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桜、咲く





ざぁ、と風がなるたび桜が舞う。
黒髪が揺れる。抵抗せずに風を受けて桜を見つめ佇む。

3月。
今日、御幸が卒業する。

沢村にとっては二度目の先輩を送り出す日。去年は尊敬してやまないクリスを送った。

「ク、クリス先輩…っほん、とにありがっ…」

子供のように泣きじゃくり最後は言葉にならなかった。
クリスはいつものようにポンポン、と二度沢村の頭を撫で笑った。
そのような優しい対応も今日が最後なのだと余計に泣いた。


だが今日沢村に涙はなかった。ひそやかな決意を胸にここに立っている。

「沢村」

また、ざぁと風が舞い振り向くと呼び出した相手、御幸が近付いて来た。
いつもの笑顔で、いつもの声で。
ただ胸に挿した花が、彼が今日卒業するという事実を沢村に突き付けているようで少し瞳が揺らいだ。

「どうした」

問い掛けに我に返り真っ直ぐな瞳を御幸に向ける。

「卒業、おめでとうございます」
「…サンキュ」

御幸は一瞬目を見開いてのちふわりと優しい笑顔で答えた。すぐいつもの笑顔に戻り、口端をあげて沢村をからかう。

「何?なんでいきなり敬語?」
「うっせ、ケジメだよ」

何のだよ、もう戻ってんじゃねーかとツッコんでまた笑う。

「ホント、最後までおもしれーな、お前は」

最後、という言葉に沢村の肩がぴくりと跳ねた。

「てっきり俺が卒業すんのが寂しくて泣いてんのかと思ったけどな」

御幸は一歩近付いて沢村の顔を覗き込んだ。

「去年は号泣したくせに随分と薄情なんじゃねぇの?」

ニヤリと笑い指で沢村の額を軽く弾いた。普段は痛てーだのヤメロだのと騒ぐのに、黙ったまま少し俯いている。

「沢村?」

訝しげに名を呼ぶと、す、と顔をあげた。思わず息を飲む様な強い、真っ直ぐな瞳で。

(…ホント、いい眼しちゃって)

御幸は一つ下の後輩のこの瞳が好きだった。いつも強さを湛え濁る事のない沢村の瞳。
今、自分に向けられているそれに見惚れた。
沈黙を破ったのは沢村の凛とした声。

「俺、最後とか思ってねーから」
「え?」

一瞬理解が遅れ聞き返した。

「俺、アンタとはこれっきり、とか思ってねーから」

沢村はもう一度、はっきりと噛み締めるように告げた。
御幸は驚いた顔で沢村を見つめていた。なかなか見られない表情を晒し、小さく息を吐いた。

「…あー、まぁね。会う機会なんていくらでも作れるしね」
「おぅ。だから最後なんて言うな」
「はっは。だな、これからもお前をからかってやるよ」
「何だよソレ」

いつもと変わらぬやり取り、同じような時間。これをこそ手放したくなかった。

「なぁ御幸」
「ん?」
「俺、さ。今日これが言いたくてアンタ呼び出したんだ」
「あ、そうなの?」

うん、と頷いて桜を見上げる沢村に眼を遣る。その言葉の真意を知りたくなった。ドクン、と高鳴った胸をまたポーカーフェイスで隠しながら尋ねる。

「なんでわざわざ?」
「なんか何も言わないとアンタはこのまま連絡も寄越さないでフェイドアウトしそうだから」
「……」
「俺なんかより、よっぽど薄情だと思うんだよね」
「酷い言われようだな、俺」
「違うか?」
「いや、そんなつもりは…」
「俺さ、」

御幸の言葉を遮るように続ける。

「アンタと繋がってたいんだ」
「……」

また御幸の胸がドクン、と鳴った。沢村を見るとまだ桜を見上げたままで表情は伺えない。

「先輩と後輩って関係が終わると、アンタは繋がりも絶ちそうに思えた」
「そう?」
「俺、こう見えてもアンタのプレー尊敬してるし」
「へぇ、初耳」
「それにアンタとこうして過ごす時間、好きなんだ」

御幸はついにポーカーフェイスを忘れた顔で沢村を見た。桜を見上げていた沢村は今は御幸を見つめている。
いつもなら真っ赤になって、こんな台詞は到底言わなそうな沢村である。なのに赤くなるどころか御幸から瞳を逸らさずに言葉を紡ぐ。
沢村の真意をはかる為一言一句聞き逃すまいと御幸も身構える。

「アンタとの時間を失いたくないと思ってる」
「うん」
「永遠とかずっと、とか望むこと自体が幼いって、若さゆえの愚かさだって言われればそれまでなんだけど」

(…沢村、永遠て…)

