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生きとし生けるもの全て猛毒中毒者である

京←関 現代



 小説家関口巽の最新作『聲』は事故で視力を失った男が苦悩しながらも生きる希望を見つけていくという、今までの作風とはまるで違う関口ファンには衝撃の一作となった。小説の随所に『靄の様な絶望』と言われる関口らしい描写がされているものの、最終的に希望をみせる展開に様々な憶測が飛んでいた。

「『聲』が関口巽の最後の作品なんじゃないか、寧ろ関口はもう死んでいて別人が書いているんだ、なーんて噂まで流れてますよ。凄い反響じゃないですか、先生」
「止してくれよ、鳥口君。僕は何時も通り書いたつもりだ」
「あの盲目の男のモデルは大将でしょう?」
「さあね」
「もう、先生は。僕は感動したんですよ。最後のあの部分。『光など無くても善い。唯、彼女の聲さえあれば僕は生きて行ける』その直前まで絶望を描いておいてあの台詞。僕ァてっきりあのまま自殺するかと」
「もうその話は止してくれ。ほら、原稿だ。残りは明日までに仕上げるからまた明日この時間に来てくれ」
「うへえ!先生が締め切り前に仕上げてるなんて明日は雪ですか?では明日も来ますから師匠のとこに遊びに行ったりしないで下さいよ!」

ドアが閉まる音を聞いて、知らずに入れていた肩の力を抜いた。『聲』の話が出るたび密かに緊張してしまう。『聲』は確かに榎木津をモデルにしたところもある。しかしあれは私自身の話でもあるのだ。私の書く小説が昇華しきれない私小説なのは未だに変わっていない。

「『彼女の聲さえあれば』か」

小説の中の男は不運にも事故で視力を無くし、恋人の聲に新たな光を見出した。私は逆だ。聲に取り憑かれて光を捨てた。彼の聲無くして私に生きる理由無し。私に必要なのは彼の聲、それだけだ。
私を此方に留めるものは彼の聲だけなのだから。

 仕事場では無く私室に入る。合い鍵の無い錠を開けて、またしっかりと閉める。
機器のスイッチをいれ、ヘッドフォンを耳に当てれば善く通る低音が聞こえてくる。私が世界で一番好きな音。

「京極堂…」

今日は榎さんが来ているらしい。彼の楽しげな聲も好きだ。暫く彼らの会話を楽しみ、榎さんが寝て会話が途切れたのを確認した後、パソコンのフォルダを開いてお気に入りを再生する。嗚呼、何度聞いても静かな怒りを孕んだ彼の冷たい聲は最高だ。高性能のヘッドフォンがまるで彼が私の耳元で囁いているかのように音を流す。

「雑音が気になるな…。やはりあの盗聴器を買おうかな」

次はどこに仕掛けようか。京極の家には座敷、電話、寝室をはじめ大抵の場所にもう仕掛けてある。彼の本屋にも、神社にもいくつか。ばれないようにやるのは酷く難しかったけれど、それで四六時中彼の聲が聞けるなら安いものだ。

「嗚呼、生で聞きたいなあ」

坂を上って、彼の元へ。その聲を聴く為ならいくらでも馬鹿になろう。彼の冷やかな聲を思い出して背筋がゾクリと震えた。



生きとし生けるもの全て猛毒中毒者である
(どのみち僕等は確実に死へと追いやられている)





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