時間を掛けるか一瞬か 10月上旬 曇った空は、あと数時間もすれば雨が降り出すだろう。空気は湿っているような気がする。雨が降り出す時の空気だ。6月ならばじめじめしていて不快な空気だが10月と言うのはそれなりに澄んでいて不快な気はしない。 そんな澱んだ空の下、何とはなしに歩いていた。 何も考えず、ただただ、道を歩く。 退屈な訳じゃない、暇な訳じゃない、何も考えたくないから、歩いた。 右に曲がったり、左に曲がったり、適当に歩く。景色なんて見てない。視界に入るのはぼやけた前の道だけ。此処が何処かなんて知らない。見覚えなんてない。目的地なんてない。何も、ない。 このまま歩き続ける必要もない、か 庭に木や草がある家の前を通ると、地面に虫が仰向けに転がっていた。何とはなしに歩くのを止めた。 死んではいない。もがいている。生きようとしているのか、最後のあがきなのか、判別はつかない。バタバタと6本の足をばたつかせていた。ただただ、見つめた。ただただ、息をしていた。ただただ、生きていた。ただただ、……… 「何してるの」 聞き覚えのある声がして、虫を見つめていた顔を上げた。数メートル前に見覚えのある顔が。 何故いるのか、とか、探していたのか、とか、いろいろ聞きたいことが浮かんだけれど、どれも声として口から出る前に頭の中で流れていった。 口角を少し上げ楽しそうな彼の顔を見つめていると、彼はその顔に合った実に楽しそうな声でもう一度言った。 「何してるの」 「…なにも、」 してません、と続く言葉は発せられなかった。どうでも良くなったのだ。彼に関係のないことなど。 その返答に差して機嫌を損ねた様子はなく、うっすらとした笑みが消えることはなかった。何が彼をそこまで楽しませているのだろうか。彼が笑みを浮かべる時は破壊衝動の限りを尽くした時か、加虐心をそそられた時か、自分の興味の対象(この場合、強い者、リボーンなど)と出会った時だ。 「なんでそんなに楽しそうなんですか」 「君が、そんな顔をしているから」 どんな顔だろうか。推測するに加虐心をそそられる顔だろう。そんなに弱そうな顔をしているのだろうか。 「死にたそうな顔をしてる」 一歩、彼は踏み出した。 コツ、と地面に靴のかかとが当たる音が。 コツコツコツとゆっくりとした歩みで近づいてきた。 何も考えず、ただ、それを見つめる。 あと二歩で目の前までくると言う所で彼は止まった。彼の歩く道の前には未だ仰向けの虫がバタバタと動いている。 「こんなものを見てたの」 視線を地面に向けた彼が言った。顔に笑みは無く、表情は無表情。虫を、見ているから。 「ねぇ、綱吉、」 顔を上げ前を向いた彼に笑みは戻っていた。器用な人だと思った。 彼はまた視線を地面に向ける。釣られて地面を見た。彼の足が動いた。そう認識すると、パキリと言う軽い音。そしてジャリッと言う地面を擦る音。 あぁ、踏み潰したのか 特に何も感じなかった。喜びも怒りも哀しみも楽しみも。何も。 笑みを浮かべた顔が此方を向いた。 「もがき苦しんで死ぬのを待つより殺してしまった方が簡単だと思わないかい?」 浮かべた笑みは綺麗だった。声も綺麗だった。感情は、綺麗だろうか。 なんの反応も見せないことを不思議がることもなく、彼は腕を引いて歩き始めた。ゆったりと。 「でもね、綱吉、」 彼はゆっくりと歩くのを止めて立ち止まり、後ろを振り向いた。視線が合う。彼の笑みは消えてはいなかった。 「君を簡単に殺してなんてあげないよ」 【君だけはもがき苦しんで死ぬのを待っていてあげる】 end [*前へ][次へ#] [戻る] |