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琥珀の月と太陽の光





日々過ごしていると数え切れない程の偶然がある。例えば学校生活、廊下ですれ違ったり学食で会ったり。
そんな時はまず大きくひとつドクン、と脈打ち次に鼓動が早くなる。
心臓というのは鼓動を打つ回数が大体決まっており、早ければ早い程小動物のように短命だと聞いた。
ならば自分は長生き出来ないのではと本気で心配した。見かける度にこうではそのうち心臓が悲鳴をあげるに違いない。

いつもあの少し茶色い髪をまず見つけて心臓が一回り大きくなる。
そういえば後ろ姿を見つける事が多いかも知れない。
横の倉持あたりがこちらに気付いて、振り向く顔の眼鏡のフレームが見えたら俯くか目を逸らしてしまう。
早過ぎる心臓の音に不安になりながら挨拶する。
あの、髪と同じく茶色い琥珀のような瞳も最近は正視する事が出来ない。
こんな事は有り得ないと思いつつもこれが何なのかは、もう解ってしまっている。
ただどうしたいのか、どうすべきなのかは解らない。こうして毎日心臓の音と闘っている。

「沢村?胸どうかしたのか」
「…あ、何でもねぇ」
「脅かすなよ」

教室移動の為に金丸やクラスメイトと歩いていた。
廊下の端の階段に茶色い髪の後ろ姿を見つけ、無意識に心臓の辺りのシャツを握り締めていた。
幸いそのまま階段を登って行ったので今は心臓を痛め付けずに済んだ。金丸には訝しく思われてしまったけど。

生物室に移動し授業を受けていると、教師が琥珀の事を写真付きで話し始めた。
自動的に彼の瞳を思い出し結局は心臓が大きく跳ねた。

(…笑えねー)

誰かに話して有り得ないと笑い飛ばして冗談にしてしまいたい。
それが出来ないのはきっと本気だからだろう。


まだ部活は集中出来るからいい。出来れば一日中部活をしていたい気分だ。
今日は練習後、珍しく御幸が声を掛けてきた。

「沢村、少しなら受けてやるぜ。調子見ときてぇからな」
「マジっスか!?」

こんなチャンスは滅多にない。慌てて駆け寄った。

「ホラ」
「しやす!」

ボールを差し出され受け取ろうと手を伸ばした。指先が御幸の指に触れた。

「……っ!!」

弾かれたように手を引いた。御幸が不思議そうに地面を転がるボールを見ている。

「沢村、どうした?指に違和感でもあるのか」
「ち、違…っ、俺」
「いいから見せてみろ」

ヤバイと思った時にはもう顔が熱かった。この真っ赤な顔を見られる訳にはいかないのだ。

「俺、今日はやっぱあがるんで!またお願いしやすっ」
「沢村?」
「あ、あと手は何ともないっス!」

走りながら振り向いて叫ぶ。一瞬見えた先では御幸が転がったボールを拾い、立ち尽くしていた。
心の中でヤバイヤバイと繰り返しながら走る。こんな事ではすぐにバレてしまう。何とかしなければ。
その夜はなかなか寝付けずに頭からすっぽり布団を被った。
頭の中をグルグルとまわりその遠心力で睡魔を追い払うのはあの琥珀の瞳の持ち主。
出口のない迷路に迷い込んだようなこのやり場のない想いをどうしたらいいのか。
この想いは表に出さなければ胸にしまっていれば許されるのか。
そして胸にしまっていればこのままずっと御幸と野球を続けていたい、この願いは叶うのか。
答は出ない。両手で顔を覆い隠し布団を蹴り飛ばした。


翌日、昼食後の昼休み金丸達と別れ四階の渡り廊下にいた。ここは気に入りの場所だった。
四階の最上階だけ屋根がなく、雨の日は使えないと評判が悪い。ただ晴れた日は屋上並みに気持ちよかった。
場所も外れていて上級生も来ず、とっておきの一人になれる場所。
頬を打つ風と太陽の光を浴びて頭の中を空っぽにする。

不意に肩を叩かれ、ビクリと大袈裟な程に体が動いた。
振り返ると御幸が立っていた。

「琥珀…っ」
「は?琥珀?何言ってんのお前」
「いや、あの…」

あまりに驚いてつい口走ってしまった。ごまかしがきかない相手に馬鹿な事をと思う。

「授業で琥珀の写真見て…」
「樹液の化石みたいな物だもんな」
「それで、アンタの瞳みたいだなって思って」
「へぇ、えらい褒められようだな。宝石じゃん」

御幸が口角を上げニヤリと笑った顔をズイっと近付けて聞いてきた。

「なぁ、俺の目そんなに綺麗?琥珀よりかは茶色いと思うけどな」
「その写真にそっくりだぜ。虫入り琥珀だったけどな」
「はっはっは!相変わらずだなお前」

御幸が肩をバシバシ叩いて笑った。
何とかやり過ごせた。心臓がついに壊れるかと思う程に大きく、早くなった。近付いた瞳はやはり綺麗だった。
この心臓の音は他人には聞こえないだろうか。

