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ロマンティックなキスをしよう(倉沢)





5号室。顔や手、あちこちに擦り傷を作った沢村が神妙な顔で正座している。
借りて来たらしい救急箱から消毒薬を取り出し、ガーゼに染み込ませた倉持が睨みながら傷口にあてた。

「わっちょっ、痛っ!」
「そりゃ痛てぇだろうよ。痛くしてんだからよ」
「何でっ」
「……消毒薬でバカも殺菌できねぇのかな」
「ぐ……」
「御幸相手に何本気になってんだよ。いい加減学習しろ」
「……でも倉持先輩もいっつも御幸相手に本気で怒って突っ掛かってますよね」

頭を叩く軽快な音と「うるせぇ」の声がほぼ同時だった。



午後練の後、いつものようにタイヤを引いていると御幸がちょっかいをかけてきた。
並んで走ってみたりタイヤを取り合ってみたり、揚げ句に重しのようにタイヤに乗っかって「もっと早く」と笑った。
意地になり、思い切り引いて後ろに転がってしまえ、そう思いながら渾身の力をこめて引いた。
のは、御幸が呼ばれて立ち上がったのとほぼ同時だった。
勢い余って前につんのめり、顔面からグラウンドにスライディングする姿を部員はスローモーションに見えたと言う。
「悪りぃ悪りぃ!」と言いながらしゃがんで覗き込んで来た御幸は顔を見て吹き出した。
笑うなんて失礼だと立ち上がり吠えると「ケガの仕方がガキみてぇ」と頭を撫でた。

洗って砂を落とした顔と腕を見て自分でも思った。
鼻の頭と左頬そして腕が結構派手に擦りむけており、汚れはするものの顔なんてケガするのは久々だ。
部屋にいるとどうやら御幸に言われたらしく倉持が救急箱を持って帰ってきた。
そして乱暴な治療に至る。



「いやまあ、ムキになった俺もいけないかも知んないスけど…」
「あ?けど、何だよ」
「……倉持先輩が怒る事じゃないと思うんですよね」
「うるせぇ」

また頭を叩かれた。「空っぽな音させやがって」といわれのない中傷付きで。
ブーと唇を尖らせたものの鼻の頭をそっと消毒する倉持の手があまりにも優しくて、瞳があまりにも真剣で。
尖らせた唇が自然と笑みの形に変わる。
そしてまた「笑うんじゃねぇ」と頭を叩かれた。叩かれながらも何だかやたらと嬉しくて笑いが止まらない。

「こらテメェいい加減にしろ」

倉持が髪の中に手を入れてグシャグシャと掻き回した。
笑いながら避けようとした手を掴まれて倉持の顔を見た。倉持は顔の傷をマジマジと眺めている。

「こんな所に傷作りやがって」
「みっともないっスよね」
「みっともないっつーか……うん、バカっぽい」
「……バカっぽい?…バカより傷つくのは何でだろう」

今度は倉持が笑った。声を出して笑う倉持は心底楽しそうに見える。
つられて笑うと倉持の手が左頬の傷にそっと触れるように包み込み、唇が鼻の傷を掠めるように触れた。
そのまま流れるような仕種で唇を塞がれる。
切なさなのか愛しさなのか不意に胸が苦しくなり掴まれた手を解いて指を絡ませるように握った。



自分には愛想笑いの一つもしない。
いつもいつも蹴られたり叩かれたり。思い描いていた好きな人との日々とは掛け離れている。
だけどもうこの人の隣が一番居心地がいい。
休み時間に女子達が溜息混じりに言ってた“理想と現実は違うんだよねー“という台詞が浮かぶ。
確かに理想と現実は違った。ただ自分の場合は現実が理想をはるかに上回っている。

倉持のいつも叩いてくる乱暴な手が自分に触れる時は優しい手に変わる事を知っている。
乱暴な台詞を吐く唇が優しさを注ぐようなキスをする事を知っている。
愛想笑いをしないからこそ笑う時は心からの笑顔だと知っている。

例えばそれを想うと満ちてくる。お互い口には出さない。
この想いに名前がつくのすら勿体ない気がしてしまう。

だからその代わりにこうして手を繋いで触れ合って笑い合って。
怪我をしても喧嘩しても勝っても負けても転んでもまた起き上がって。
ロマンティックなキスをしよう。




end

16000hit 蒼さんへ  リクエスト:倉沢(御幸によって何らかの理由で傷だらけになった沢村を倉持が介抱する) 
ご本人様のみご自由なさってくださいv リクエストありがとうございました!





あきゅろす。
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