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空のひとしずく





よく晴れていい天気だった。
人気のない校庭の隅の芝生の上に制服が汚れるのも厭わずに寝転がり、見上げていると吸い込まれそうだ。
ちょうど校舎が視界に入らない、校舎からも見えない場所。
空との境目がなくなって浮遊しているかのような、空に落ちていくような感覚になる。気持ちがいい。
目の前にちらつく色々な問題も空に溶けてしまう。

「何やってんの?お前」

急に覗き込んできた顔によって空が遮られ地上に引き戻された。
ポケットに親指を引っ掛けて自分の頭側に立つ男を見上げる。

「空」
「うん?」
「空に、落ちそうで」
「バカなのに哲学的だなオイ」

笑いながら自分の横に足を投げ出して座った。少し後ろに手をつき、同じように空を見上げる。

「青いな。青くて、深い」
「うん」
「…富士山の方にさ、有名な涌水池が八つあんだわ」
「ふーん?」
「そん中の一つに、もの凄く澄んだ池があってさ、鯉か何か泳いでたんだけど」
「うん」
「あまりにも綺麗で透明でそこに水があるように見えなくて、魚が宙を飛んでるように見えた」
「……」
「まるで高いところから空中を見下ろしてるような、吸い込まれそうな感じでさ」

その感覚を想像する。先程の自分のような感覚だろうか。何かが指の先まで満ち足りていくような気がした。

「ガキの頃だったけど、そこから離れらんなかったな。不思議で」

手が大の字に寝転んだままの自分の頭をくしゃくしゃと撫でた。

「見てみたいか?」
「うん」
「卒業して免許取ったら連れてってやるよ」

厳しく優しい手の持ち主はまだ綺麗なままだといいけど、とまた空を見上げた。
自分の一言でこんな感覚を共有できる事が、理解してもらえる事が嬉しかった。

「御幸」
「ん?」
「俺は、大丈夫」
「知ってる」

きっと唇の端をあげる、あの微笑みを浮かべているに違いない。
また視界が遮られ、御幸が顔の両脇に手をついて見下ろしている。逆光でよく見えない。

「お前は、大丈夫」

ゆっくりと顔が降りて来るのを目を開けたまま受け入れた。
唇が触れ合いまた離れていく。瞬きをひとつすると目尻からひとしずく流れた。
こめかみから髪の中に吸い込まれていったそれを、涌き水の池のように綺麗なまでに透明であればいいと思った。





end






あきゅろす。
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