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潜む赤い悪魔

京関 人ならざるもの



「頼みがあるんだ」

何時になく真剣な声色で切り出した関口に、しかし中禅寺は一瞥しただけでまた本に目を戻した。灰皿から紫煙が立ち上り、部屋全体をぼやけさせている。堆く積み上げられた本、硬質な石の床、目の前に座る黒衣黒髪黒尽くめの男――見馴れた筈のその光景がぐらり、と揺れた。

「君の時間を、僕にくれないか?」

中禅寺が本から顔を上げる。新しい煙草に火が点けられ、煙の濃度が増す。

「僕の時間?また随分と可笑しなものを欲しがるね、君は。どうかしたのか関口?」
「どうもしないさ。唯、君の時間が欲しいんだ」
「意味を理解し難いな。僕の時間が欲しい、というのは、貰った時間を寿命に足そうとでもいうのかい?」
「そうじゃない。僕にくれた時間の間、君は何時もみたいに其処に座って本を読んだり僕と他愛もない会話をしてくれればいいんだ」
「今だってそうしているじゃないか」
「その時間の間ずっと、だ。此処に誰かが訪ねてくる分には一向に構わないが、君が此処から出るのは駄目だ」
「つまり軟禁か。期間は?」
「僕が死ぬまでの間」

漆黒の瞳が関口を射抜く。関口も珍しくそれを見詰め返した。
紫煙が緩りと吐き出される。

「僕に頼む、ということがどんな事だか解っているだろう。いいのか?僕は高いぜ」
「僕の全財産を払おう」
「それで足りるものか。時間は金よりも重い。――そうだな、君の魂を貰おうか」
「魂は食べない主義じゃなかったのか?」
「人間のモノには興味がないがね、君のは別さ」
「同族喰いか」
「僕らの様なものに禁忌など無いよ」
「悪趣味なことには変わりないよ」
「君に言えた義理か。しかしまだ足りないな。仕方ない、残りは君の時間で払って貰おうか」
「僕の時間?」
「そう、君の無茶な頼みと釣り合うには相当なものを貰わないといけないからな。君が死んでから僕が死ぬまでの間、君の時間を貰うよ」
「条件は?」
「其処に居ること。――さて、これだけ支払うことになるが君は僕の時間を買うかい?」
「――ああ、勿論」

紫煙が螺旋を描いて上っていく。最後に小さく円を描いて薄暗い部屋に溶けていった。



潜む赤い悪魔
(それは時折瞳から貌を出す)




あきゅろす。
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