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言葉よりも夢よりも(倉沢)





オフ前日は沢村を呼んで朝まで抱きしめて眠る。
こんな甘い夜を過ごすようになったのはつい最近、倉持が一足先にプロの世界に入ってからだ。
じきに沢村も同じ世界に入って来る。そうなるとこんな風に過ごせる夜は減って行くだろう。
その想いが夜を甘く変えていく。少し前までは激情のままにただがむしゃらに求めた。
今はただ一緒にいたい。抱きしめていたい。その想いが胸を占めている。


ベッドの上で沢村を抱え込んだ体勢はそのままに視線を窓に移した。
カーテンの隙間からもれる明かりは明け方のそれではない。しっかりとした朝の光。急に今日が勿体なくなった。
ふと腕の中の、瞳を閉じるとまだ少しあどけないその寝顔に見入る。
そっと気付かれぬよう額に唇を寄せ、すぐに離した。

(……ガラじゃねぇんだよ)

そのまま額にデコピンした。

「てっ!……あ?あ、……はよ」
「はよ」
「……今何時?」
「あー、9時」
「うわ寝過ぎ。走れなかった」
「仕方ねぇじゃん。お前が夕べノリノリだったから」

うるさいと枕で叩かれ、勢いよく起き上がる沢村を見る。昔はこんな台詞一つで真っ赤になっていたが、今は多少成長した。
それでも僅かに見える頬がほんのり朱く染まっているのが可笑しいのと同時に酷く安心する。
ああまだ、まだコイツは俺が好きなんだなと。
らしくもない感情を押し込めて今日を有意義に過ごす為の提案をする。

「用意して出掛けんぞ」
「へ?……どこに」
「……色々だ。メシとか。行きたいとこ、あるか?」

沢村はびっくりしたように目を見開いてそれから嬉しそうにニカッと笑い首を振った。
その嬉しそうな顔で逆に普段どこにも行ってない事実を改めて認識する。

「じゃ、シャワーお先にっ」

慌ててバスルームに向かう沢村を見て笑いが漏れる。シャワーを浴びながらどこに行きたいか色々考えるに違いない。
コーヒーをいれるためキッチンに向かう。自分も何か案を出さなければ。







「思いつきませんでした」
「……俺もだ」

タオルでガシガシ頭を拭きながら困ったように沢村が、コーヒーを飲みながら気まずそうに倉持が言う。
こういう時に思い知らされる。本当に自分達は野球以外何もしてこなかったのだ。
楽しい場所なんてグラウンド以外で思い付きもしない。

「あっ!お前あれどうよ、遊園地!」
「おぉっ!……あー、でも」
「何だよ」

ナイスアイディアだと思ったが食いついて来そうな沢村の気乗りしない返事に少々ムッとする。

「行きたくねぇか」
「いや、行きたいんスけど…」
「けど、何だよ」
「せっかく遊園地行くなら、前の日のワクワクとかそういうのから味わいたいなーと思って……」
「………ガキか!」

少し照れ臭そうに話す沢村を見て溜息をつきながらも、その通りにしてやりたいと思う自分に呆れる。
結局は沢村の喜ぶ顔が見たいのだ。

「じゃ、それはまた次のオフな。今日は…メシ食ったり買い物でもプラプラ行くか」
「うん。…いっスね!」

それでも嬉しそうな顔をする沢村の頭をクシャリと撫でた。
出掛ける準備をしていたら何だかんだでランチにちょうどいい時間になった。
倉持のマンションは都心部にあるので散歩がてら歩いて行くとランチするにも買い物するにも店には事欠かない。
並木道を歩きながら店を物色する。

「この並木道の木、いつの間にこんなに繁ってんだ?」
「この前歩いた時って枝しかなかった気がする」
「だよなー。こんなクソ暑くなかったしな」

街での季節の移り変わりを極端な形で知る。これも昔からだ。四季はグラウンドで感じるものだった。
不意に沢村が立ち止まった。

「何だ?」
「ここ!俺ここで一回食ってみたかったんスよ!」
「ここ?何か…家具屋じゃねぇの?」

沢村の言う店は一見して家具屋のようだった。
どちらかというとアンティークな家具が置いてあり、ソファやチェスト様々な物がならんでいる。
店を覗くと階段があり、半地下はカフェのようだ。席はバラバラでソファの席があればテーブルと椅子の席もあり同じ物がない。
全てが売り物なのかとも見える。

