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crescendo






ああ、やはり好きだと思った。

他の部屋からの帰り、喉が渇いたと自販機に寄れば風呂上がりらしい沢村がいた。
首にタオルを巻いたまま何を買うか迷っているようだ。
いつもは可愛いと思う横顔が自販機の灯に照らされていて、やけに綺麗で。
普段とは違い、手を伸ばしても掴めないような、このままいなくなってしまうかのような焦燥感に胸がざわついた。

それで、つい。衝動的に。
産まれて初めての告白を。

「あれ、御幸」
「沢村、お前が好きだ」
「何スかそれ。何言わされてんスか?あ、倉持先輩?」
「え?」

声を上げて笑いながらガコンと落ちたスポーツドリンクを手に恋しい相手は訂正の隙も与えてくれず去って行く。
そして初めての告白は告白と思われずに幕を閉じた。

「えー…マジかー」

呟く声は夜空に吸い込まれて行った。




「バッカみてぇ!自業自得だろ!」
「………………何が?」
「お前みたいなタラシに言われても誰が本気に取るかよ」
「タラシてませーん。沢村以外タラシたいと思いませーん」
「お前は違うっつっても、周りが思ってりゃそうなんだよ」
「………………」
「印象ってのは自分で決めんじゃねえ。周りだからな」
「………………」
「クールな御幸君がカッコイイ!とか言われて調子に乗ってっからだよ」

教室に響く倉持のいつもの笑い声がカンに障る。
自業自得、確かに。告白されて気に入れば付き合い、またあっさりと別れたりしてきた。
それをそう見る人間はいるだろう。しかし自分から告白したり、タラシこんだりした事はない。断じてない。
思えば本気で人を好きになった事もないが。興味を失ったように背を向ける倉持を見ながら考える。

(とりあえず、本気だって解らせるとこからだろ)

楽しくなってきた。何だ、楽しいじゃねぇか、恋愛。




「沢村ー、こっち空いてる。一緒に食おうぜ」
「あ、春っち達が席取ってくれてるんで」
「ヒャハッ」
「うるせぇ、黙れ」

それから事あるごとに沢村にアピールするも、なかなか上手くいかない。
諦めるつもりもないので、見かける度に声を掛けている。

「思うように進んでねぇな。笑える」
「うるせぇっつってんだろ」
「ああいうタイプはそんなアピールじゃ気付かねぇんじゃねぇの」
「でも直球で好きっつってもマジにとってくんねぇしな」
「構いすぎて鬱陶しがられてたりしてな」
「うわ、それキツいわー」
「手、出さねぇんだ」
「あたりめーだ。そんなんじゃねぇ、違うんだよ」
「……へー…ま、頑張れよ」

倉持は少し驚いた顔をし、飯を再開した。箸を持つ手を休めず、この話はこれで終いだとでも言うように。
でも初めて聞いた励ましの言葉に、応援する心情になったのかと少し照れ臭くて乱暴に飯を掻き込んだ。




「御幸、先輩」
「何?」
「ちょっと、時間とって欲しいんスけど」
「いいよ、いつ?」
「じゃ、昼飯食ったら」
「了解」

朝練の後に沢村からの誘い。何の話かと柄にもなくときめいたが倉持の台詞が頭の中でリフレインする。
鬱陶しいから止めて下さいとか、マジ落ち込むわ。

沢村が呼び出したのは太陽がど真ん中にある炎天下の屋上で。
扉を開けた途端、殺人的な熱気と紫外線が容赦なく襲い掛かる。
眩し過ぎる太陽の光に目を射され一瞬クラリとしたが持ち直した。球児ナメんなよ。

灼熱の太陽に照らされながら、沢村は立っていた。ポケットに手を突っ込んで柵の向こうの高いフェンスの合間から遠くを見てる。
せめて表情を読み取ろうと近付いたら沢村が柵に手を置いた。

「あっちぃ!何だよ柵、熱っ!熱い!」

置いた両手を振りながら一人で大騒ぎし始めて笑ってしまった。
制服の白いシャツが太陽を浴びて眩しい。

「馬鹿じゃねぇの。この炎天下で柵なんざ熱いに決まってんだろ」
「御幸!」
「よ。いきなりで悪ぃけど、話って何?」
「……あー、あの…」
「うん」
「あのさ。最近、何かやたらと声掛けてくるだろ?あんた」
「あー、まあな」
「やめて欲しいんだけど」

