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言葉に出来ない幸福論(倉沢)





3月も下旬に差し掛かり、ようやく春の兆しが見え始めたある夜のこと。
沢村は風呂から帰ってくるなり5号室の暖房のスイッチを入れた。リモコンの機械的な音より少し遅れて、もわっとした温風が放たれる。床に寝転んで雑誌を読んでいた倉持は思いきり顔をしかめて沢村の方へと振り向いた。
「おい、もう寒くねーだろーが。」
「え、なんかめっちゃ寒くないすか。」
「風呂から上がったくせして何言って……おい。」
「はい?」
「なんかお前顔赤くね?」
「え?そうすか?」
「ちょっと来てみろ。」
起き上がって胡座をかいた倉持が手招きをすれば、素直にその前へ正座をする沢村。倉持はその額に手の平をあてると、僅かに目を見開いた。
「……熱、あんじゃねーの?」
「ええ!?」
「うるせっ!」
「痛い!……うわ、なんかいつもより頭ガンガンする。」
言いながら倉持がひっぱたいた頭を押さえる沢村を見て、倉持は面倒臭そうに立ち上がると、救急箱から体温計を取り出し沢村の方へと投げて寄越した。沢村は辛うじてそれを受け止める。
「わわっ。」
「熱計れよ。」
「え、でも……病は気からっていうじゃないすか。」
「は?」
「計ったら負けた気がします!」
「……殴られたくなかったら計れ。」
「う、うす。」
、慌てて沢村が体温計を脇に挟んだ30秒後、2、3度電子音が鳴り響いた。沢村は恐る恐る体温計を取り出す。
「何度だった?」
「……38度5分、っす。」
バツが悪そうな顔でボソッと答えた沢村に、倉持は大きなため息をつき、
「今日はさっさと寝ろ。」
と言い放った。





翌朝、倉持はごそごそ、という物音で目を覚ました。不審に思ってベッドの下を見下ろせば、心なしかふらふらした様子の沢村が練習着に着替えている。
「おい。」
「!」
不意に声を掛けられて驚いた様子の沢村が飛び上がる。
「お、おはよございまーす。」
「熱は。」
「も、もうこのとおり元気っすよ!」
元気元気、と自分の胸を叩く沢村に、倉持は片眉を吊り上げて言う。
「じゃあ今計ってみろよ。」
「えっ、」
沢村は一瞬ギクッとした後、昨日と同じく渋々体温を計り始めた。
しばらくして倉持はベッドから下りると、沢村が取り出した体温計を分取った。
「37度9分……。」
「……。」
「……沢村、お前さあ、」
「は、はい。」
気まずそうに俯いていた沢村の顔が上がった瞬間、倉持はその胸倉を掴むと低い声で凄んだ。
「いい加減にしろよ。」
「……っ、」
「体調管理も出来ねえ奴はマウンドに立つ資格はねえ。」
「……。」
「俺はそんな奴の後ろ守るのなんざ御免だね。」
それだけ言うと、倉持は沢村を軽く突き飛ばし、黙々と朝練の準備を始めた。
沢村はしばらく呆然とそれを見つめていたが、倉持が洗面所から帰った頃にはベッドの中で丸まっていた。





