[携帯モード] [URL送信]
INNOCENT SKY





今日何度目かの遭遇だった。
会わない時は一度も顔を見ないまま午後練になる事も珍しくはない。
そして会う時はこうして行く先々で姿を見るのだ。

(んで、隣にいるあの人は誰なんだろ)

今日見かけたうちの何回か同じ女生徒が御幸の隣にいる。親しげに、楽しげに。
あのルックスとあの人気だ、彼女くらいいてもおかしくはない。しかし御幸は簡単に他人に心を許すタイプだとは思えない。
だからあの女生徒は隣にいる事を許されたのだろうと思った。

(いて……)

チクリと何か細く鋭い物で胸を刺されたような痛みが走った。胸が苦しくて上手く呼吸が出来ないような。

「沢村何やってんの?パン買えたのかよ」
「……あ、忘れてた」
「はあ!?バカじゃねえの?あれじゃ足んねーつったのお前だろ」

昼休み、学食で昼食を済ませたもののまだ足りないと食堂入口にある購買にパンを買いに来ていたのだった。
御幸とその女生徒が何かを購入しているのをぼんやりと後ろから眺めていた。
食堂で待たせていた金丸が遅いからと様子を見に来たようだ。

「俺達が頼んだパンもあるんだぜ」
「悪ィ。今買うから」
「一緒に買うよ。ったく鈍くせえな」

そこで御幸が気付き振り向いた。
金丸が横で挨拶するのを聞きながら自分も会釈する。御幸は笑って片手をあげて女生徒と去って行った。
モヤモヤとした気持ちのまま買ったパンを頬張る。クラスメイト達の会話は耳に入らない。
やけにパサパサしたパンで口内の水分を奪われる。
一緒に購入したパックジュースで流し込みながら二度とこのパンは買わないと思った。



練習の休憩時間、少し離れた所で足を投げ出して座り空を見上げた。
青い空にちぎった綿菓子のような雲がひとつ浮かんで流れている。
小さい頃甘そうで美味そうでいつか食べてみたいと思っていたような雲だ。

「どうした沢村。そんなに見上げてると首痛くなんねぇ?」
「あ、…お疲れっス」

御幸が同じように横に座って空を見た。

「何見てんの」
「いや、あの雲が綿菓子みたいで…食っちまいてえな、と」
「ああ、美味そうだけど。邪魔なんだ?あれさえなけりゃ真っさらな青空だもんな」

その途端、心臓が跳ね上がった。
邪魔だ、そうだ邪魔だったんだ。あれさえなけりゃ、そう思った。
あの人さえいなければ御幸に声を掛けられたのに。あの人さえいなければあの笑顔は自分に向けられたのに。
そんな風に隣にいられては邪魔だ、と。

自分の中の粘着質な感情に気付いてしまった。
そして気付いてしまったらもう顔が見られない。空を見上げたまま時間が過ぎるのを待つ。
早くどこかに行って欲しいという願いとは裏腹に御幸はまた話し始めた。

「何だかんだ言ってお前と金丸って仲いいよな」
「ああ…うん」
「いつもツルんでねえ?」
「ああ…まあ」
「お前聞いてんの?」

ちょうど練習再開の号令がかかった。待ち兼ねたように立ち上がり走り出す。

「あ、おい」

御幸の呼び掛けに振り向きもせず走りその場を離れた。
その後はただひたすら練習に励み、練習終了後もタイヤを引きながら走り込んでいた。
ハァハァと荒い呼吸のままグラウンドに大の字に寝転がる。
どんなに走っても結局は頭から離れずにチラついていた。購買で見た二人の姿が。

「あーっもう!」

勢いよく起き上がり両手で髪の毛を掻きむしった。ボサボサになった髪から決意に満ちた瞳が覗く。

(ウジウジ悩むのは性に合わねえんだよ)

ならばすべき事はひとつ。立ち上がり夕闇の空を見上げる。明日はどんな気持ちでこの空を見上げているのだろう。



翌日、朝練が終わり皆が引き上げる時に御幸を呼び止めた。

「み御幸、センパイ」
「何?その取って付けたような敬称」
「いや、あの……今日ちょっと時間作ってもらえないかな、と」
「何で」
「は話があるんスけど」
「ふーん、いいぜ。いつ?」
「じゃ、昼休みに屋上に……」
「わかった。飯食ったら行くわ」

頭を下げて部室に消えていく御幸を見送った。
昼休みまで生きた心地がしなそうだ。自分で両頬をパチンと叩いて気合いを入れた。


今日は屋上には人がいない。好都合だ。
一応立入禁止をうたってはいるもののいつも鍵がかかっていない為に生徒が自由に利用している。

(あ、また綿菓子……)