…………倉持め。縁起でもない事言うから現実になっちまったじゃねぇか。
でも、やめたくないから、足掻く。

「何で?」
「うん。俺さ、あんたの事好きなんだよね」
「…………………………え?」
「あ、恋愛的な意味な。だから、あんな風にからかわれるのはちょっとキツいんだよ」
「え?いや、沢村、ちょ、待、いや、え?ええっ!?」
「何だよキモいな」

え、沢村、それ好きな相手にする態度?
てか何。落ち着け、俺。いつものクールでポーカーフェイスな俺、戻ってこい。

「俺が、好き?」
「うん」
「恋愛的な意味で?」
「うん」
「いつから?」
「わかんね」

そうだよな。俺もわかんねぇもんな。ヤバい、舞い上がってる。人生最高に嬉しいかも知んねぇ。

「そっか。俺も好き、沢村」
「え?」
「恋愛的な意味で」
「え?」
「前にも言ったろ」
「え、でも、からかってんのかなって…」
「違う、マジ。マジで好き」
「だって、あんなモテて、タラシって言われてて、相手取っ替え引っ替えで、すぐ手出してその後捨てるって言われてる御幸が……」
「…………俺の事ホントに好き?」
「っ!好きだっ!」

冗談をマジにとった沢村が必死な顔で伝えてきた。今日初めて淡々とした態度が崩れた事で沢村の本気を見た気がして。
身体中に満ち足りていくものは何なのか。好きだと想う人に好きだと想われる、この奇跡を初めて手にした。
そして、沢村の何もかも全部俺のにしたい。

「うん、俺も好きだから。だから、付き合おう?」
「……あ、あ。うん…」
「今まで付き合った事とか、ねえよな?」
「…………ねえよ、どうせ」
「いや、よかった。…ならさ、」
「……何スか」
「お前のハジメテ、全部俺に頂戴?」
「…はっ?は、はじ…っ!?何っ!?」

途端に動揺してチョコチョコと無駄な動きを始める沢村を見て、ハムスターみてえだなと思った。
前に見た、カラカラ回るので走ったり、忙しなく動いてたのにそっくり。
俺の部屋に閉じ込めて飼ってやろうか。

「全部よ?デートするのも、手繋ぐのも、キスするのも、セッ」
「わわわっ!?わーわーっ!?」

慌てて飛び付いて来て俺の口を両手で塞いだ。真っ赤な顔で睨みつけてくるものだから、少し悪戯心が湧く。
その両手首を取り顔を近付けた。怯んで後ろに反らす沢村の顔を覗き込みながら囁く。

「なあ、何言おうとしたか解ったんだろ?」
「違っ…!」
「解ったから、塞いだんだろ?」
「……う…」
「……なあ、俺とすんの、嫌?」
「…その、…っ嫌、とか…」
「俺はね、すげぇしたいよ。お前と」

唇が触れ合いそうな間近で告げる。いよいよ沢村はキャパオーバーのようで、唇を噛み締めて見上げる目が少し潤んで見えた。
いじめすぎたかな、と安心させるように微笑んだら沢村の強張った身体から少し力が抜ける。
その隙にちゅ、と音をたてて額に口付けた。

「デコちゅー、ハジメテいただきました」

自分でも笑える程に機嫌がよくなり、緩む口元を抑えきれないまま今度は頬に唇を寄せた所で沢村の台詞に固まった。

「え、…ハジメテじゃ、ないけど……」
「……………は?」

急転直下、あまりの衝撃にたっぷりフリーズしたあと、何とか持ち直す。
さっきの目を射す太陽光ほどの衝撃だった。

「……何?今、なんつった?…ハジメテじゃない?……クソ、誰が…っ!」

復唱すると、今度は自分でも驚く程に怒りが湧いてきた。怒り?これは、嫉妬か。これが、嫉妬か。
あれ、何俺、全然クールでもポーカーフェイスでもない。
だから、恋か。
ぐるぐる考えに呑まれていると沢村が口を開いた。

「誰…って、ちっさい頃親父とかお袋とか。あ、じいちゃんも…」
「………っ!バカかっ!家族カウントすんな!ノーカンだノーカン!」

家族かよ、と力が抜けて沢村の肩に顔を埋めた。緊張で硬直する沢村にまた口元が緩む。

「あ、でも小学生の時にクラスの奴がふざけてデコに…」
「…………………記憶から抹消しろ。いいか、ソイツごと、だ」

たかがデコちゅーでも他人にくれてやるもんか。全部、俺のだ。
渦巻く感情に沢村の手首を握る力が少し強くなっていたのに気付き、慌てて緩めた。
投手の大事な、俺の大事な、手だ。