その日の夜、風呂から上がった沢村がそのままベッドへ潜り込んでしまったのを見て、倉持は声を掛けた。
「おい、お前メシは?」
「……食欲無いんで。」
「……あっそ。」
布団の中から聞こえるくぐもった声に倉持は顔をしかめると、そのまま食堂へと向かってしまった。
ぱたん、とドアが閉まる音の直後、5号室には静寂が広がる。途端に沸き上がる心細さを振り切るように、沢村は寝返りをうった。昼間さんざん寝たためにすっかり覚めてしまった頭の中で浮かび上がるのは、今朝の倉持の言葉と、つい先程の彼の素っ気ない態度。
――とうとう呆れちゃったんかな。
――俺の後ろ守りたくないって。
「……。」
具合が悪いせいか、いつにも増して脆い涙腺からつう、と涙が零れ落ち、枕を濡らす。
丁度そのとき、ガチャ、という音と共に5号室へ誰かが入る気配があった。
「おい、起きろ。」
――つい先程食堂へ向かったはずの倉持である。
沢村は慌てて涙を拭うともぞもぞと起き上がった。
――自分を、呼びに来てくれたのだろうか。
「先輩、俺本当に食欲……」
掠れた声で沢村が言いかけたそのとき、ふわ、と食堂で嗅ぐいい匂いがしたかと思えば、倉持は皿の乗った二つの盆を手に沢村の枕元へ近付いた。
「お粥ぐらい食えんだろ。」
「え……?」
「無理言って作ってもらったんだよ。」
ほら食え、と沢村に粥の乗った盆を押しつける倉持。
「え?じゃあそっちは……」
そう言って沢村が指差したのはもう一つの盆。茶碗大盛り一杯の白米と、チンジャオロースにから揚げ、ワカメスープが乗っている。
「これは俺んだ。」
「……?」
「俺もここで食うんだよ。」
「えっ、」
「……お前がちゃんと食うの見張ってねえとな。」
「……。」
「文句あんのかよ。」
「ないっす!」
倉持の思わぬ行動に、沢村が顔を綻ばせたその瞬間、ようやく空腹感が沢村の胃の中へ訪れた。
スプーンで掬った粥にふうふう、と息を吹き掛け、そのまま口に運ぶ。優しい味と温かさが沢村の身体中にじんわりと広がった。
「うま……。」
「あとでお礼言っとけよ。」
「うす!」
互いにしばらく黙々と食事をすすめていたが、沢村はふとスプーンを置き、倉持の食べている様子をぼんやり眺めた。
(そういえば先輩がメシ食ってるとここんな近くで見たの初めてかも。)
意外と几帳面な彼の性格は食べ方にも表れているらしい。器用に箸を使って、食器を不用意に汚すことなくなんとも綺麗に食べる。やがて沢村の視線に気付いた倉持が、
「なんだよ。」
と顔をしかめた。
「や、うまそうだなーって……。」
食べている姿に見とれてた、とは言えず、咄嗟に口から出た言葉であったが、倉持は
「……食うか。」
とチンジャオロースの乗った皿を持ち上げた。
「えっ!」
驚きのあまり思わず声が出る沢村。
(あの倉持先輩が食い物分けてくれるなんて……!)
怪我の功名とはよく言ったものだ。普段の倉持からは考えられない行動に、沢村は一瞬の間の後、ならばこれはどうかと試しに倉持に向かって口を開けてみる。
「……なにやってんだお前。」
「あーんてして下さい。」
「……。」
流石に調子に乗りすぎたか、と沢村が口を閉じかけたとき、その口目掛けて勢いよくチンジャオロースが突っ込まれた。
「むがっ!」
「ヒャハッ!」
沢村は咄嗟に口を閉じると、口からはみ出たピーマンやら竹の子やらを手で押し込み、
「ちょ、口ベタベタじゃないすか!」
と文句を言った。その刹那、倉持は沢村の方へと詰め寄ると、顎を掴み、沢村の口の周りへ舌を這わせた。
「っ、」
全て舐め取った後、そのままちゅ、というリップ音と共に口付けを落とし、倉持は沢村から離れる。そしてニッと意地悪そうに笑った。
「調子乗ってんじゃねえ。」
「……!」
しばらく呆気にとられていた沢村であったが、倉持がまた箸を持ったのを見て、自らもスプーンを手にとると、皿の中の粥を所在なげに混ぜながら怖ず怖ずと口を開いた。
「……せ、先輩」
「あ?」
「今朝は、すいやせんした」
「……」
「俺、これから体調管理も含めて立派なエースになりやす。だから……」
沢村は顔を上げて、倉持を見つめた。その視線に倉持は目の動きだけで応える。
「……あんだよ。」
「俺の後ろ、お願いしやす。」
「……。」
沢村の言葉に、倉持は手に持っていたワカメスープに再び視線を落とすと、小さな舌打ちの後
「しょーがねーからなっ!」
と面倒臭そうに返事をした。
「……しゃす!」
沢村はそんな倉持の不機嫌そうな顔に、満面の笑みを返した。



END



「傘」クロウハ様よりいただきました。(弾丸、桃缶の時です)
リクエスト企画に飛びついて「ぶっきらぼうだけど優しい倉持と笑顔の沢村」でお願いしましたv
倉持がカッコよくて悶えましたv沢村可愛いしv
本当にありがとうございました!これからもよろしくお願い致しますv







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