ultra sweet
今日はあちらこちらでチョコレートが飛び交っていた。今年はバレンタインデーが日曜だから今日に前倒しなのだろう。
自分とは特に関係のないイベントだった。
寮に戻ると数人が騒いでいる。何かと思って行ってみるとやはりバレンタインの話題。
噂の主は御幸一也、彼がいくつ貰ったかで盛り上がっていた。
「あれ去年より多くね?」
「他校からが激増だよ」
「何であいつばかりあんなにモテんだよ」
成る程、御幸はそんなに貰うのか。モテるとは思っていたけれど。そんな事を考えながら輪に入る。
「そんなに凄いんスか」
「おぅ沢村、凄いなんてもんじゃねぇよ」
「紙袋とかダンボールで持って帰ってくんだぞ」
「部屋に甘ったるい匂いが充満してて逃げて来た」
御幸と同室の先輩も苦労してるようだ。
「沢村、滅多に見れないチョコの山拝んで来いよ」
「そうスか?じゃちょっと」
どんなものか見てみたくなり促されるまま着替えもせず御幸の部屋へ向かう。
「ちース」
「おぅ、沢村。お前も見学か」
「なんかスゴイって聞いたから」
散々色んな人間が見に来たのだろう。御幸は慣れているようだ。
「…すげ…」
御幸の机の上にダンボールがあり、その中に山のようなチョコ。座る床にもチョコの山。
感嘆して眺めていると御幸が床の山の中からチョコを一つ抜いて包みを開ける。
「へぇ、食うんだ」
「まぁね」
「てっきり処分すんのかと思った」
「処分するなら最初から受け取らねぇよ」
確かに、とは思うが。
「なぁ、全部食うの?」
「さすがにそりゃ無理だ」
御幸が苦笑し、机の上のダンボールを指差す。
「あっちは申し訳ないけど実家に送る。こっちの手作り感満載の方は出来るだけ食う」
そういう分け方かと納得する。
御幸は手作りっぽい丸いチョコを一つ口にほうり込んだ。
「まぁそれでも食べ切れねぇけどな」
「受け取らないって選択肢はねぇの?」
「んー。バレンタインってさ、本気の告白のコも多いけど、チョコを渡すってイベント自体を楽しんでるコも多いからね」
また一つ口に入れる。甘ったるい匂いが漂う。
「受け取らないとそういうコ達の楽しみも奪っちゃうっつーか…」
「へぇ」
「ありがとうって受け取るのも礼儀かな、と」
「アンタって全然そうは見えねぇけど、意外に優しいトコあんだな」
「前半部分まるでいらねぇよな」
机の所まで行きダンボール箱を覗くとかなりの数で勿体ない。
「これ何かになんねぇのかな」
「去年食堂のおばちゃんに聞いてみたら笑いながら“チョコレートフォンデュでもやるかい“って言われた」
むさ苦しい男ばかりの寮でチョコレートフォンデュ。
イチゴやマシュマロを刺して男ばかりでチョコレートフォンデュ。
「…キモッ」
「だろ?」
御幸のそばに座り込んで鞄から小さな包みを取り出す。
「俺も今食べよ。じゃないと忘れちまいそうだ。礼儀に反するよな」
「…お前も貰ったの?」
「まぁね、一個だけ」
ガサガサと開けると先程の御幸と同じような丸いチョコが6個入っていた。
「俺も丸いのだった」
「トリュフね」
「へぇ、そんな名前。お、美味いな」
「手作りだな、ソレも」
「見ただけで解んの?すげー、さすが貰い慣れてんな」
「普通解る」
男二人で黙々とチョコを食べていたが、しばらくして御幸がその沈黙を静かに破った。
「……お前、ちゃんと断ったんだろうな」
「たりめーじゃん」
「なら、いい」
お互い顔も上げずに話す。
チョコから御幸にそっと視線を移すと平然とチョコを食べている。敢えてこちらを見ないのだろう。
机の上と自分の横の山と積まれたチョコよりも、自分の貰ったたった一個が気になるのかと少し可笑しかった。
「よし、今日のノルマ達成!」
「毎日食うのかよ。すげーな」
御幸が残りのチョコを紙袋に突っ込んだ。
「俺も部屋戻って着替えよ」
「ちょい待て」
立ち上がろうとしたら腕を掴まれた。
「何?」
「口直し」
言い終わらないうちに唇を塞がれた。チョコの味がする。粒子が甘い匂いを鼻に届ける。
何度か軽いキスを繰り返したあと深くなった。
口の中にチョコが残るのを許さないかのように御幸の舌が舐め取っていく。
この、自分はモテるくせしてかなりヤキモチ焼きの男の為に抵抗はしないことにした。
「チョコだな」
「チョコだよ」
唇が離れた後お互い確認のように呟いた。
今までで一番甘いキスだった。
end
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