「痛くないか?悪かったな」

手首にそっと唇を寄せると沢村が首を振った。

「痛くない……けど、」
「ん?」
「あんたは色々、慣れてんな…」
「何が」
「……、あんたは全部、俺がハジメテじゃねぇだろって事だよ!」

顔を背けて怒ったように素っ気なく吐き捨てた。でも顔を背けたせいで見えた耳が少し赤くて。
これ、アレだろ。嫉妬して拗ねちゃって、それが恥ずかしくて怒ってんだろ。

「……あークソ、可愛い過ぎてヤベェ…」
「………は?」
「抱き締める、のハジメテいただきます」
「う、わ…っ」

腰と背中に手をまわしてぎゅうぎゅう抱き締めた。

「なあ、お前だってかなり俺のハジメテ持ってっちまってんだぜ」
「……え?何、」
「俺がハジメテ好きになったの、お前だし。嫉妬もハジメテ。こんな独占欲もハジメテだな。自分からキスしたいって思ったのも、セッ」
「いいっ!もういいっつってんだろ!」

腕の中に沢村を捕らえたまま肩が震える程笑った。

「お前が気にしてんのは、行為の方だろ?確かにそっちはハジメテじゃねぇけどな」
「……………」
「だから最後にするよ。お前が、最後」
「……は?」
「この先、ずっと。もうお前としかしない、何もかも」
「………何で、まだ高校生で…っ、あんたはこれから…」
「否定すんなよ。お前が、俺達の事を」
「………っ!」
「わかった?大事にするから。お前も大事にしろよ、俺を」
「え?あ、…ああ」

少し呆然としてる沢村の頬をそっと両手で包んであちこちに唇で触れる。
目蓋、頬、鼻、顎。固まってる沢村にハジメテ尽くし。そして最後に取っておいた唇に触れる前に重要事項を確認。

「んでお前はさ、俺が何もかもハジメテだけど、最後も俺ね」
「……はぁ」
「ハジメテで、最後。つまり、俺だけ。いい?」
「…………別に。あんた以外と何かしたいとか思わねぇよ」

また一つハジメテ知った。俺の理性、案外脆い。
拗ねたように突き出した唇を甘く噛み、そっと重ねた。
舌で唇を割り差し込んで搦めとり貪り尽くしたい衝動を必死に抑えて、触れるだけ。
うん、やれば出来る。

沢村のこういうのは計算じゃなくて天然だから、自覚もなく不意打ちしてくる。

愛しい。可愛い。大事にしたい。でも虐めたい。その後にうんと可愛がりたい。
触れたい。キスしたい。抱き締めたい。抱きたい。激しくしたい。でも優しく甘やかしたい。

際限なく溢れ出る愛情も欲望も、全てたった一人へと。

ハジメテ知る自分。一途な自分も捨てたもんじゃない。なかなかイイよ、お前を好きな俺。
お前も、俺を好きな自分、てのを好きだといい。
ようやく唇を離し抱き締めていた腕を緩め、頭を撫でると猛烈に熱くなっていた。
自分の頭に手を置いたら同じように熱くてぼちぼち引き上げないとヤバそうだ。

「沢村、これ以上ここにいると溶けちまうから行くぞ」
「ああ、…はい」

非常に名残惜しいが腕の中の沢村を解放した。
これ以上何かしたら倒れちまいそうな顔をしながら、それでも笑って俺を見上げる。
普段の強気な顔はどうしたんだってくらい。

ヤバい。たまんねぇ。

拳を握ってこらえる。踏みとどまる。沢村のペースでゆっくり行くって決めたんだ。
そう、この炎天下にいたらいずれどちらかが倒れるから教室に戻って文字通り頭を冷やして。

「なあ、御幸」
「ん?何?」
「何か、楽しい」
「そう?」
「あんたを好きなの、楽しい」
「そ…、よかった」

また湧き起こる衝動を堪えてクシャリと熱い髪を撫で、俺もだよと付け加えた。
俺も、こうしてお前の不意打ちに振り回されるのすら楽しいよ。

さっきこの扉を開けて太陽と熱気に驚いた時より確実に強くなってる感情。
こうしてだんだんと強く成長していくこの気持ちを一緒に育てていこう、沢村。

ハジメテも最後も好きも全部、一緒に。





end


30000hit もがさんへ リクエスト:御→沢から御沢(沢村が好きすぎるタラシの御幸と無自覚の沢村) 
ご本人様のみご自由になさってください。遅くなって申し訳ありません>< 
リクエストありがとうございましたv






あきゅろす。
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