「ここに入って見たかったんだけど、何だかお洒落で敷居が高くて」
「ふーん」
「倉持先輩お洒落だし一緒なら入れっかなーと…」
「何だそりゃ。じゃここにすっか」
「っス!」

オーガニック野菜をふんだんに使っているというランチはお洒落な皿にお洒落に盛り付けてあったがあまり腹の足しにはならなかった。
ただ、沢村の満足気な笑顔が見られるならそれでよかった。その沢村が少し身を低くして乗り出して小声で聞いてくる。

「向こうの人が食べてるデザート、超美味そうなんスけど…」
「……あぁ、いいから好きなの食え」
「マジすか!やった!」

ガキ、と思いながら一人掛けのソファに深く沈んだ。柔らかくて包み込むようなクッションが気持ちいい。
少し離れた所に同じ物が置いてあり値札がついていた。横には三人掛けの物もある。

(……あれいいな)

「ちょっと聞いてんスか!?」
「あ?あぁ悪ぃ。聞いてなかったわ」
「ったくもう!この後行きたい店があるんスけど」
「どこ?」
「この並びの服屋。Tシャツが欲しいんだけど、やっぱりお洒落な店で敷居が高くて」
「はぁ?さっきから意味わかんねぇ。入りゃいいじゃねぇか」
「……お洒落な人にはわかんねぇよ」
「わかったわかった。付き合うから」

(……何か行きたい所色々あるんじゃねぇか)

いざ行きたい所はと聞くと無いけれど、こうして歩くと小さな事がポロポロ出て来る。
きっとそれは沢村が一人でこの道を歩きながら自分と行きたいと考えていたことで。
嬉しくもあったが、自分が隣にいないその状況を想像すると少し胸が苦しくもなった。

運ばれてきたデザートを沢村が嬉しそうに食べ始める頃には胸の苦しさはある形を取り始めた。
沢村の言う店でTシャツを選び、結局二人して買い物した。
それからもあの店が気になってただのあっちは何があるのかだのと引っ張り回されてすっかり日も暮れた。

「ぼちぼち帰りますか」
「そうだな」
「……あー、楽しかった!」
「…………」
「何かすげぇ充実した一日だった!したかった色んな事が出来た!」
「そりゃ良かった」
「……次のオフは遊園地…?」

沢村がチラリと伺うようにこちらを見た。

「悪りぃ、遊園地はまたな。予定が入った。」
「……え」
「次のオフは引越しだ」
「……は?引越し!?倉持先輩引っ越すんスか?聞いてねぇ!」
「引っ越すのはお前だ、バカ」
「お、俺?え?」
「一緒に住むんだよ。大学も遠くねぇだろ」
「………は?」

驚愕に目も口も丸く開けた沢村の顔に吹き出しそうになる。今なら似顔絵は簡単に描けそうだ。
頭をグシャグシャに掻き交ぜた。

「そんで今日みたいな事は日常にする。ちょっと時間が空いたらカフェでメシ食ったり、服見たり散歩したり」
「………」
「一緒に暮らしたら出来る事だろ。オフにはどっか予定立てて出掛けりゃいい」

遊園地とかな、と見ると沢村が少し赤い顔で頷いた。
まるで沢村の為のように言ってるが自分の為でもあった。
一人でいる沢村を想像なんてしたくない。でも誰かといる沢村なんてもっと考えたくない。

そこの所は綺麗に隠して。取りあえず沢村を連れて帰って抱きしめよう。
次のオフまでにあの店のソファを買う事に決めた。

そして遊園地の前日に二人であのソファに座り、ワクワクでもしてみようか。




end

20000hit スミスさんへ リクエスト:倉沢(未来パロで甘い話) 
ご本人様のみご自由になさってくださいv リクエストありがとうございましたv






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