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       3.目に青葉





「なぁ、聞いていいか」

渡したペットボトルを開けミネラルウォーターを勢いよく飲んだ沢村が口を開いた。

「アンタ、この一年避けてたよな、俺を。何でだ?」
「……悪かったな」
「違う、理由が知りたいんだ」

酔っている沢村からこんな質問をされると思わなかった。いやむしろ酔っているからこそかと思い直す。
自分が覚悟を決めたからさぁ今まで通り、というのは虫がよすぎたと眉間に皺がよる。
沢村だってこの一年傷ついていたのだ。

(けど理由を言えば全てが終わるだろ?)

先程までの凪いでいた心が嘘のようにざわめいている。
もう想いを全て吐き出して沢村にぶつけて自分の手で終りにしてやろうかと思った。
だが、ぶつけてきたのは沢村だった。

「俺さ、アンタに言ったよな?ずっと繋がってたいって。そんでアンタは受け入れたよな?」
「……あぁ」
「じゃあ何で?何で会わなかったんだよ!俺何かした?」
「違う、お前は何もしてない」
「わかんねぇよ!いつかけても留守電だしメールの返事も来ねぇし!」
「…俺の勝手な考えで嫌な思いさせて悪かった」
「そうじゃなくて!アンタが何難しい事考えてんのか知らねーけど!もっと簡単な事だろっ」
「………」
「俺はアンタに会いたかった!アンタは?違うのか!?」

御幸はゆっくり首を振った。会いたかったよ、と呟いた声は小さくてまったく自分らしくないと思った。

「じゃあ会えばいいじゃんか!そんだけの事だろ。この一年俺がどんな……くそっ」

大きな目から涙が溢れそうになり沢村は慌てて横を向いて服の袖で拭った。
もうすぐ二十歳になる男とは思えないような幼い仕種があの頃とまるで変わらない。たまらなくなって目を閉じた。


(……あぁ、もう)

ダメだ、と思った時には抱き締めていた。
沢村の手から落ちたペットボトルが床のラグを濃い色に変えていく。

「あ、み、水が…」
「大丈夫。水だろ」

この状況でまず口にしたのが零れた水の心配かと思ったがそれに返事している自分も可笑しかった。

「みゆ、き…何?」

数拍おいてようやく沢村が口を開いた。
もう、いい、どうにでもなってしまえ。たとえ全て失っても。もはやそんな心情だった。
今日覚悟を決めたばかりだが誓った桜はもう今夜にでも散ってしまう。無効だ。
無茶苦茶な論理で抱きしめた腕を離さない。そのまま隣に腰を降ろし尚も抱き寄せた。

「沢村」
「え?」
「沢村。俺、な」
「な、何だよ」
「お前が好きだよ」
「……は?」
「ずっと好きだった。ずっとこうしたかったんだ」

沢村が硬直したまま動かないのが感じとれた。

「だからお前に彼女が出来たりするのを見てられなかった」
「……」
「情けねぇけどな、それが会えなかった理由だ」

そこまで言って息を一つ吐いた。急に軽くなった。何もかも。

「……あ、でもそれなら誤解で俺彼女いねーし…」

たまらず吹き出した。男にいきなり告白されて抱き締められたのに何を言ってるんだと思った。
同時に激情が影を潜めまた冷静になっていく。

(まったく、コイツは…)

沢村を解放し深く背もたれに沈みこんだ。天井を見つめたまま口を開く。

「沢村、今の気にしなくていい。酔いが醒めたなら帰っていいぞ」

沢村が弾かれたように御幸を見た。

「…何だよ、それ」
「…」
「それでもう会わないってか?俺の事は、俺の気持ちとか考えてんの?」
「考えたから出た台詞なんだけどね」
「何でそう…アンタがせっかく話してんのに。何で俺の、へ、返事とか聞かねーの?」
「………は?」

思ってもみない台詞を聞くと自分も人並みにフリーズするんだと知った。

「返、事…?」
「うん、そう返事」
「…返事なんてあんの?」

何だか間抜けな会話だと思ったが他に言いようがなかった。
沢村にとっては告白されれば返事をする、それが当然の誠意なのだろうと思い至る。
女の子達にもそうしてきたに違いない。
もう拒絶され引導を渡されようが構わないと思う。自分が想い続ければいいだけの話しだ。

「…俺、アンタをどう思ってるのか正直考えた事がない」
「だろうね」
「でもアンタが卒業する時に言った事、あれが全てだ」
「…あぁ」
「アンタと繋がってたい、アンタとの時間を失いたくない」

沢村は自分の気持ちを整理しながら話しているように見えた。ペットボトルを拾いテーブルに置きながら少し考え込む。

「…俺、この一年で三人の女の子から告られて断った」
「小湊が言ってたな」
「告白されて付き合ってって言われた時…その度にアンタの顔が浮かんだんだ」

今度は御幸が弾かれたように沢村を見る。

「それで、あぁ付き合えないって、思っ…て…」

言いながら沢村は段々と驚いた顔に変わっていく。手を口にあてついには黙り込んだ。
御幸も沢村を見つめたまま動かない。沈黙が続く。

口を開いたのは沢村だった。まだ混乱しているのか先程からひたすら一点を見つめている。

「あ、れ…?何これ」
「沢村」
「これじゃまるで俺…」
「沢村」
「アンタの事、好き、なのか…?」

ようやく沢村が御幸を見た。困ったような驚いたような何とも言えない表情で。
まったくもう、可愛くてやってられない。たまらずまた抱き締めた。
呆然とした沢村は力が抜けておりそのまま二人でソファに倒れ込んだ。

「わわっ、御幸っ」
「沢村、俺はもう我慢しなくていいって事だよな?」
「は?我慢て?」
「俺はお前が好きだって自覚してからもう4年我慢してる」

何の事か徐々に理解できたのか沢村の顔が赤くなっていく。

「そ、そりゃ我慢強いなアンタ。ついでにもうちょっと我慢しろよ」
「こんな大願成就しちゃったら無理」
「アンタは4年前から自覚してっかもだけど、俺はたった今なんだよっ」
「なら、誓え」
「え?」

御幸は圧し掛かったまま両手で沢村の顔を挟み込んだ。

「俺は今日、何があってもお前を想い続けると覚悟を決めた」

(さっきは無効にしちまったけどな)

「だからお前も誓え。一生、俺から離れないと」
「え、一生って…そん…」
「そのくらいの覚悟が必要だぜ。相手が俺なんだから」
「アンタ、いきなり元に戻ったな…」

沢村は観念したように溜息をついた。
卒業する御幸と繋がっていたいと思った頃からきっとこの気持ちは自分の中にあったのだろう。気付くのは遅れたけれど。

「…わかった。俺も覚悟、決めるよ」

久々に見る沢村の強く真っ直ぐな瞳だった。吸い込まれそうだ。
御幸はこれくらいなら許されるだろうと、ありったけの想いを込めて沢村にくちづけた。


ひそかな想いは長かったがこれからの永い人生を思うと4年なんて一瞬だ。春のほんの午睡のように。
桜は今夜で散るだろう。そして明日からは新緑が萌え出ずる。





end




あきゅろす。
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