。 ああよかった。 「驚かせてすまない。つまり彼は多忙を極める社長のコピーとして最重要の決断以外の業務を極秘で半分肩代わりしていたアンドロイドだ。それが最近社長の体調が悪く、一か月の休養を取っていた。これも極秘だが。その間の社長業を彼が全て負担していたわけだがここ数日人工知能に原因不明の変調をきたしている。」 「い、今みたいに……?」 まじまじと偽社長を見るとまったく秘書さんの話を聞いてないかのようにニコニコと俺ばかり見ている。 「そうだ。そこで再調整を受けるため制作担当者のいる青心まで彼を連れて行って戻ってきてほしい。」 青心という惑星は地球からはかなり遠い。 しかし制作担当者でないと再調整が難しいらしい。超高性能なだけあって内部構造は極めて複雑なのだという。 でも……人工知能に変調ってことはつまり狂ってるってことだろ? 危険じゃねえのかなって訊こうとしたら先に言われた。 「危険はない。アシモフのロボット三原則は人工知能とは別の回路に独自に組み込まれているそうだ。人間で言えば脳まで到達しない脊髄反射のようなものか。人工知能がいくら暴走しても君や船に危害を加えることはしない。」 「そうなんですか。」 まあそれなら大丈夫か。 「彼の存在そのものがわが社の極秘事項だ。よってこの任務も社長直々の極秘任務だと思ってくれたまえ。」 「社長は入院中なんですか。」 「そうだ。」 一瞬秘書さんの顔がすっごい顰められた。 大丈夫なんかな社長。 そういうわけで俺は御幸一也社長そっくりのアンドロイドと宇宙を旅することとなった。 頭のおかしくなってるアンドロイドということでおっかなびっくりだったんだけど、最初に抱きつかれた以外、宇宙船に連れてきても、シートに座らせてもごく普通に大人しくしてて、ちゃんと指示に従ってくれた。 ただ人のこと面白そうに見る目だけは変わらなくて、なんかバカにされてる気分になるんだけど、もともと社長のコピーなんだから偉そうなのはしかたがないのかもしれない。 「よし、大気圏離脱と。」 「え、もう?」 驚いたみたいに訊き返してきた。 「全然なんにも感じなかったんだけど。」 「当たり前だろ。船内は重力コントロールされてんだからGを感じるわけないじゃないか。」 「ジェットコースターみたいなのを期待してたのに。」 おいおいおい。 「宇宙旅行、したことねえの?」 「……あるけどさ。大型客船と小型輸送船じゃ違うかと思ったのに。」 「んなわけねえだろ。」 そんなアホな会話をしつつ、計器を動かしΩドライブの準備をする。 「よっしゃ重力圏完全離脱と同時に転移開始。えーと……」 そういえばこいつなんて呼んだらいいんだ? 「社長コピー君。」 「やめてそんな無粋な呼び方。」 本当に嫌そうに顔を顰める。 なんていうか感情まで人間そっくりに作ってあるんだなあ。 「一也でいいよ。」 「そりゃ社長の名前だろ。」 「俺の名前でもある。」 にやりと笑う顔はイケメンなんだけどなんか悪っぽい。 「だいたいスパコン並みの能力を持つ俺様をたかが一企業の社長の影武者とかふざけてんだよ。」 一企業っていうけど、うちの会社銀河系一の星間企業なんだけど。 「会社の拡大に貢献したのは本物の社長じゃなくて俺だから。」 「……じゃあ社長を名前呼びというのも難しいので御幸さんで。」 やっぱりちょっとおかしいんだよな。 あんまり言い返して刺激しないようにしよう。 それにしてもここまで性格に難があると先行き不安だなあ。 なんて思いながら旅そのものは順調に始まった。 御幸さんは食事は必要ないはずなんだけど、限りなく人間に近く作られたアンドロイドなんだから食べられないわけじゃない。 秘書さんから空腹を訴えたら食べさせてやってくれって頼まれたし(そんなわけねえだろと思うけど変調をきたしてるんだからわからねえよな)、二人いるのに一人で食べるのは物凄く気まずいのでお相伴してもらうことにした。 そしたらなんか物凄く喜ばれたんだけど。 「ありがとう沢村君。俺食べるの好き。」 「そうなんだ。」 「だって味覚まであるんだぜ。人間より美味い不味いが分かるかもよ。」 「はは。まあこれは船に備え付けの調理器が作った機内食だけどな。」 「ウチの会社の機内食用調理器は一流シェフのレシピを忠実に作れるようにしてるから美味いはずだよ。」 「へえ、そうなんだ。俺は何食べても美味いって感じるような舌だからなあ。」 そう言ってテーブルに並べた皿のものを食べてみると 「美味い気がする。」 「はっはっは。可愛いね沢村君。」 またおかしくなってきたぞ。 「……そりゃどうも。」 「信じてないね。本気で言ってるのに。」 本気だったらよけい怖いぜ。 「そんなに警戒しなくても。楊が言ってたじゃん。危害を加えるようなことはしないって。」 そう言って御幸は苦笑した。 なんか、コイツ…… 「あんた、自分の不調の自覚あるのか。」 「そりゃね。いつもと違うなって。」 「不安……?」 「少し。」 なんて全く平気な顔で言う。 「大丈夫だからな!なるべく早く治してもらってちゃんと連れ帰ってやるから!心配しないで大船に乗った気でいろよ。」 「小型船だけど。」 「そこ突っ込むなよ!」 「はは、やさしいね沢村君。」 うん、まあコイツはもともとは悪い奴じゃないんだろうな。 ホントになるべく早く制作担当者のところへ連れてってやろう。 そうすりゃ元通り優秀なアンドロイドに戻るんだからな。 そんなことを思いながら俺たちは仲良く夕飯を食べ終えた。 続く |