「なぁ沢村、今日晩飯のあと顔貸せよ」
「…え?」
「ちょっと話あんだわ」
「あ、あぁ、わかった…っス」
「俺の部屋、空けとくから」
「っス」

御幸が去っていく後ろ姿を見ながらまだ煩い心臓の辺りを掴んだ。
一体何だというのか。不安でまた鼓動が早くなる。
気付かれたのか。やはり想う事すら許されないのか。

部活のあとは何をしても上の空で夕飯は何を食べたかすら覚えてない。
御幸の部屋の前ですでに鼓動は速まってる。今ノックした音の倍の速さだ。

「失礼しやす」
「おう入れよ」

部屋には他に誰もおらず御幸が真ん中に座っており、自分が座るとテレビを消した。

「なあ、話しって何?」
「そう急くなよ」
「だって気になんだよ」

もしも想像通りなら。指摘され拒絶されるなら。
とっとと終わりにしてくれと思った。膝の上で拳の間接が白くなる程強く握り締めた。

「沢村、お前さ」
「…はい」
「お前、俺の事好きだろ?」

血の気が引いた気がして思わず目を閉じた。…ああやっぱり、解ってしまっていたのか。
ならばもう何も言う事はない。はぐらかす事なんて到底出来ないのだから。

「沢村、何も言わないなら肯定と取るぜ?」
「好きじゃねぇっ」

自分の口から飛び出した言葉に驚いた。この期に及んでごまかそうとしている。なんて、滑稽な。

「沢村、違うだろ。お前は確かに俺の事」
「何が違うんだよっ!好きじゃねぇって言ってんだろ!」
「なら、お前何で泣いてんの?」
「…え?」

言われて初めて自分の頬を触り濡れている事に気付いた。

「何でだよ、何でほっといてくんねーの…!?」
「……」
「アンタがそんな事さえ言わなければこのまま…」
「このまま、何?」

逆に問い返され言葉が出ない。

「このまま想いを封じて日々を過ごしたのに、って?」
「……」
「なあ、何で俺が気付いたと思ってんの?」
「…俺が、赤くなったり…」
「ちげーよ、俺がお前を見てたからだよ」
「…………え?」
「意味、わかるか?」
「…見てた、って…誰が、誰を」
「俺が、お前を」

頭をクシャリと撫でられた。

「気付かねーよな、お前は俺の事見ようともしねーしな」

だって、俺は。その先は言葉にならない。
この想いすら後ろめたくて、隠さなきゃと思って、しまい込んだらようやく傍にいれると思って。
また涙が溢れ出したようだった。頬を流れる感覚がある。
御幸が正面に来て、抱き締められた。唇の端をあげて笑顔で言う。

「俺は両想いの自信あったぜ」
「俺、がアンタを…好き、でいいのっ、かよ」

しゃくり上げて上手く喋れない。自分でも驚いた。言葉よりもヒックヒックと言う音の方が多い程だ。
御幸は背中をさすったりポンポンと叩きながらあやすように言う。

「大丈夫大丈夫。な?」

こんなに泣いたのはいつ以来だろう。似たような事があった気がする。
あれは小学一年の時、家族と行ったデパートで迷子になった時だ。
おもちゃに夢中になって気付いたら誰もいなかった。店員に迷子センターに連れていかれ家族を待った。
恥ずかしい方が先で泣くような事はなかった。こんな事じゃ泣かねーから、と言う顔をして見せた。
ようやく家族が来た時。何だよ、おせーよ、そう言おうと開いた口から出たのは今と同じしゃくり上げる鳴咽だった。
親が今の御幸のように抱きしめて背中をさすって。どうしようもない安心感に包まれた。
本当は抱きしめてくれるあの腕を待っていた。あの腕の中では無敵だった。

まるで同じだ。ならば今まで迷子みたいなものだったのか。
こうして御幸に見つけてもらって。御幸が抱き締めて頭を撫でながら言った。

「もう一度言う。沢村、お前は俺が好きなんだよ」

しゃくり上げて上手く話せないままだから頷いた。

「…でも多分、俺の方がもっと好きみてーだけどな」

御幸が笑いながら言う。

「沢村、もう迷うな。俺の傍にいろ。大丈夫、絶対離さねーから」

あの小さな頃のような物凄い安心感に包まれた。
きっとそうなんだろう。何もかも信じられると思った。
もう迷わない。見つけてもらったかわりにこれからは自分が見付ける。
大丈夫きっとわかる。どこにいても何をしていても。この太陽の光に透けると瞳と同じ色になる髪を。

ようやく顔を上げ、しばらく見る事が出来なかった御幸の瞳に自らを映しこんだ。
初めて見た琥珀色の自分すら好きだと思えた。





end


4444hit 山田メロウさんへ  リクエスト→御沢(沢村の切ない片思いから両想い) 
ご本人様のみご自由になさって下さいv リクエストありがとうございましたv





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