桜並木で祝福を
「沢村ー、桜見に行こうぜ」
せっかく午後は練習ないから、と笑顔で言う御幸に連れられて外出した。
あまり土地勘がないのでわからないがかなり遠くの公園に来たと思う。そして、入口を見るとかなり大きな公園だ。
「なあ、全然桜ないじゃんか」
「まあ待てよ。中にあるから」
車道かと思う程広い道の端にはマラソンコースやサイクリングコースがある。
サイクリングしてる子供を見て、ああ春休みかと思うが自分達だってそうだった。野球三昧でわからなくなる。
周りを見渡すとさすが大きな公園、緑が多くて気持ちがいい。歩きながら思い切り木々や緑の匂いの空気を吸い込んだ。
道の左右にある芝生に寝転んでる人も多い。
「なあ御幸、気持ちよさそうだな。俺もやりてぇ」
「はっは、いいぜ。でもどうせなら桜んとこでな」
「ああ、そっか」
桜を見に来た事を思い出す。遊歩道と呼ぶには広すぎる道をカーブに沿って大きく右に曲がる。
「う、わ…」
満開の桜並木だった。
目に映る風景が全て桜色に染まった。木と木の境が判らない程だ。
春特有の強い風が散らせた花弁は薄桃の絨毯のように積もる。
目線を上げれば風が桜を吹雪のように散らし、時折道の隅で花弁を巻き込み小さく渦を巻いた。
「すご…」
「いいだろ、ここ」
「うん。満開の桜はもちろんだけど、散るのもこんなに綺麗なんだな」
「こっち、来てみろよ」
御幸は少し嬉しそうに手招きした。桜並木の間に小道がある。今いる広い道の半分程の幅だ。
小道の両側から桜の枝が張り出している。
「すげー…トンネルみてぇだ」
「な?ここ通りたいだろ」
「うん、行こうぜ」
そんなに長い距離ではないが降りそそぐ花弁の中を歩くのは気分がよかった。
人もほとんどいない。皆派手に咲いている大きな通りの桜に目を奪われている。
「沢村、手ェ繋ごうぜ」
「えっ?やだよ」
「誰もいねぇし」
「ちょっといるって。嫌だ」
「桜に夢中で誰も俺達の事なんか見てねえよ」
突然の御幸の提案にこんな公共の場所で手なんか繋げるかと頑なに拳を握ってポケットに突っ込んだ。
そんな様子を見て御幸は少し笑ったが尚も食い下がる。
「いいじゃん。俺、お前と手繋いでここ歩きたかったんだよね」
「……」
既に顔が赤いんだろうと思った。ゆっくり歩きながら御幸が前屈みになり覗きこんでくる。
「アンタの笑顔ってホント、何か企んでるみてぇだな」
御幸は声に出して笑い、ポケットに親指を引っ掛けて沢村から桜に視線を移した。
立ち止まり桜を見上げる御幸を見ていた。風に少し茶色い髪がなびいて揺れている。
御幸の周りを薄桃の花弁が流れる。
「すげえ綺麗だな」
「うん、綺麗だ」
(アンタがね)
心の中で一言付け加え、固く握りしめていた拳をポケットの中でそっと開いた。
桜を見上げたままの御幸の隣に立ち、ポケットに引っ掛けた手を握ってみる。
俯いていた沢村がちらりと御幸を見ると驚いた表情でやはりこちらを見ていた。
「…連れて来てくれたお礼」
そう言うと御幸はえらく子供っぽい表情で嬉しそうに笑い、強く握り返して来た。
「せっかく繋いでくれたんだ、歩こうぜ」
ゆっくり、ゆっくり歩く。思えば手を繋いで歩くなんて初めての事だ。
もう少し、この小道が長ければいいのにと思う。そんな風に思うのはこの幻想的な風景のせいだろうと考える事にした。
桜の下を進むと小道が二つに分かれている。
「どっちもこのまま進むとさっきの道に戻る。どっち行く?」
「…もっかい桜のトンネル通って戻る」
「了解。手は繋いだままな」
「わかったよ」
「その前にちょっとこっち」
桜の木の陰に引っ張られほんの一瞬抱きしめられた。
何すんだ、と言おうとして見上げたら柔らかく微笑んだ御幸が見つめている。
ゆっくりと近付いてくる顔から目が離せない。唇が触れ合う瞬間、薄桃色の花弁が舞い降りた。
お互いが見ていたようでそっと唇を離すと沢村の唇にその花弁がついている。
同時にふ、と笑った。沢村が取ろうとすると御幸がその手を取って制し唇を指でなぞる。
花弁を落とさないように。
「なんか可愛いじゃん。花びらごと食っちまいてぇな」
「腹、壊すぞ」
「夜桜見ながら外でするのよくね?」
「よかねーだろ」
御幸が笑い、またキスをした。
いつまでも降りそそぐ花びらを両手を広げ受け止めようとした。
まるで祝福のようだった。
end
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