御幸の方が赤くなりそうで、いつもと逆である。

「これからいくらでも出会いと別れを繰り返すんだって事もわかってる。でも、それでも俺はアンタと繋がってたいんだ」

風がまた吹き、花びらが沢村の黒髪にいくつか舞い降りた。

「どんな形でもいいんだ。ただ繋がってたい、ずっと」
「うん」
「そして時たま今までみたいなこんな時間を過ごせれば、と思ってる」

沢村はふぅ、と小さく息をついた。

「アンタは?」
「ん?」
「アンタはどう思ってる?」
「うん、いいんじゃない?それ」

御幸もまた沢村の瞳を見ながら笑顔で答える。

「俺もお前といると楽しいし、こんな感じで続いていけばいいと思うよ」
「…そっか」
「うん」
「そっかぁ!よかった!」

今日ここに来てから初めての沢村の笑顔だった。いつもの、周りをも照らす太陽のような笑顔。
御幸は眩しげに眼を細め沢村の髪に手を伸ばした。

「何?」
「桜。さっきついた」
「あ、サンキュー」

沢村は所在無さげに御幸にまかせている。御幸はゆっくりと沢村の髪から桜の花びらをとってゆく。
ついに公式の場以外では自分に敬語を使うことのなかった後輩をそっと窺う。
先程とは打って変わった彼の柔らかな表情に、いくらかの緊張があったのを知る。

今後も繋がっていたいと言う為に己を呼び出し、緊張しつつそれを伝えた沢村。

(あー…抱きしめたい)

沸々と沸き起こる愛しさを胸に押し込めた。ずっと繋がっていたかったのは自分だった。
沢村の言った事はあながち間違いじゃない。このまま思いを押し殺していくなら会わない方がいいとも思っていた。
だが沢村は繋がっていたいと言った。たとえただの先輩としての自分でもそう思ってくれるのなら。

(…いいか)

こうして頑張ってくれた沢村を尊重して、このままの関係を続けるのも悪くはないと思えた。

「なぁ、とれた?」
「あぁ、悪ぃ。とれた」
「なんだよ、ボーっとして」
「ん?感激してたの。まさか沢村がそこまで俺の事想っててくれてたなんてーってさ」
「ばっ…!そんなんじゃねぇよ」

赤くなって否定する姿はすっかりいつもの沢村で。
御幸にとってもやはり、手放したくない時間だった。

(…でもただの先輩にそこまで言うかね?フツー)

都合のいいように解釈している疑問は胸にしまう。今は言うべきじゃない。せっかく沢村との未来を手に入れたのだから。
自分に言い聞かせながら御幸も桜を見上げる。

「綺麗だな」
「うん。俺の卒業のときも咲いて欲しい」
「どうかね?今年は早かったからなぁ」
「ちぇ」

風に舞う花びらを掴みながら口を尖らせて拗ねた。

「お前の時に咲いてなかったら俺が咲かせてやるよ」
「花咲かじいさんかよ」

二人で笑いながら歩き始める。

「これから送別会だろ?」
「まぁな。少し顔出したら野球部の追い出し会に行くから」
「そっか」
「俺が行くまで帰るなよ」
「どこに帰るんだよ。場所食堂だし。俺はまだ一年ここにいるんだ」
「あぁそうだったな」

不意に切なさに似た感情が二人の間を吹き抜けていった。
ひとつの形が終わる。
この先の事がわからぬまま迎える終わりとは少し違う。しかし戻らない時間を愛しむ切なさは拭えない。

「まぁ楽しかったよ、お前の球受けて」
「俺もここに来て、アンタに捕ってもらえてよかった」

沢村が立ち止まった。気づいた御幸が振り返ると沢村が頭を下げていた。

「ありがとう、ございました」
「…こちらこそ」

顔を上げた沢村の瞳に入ってきたのは、御幸ファンが見たら卒倒しそうな極上の笑顔。
なんとなく照れ臭くてポケットに手を突っ込んでフイと顔を逸らす。

「何かお前、初めて俺に礼儀正しいな」
「だからケジメだって」

また笑いながら二人で歩き出す。

「取りあえず春休み中に会おうぜ。スポーツ用品店行くから付き合えよ」
「わかった」


先の約束が一つでも欲しかった。これで桜の下で交わした約束が生きたものになった気がした。
沢村は御幸から言ってくれたことに安堵し、御幸は確約に安堵した。

この時間の終わりを名残惜しむように二人、ゆっくりと歩いて行った。





end







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