今日もよく晴れた青い空にちぎった綿菓子が浮かんでいる。
手摺りに置いた両手の上に顎を乗せて眺めていた。
キィ、と扉が軋んだ音をたてて開き、御幸が来た事を知らせる。
拳を強く握り己を奮い立たせた。

「よお、待たせたな」
「いえ……」
「いきなりで悪ィけど話って何?」
「あ、あのさ……昨日、校内で何回か見かけて」
「ああ、購買で会ったな」
「その時も、それ以外もだけど……一緒にいたのってさ、」
「うん?」
「………彼女?」

思わず息を止めてしまった。顔が熱くなってきたのがわかったからだった。
息を止めた所で赤くなるのが止まる訳でも速い鼓動が治まる訳でもないのだけれど。
緊張して待つも御幸の返答はあっさりしたものだった。

「彼女?全然違う。ただのクラスメート」
「あ……そう、なんだ」
「うん。倉持とかとゲームして俺あの子に負けてさ、言う事三つ聞く罰ゲーム」
「……へえ」
「移動に荷物持ってついて来いとかさ、お前と会った時はラストのジュースおごりの時だな。参ったぜ」
「………」

波のように押し寄せた安堵感、そしてこの確認後の事を何も考えていなかったという焦りで掌にじっとりと汗をかいた。
御幸がじっと見つめている。その視線に射抜かれて瞳も逸らせずにいると御幸が強気な笑顔を見せた。

「じゃあ今度俺の番な」
「え?」
「お前、何で彼女かどうかなんて知りたかったの?わざわざこんな所に呼び出してまで」
「……そ、それは…」

言うしかないと思った。ウジウジ悩むのは性に合わないと夕べ決意したばかりだ。
一瞬伏せた瞳をまた真っ直ぐ御幸に向ける。が、先に口を開いたのは御幸だった。

「俺、自惚れていいわけ?」
「……は?」

御幸が一歩近付き目の前に立った。ゆっくりと伸びてきた両手がふわりと頬を包み込んだ。

「俺さあ、お前が好きなんだよ。すげえ好き」
「…………え、」
「お前のその真っ直ぐな所もがむしゃらな所もバカな所も全部」
「み、御幸…」
「この一点の曇りもない瞳が俺だけを映せばいいと思ってた」
「…………」
「なあ、この瞳俺のモンにしていいの?」

許容範囲を越えたと思った。もう何と言っていいのかわからない。
ただ触れられた頬が熱くて熱くて仕方なかった。

「何かお前茹で上がったみてーになっちまったな」

御幸はいつものように声をあげて笑った。この掴み所のない男に対して小さな声で「うるせー」と反抗した。

「お前は?聞かせろよ」
「う………よくわかんねえけど、好き、なんだと思う…かな?」
「よくわかんねえ?思う?歯切れ悪ィな」
「……多分、いやきっと、いや絶対!…好きだ」

最後は半ばヤケだった。
御幸はてっきり笑うかと思ったが笑わずにひどく優しげに微笑んだ。

「絶対ね、そうしとけ。お前の隣には俺が似合うんだよ。絶対」

その時心の中の雲が晴れ澄み渡るような爽快さを感じた。
御幸の隣にいたいと思ったのだ、あの時。邪魔だと思うと同時にその場所にいたいのは自分だと。
また御幸の一言で導かれたのは癪だが。

「ああ、スッキリした」
「……何?お前。思いが通じ合った後に出た台詞がそれ?便秘かよ」

御幸はそんな所もサイコーとまた声を出して笑った。
それでも離れない、頬を包み込んだままの手を突ついた。

「なあ、この手いい加減離してくんない?」
「じゃあキスしていい?」
「む、無理。それは」
「俺の方が無理。我慢出来ねえ」

そう言うと少し顔を上向きにされゆっくりと唇が近付いて来た。
どうしていいのか判らず瞳を閉じるのも忘れた。
唇が触れ合った時瞳に映ったのは真っ青な空に流れる綿菓子の雲。

もう邪魔なんて思わない。その白で青が際立ち綺麗だと思った。

この空を忘れない。





end

10000hit 蕗さんへ リクエスト:御沢(御幸はあの子が好きなのかと誤解する沢村、もしくは沢村を溺愛する御幸) 
ご本人様のみご自由になさってくださいvリクエストありがとうございましたv





あきゅろす。
無料HPエムペ!