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透明な結界が、嫌い

中関 現代高校生 


僕の友人に中禅寺秋彦という奴がいる。友人、というと怒るのだが、僕にとっては数少ない大切な友人だ。
中禅寺は細見の身体、鋭利な目、成績優秀というまるで絵に描いたような秀才くんで(眼鏡を掛けてないのが惜しまれる)、いつも不機嫌そうな顔で何やら難しそうな本を読んでいる。この前珍しく絵の多い本を読んでいたのでこっそり覗いたらおどろおどろしい妖怪ばかり描いてあった。あいつの趣味は理解しがたい。
まあ、そんなクールなイメージの中禅寺だが、実に意外なことにかなりの甘党なのだ。それはもう毎日帰りにコンビニに寄ってお菓子を買うくらいに。今日も新発売らしいチョコレート菓子を手にしている。彼の好みは和菓子だが、甘いものならばチョコレートでもパフェでもなんでもござれらしい。無節操な。

「関口?呆けてるとおいてくぜ?」

慌てて顔を上げると会計を済ませた中禅寺が怪訝な顔で此方を見ていた。

「ご、ごめん」

「まあこの寒さじゃ外に出るのは辛いけどな。今夜は冷え込むらしい。もしかしたら雪が降るかも知れないよ」

さっき買ったチョコを口に運びつつ中禅寺が厭そうに言う。雪綺麗じゃないか、と言えば、東京に降る雪なんて綺麗なものか、と返される。全く夢の無い男だ。

「ああ、これなかなか美味いな。この時期は新商品が沢山出るのは善いがどうも買い辛くて嫌だ」

その言葉にドキリとする。中禅寺の持つパッケージには季節限定の文字。街に漂う浮き立った雰囲気。そう、今、世間はバレンタイン一色に染まる二月中旬である。
この時期の男子高校生の悩みなど唯一つ、チョコを貰えるか否かだ。残念なことに僕は家族以外から貰ったことが無い。しかし今そんなことはどうでもよくて、僕が悩んでいるのは全く逆、つまり、チョコをあげるか否か、である。決して今年盛んに言われている逆チョコなどではなくて、悲しいかな、意中の相手は中禅寺だ。僕の報われない片想いももうすぐ二年になろうとしている。告白するつもりはない。玉砕が目に見えているのに気持ちを伝えられるほどの勇気は生憎持ち合わせていない。
でも、一度くらい“それっぽいこと”をしてみたい。思春期にありがちな自己満足でこの想いを満たしてみたいのだ。
花見も海水浴も花火大会も文化祭も体育祭もクリスマスも不機嫌そうな中禅寺の、唯一ほんの少しだけ機嫌の良くなる行事、このバレンタインに彼の好きなチョコをこっそり、決して僕と判らないように渡そう。そう考えるだけでも単純な僕の心は沸き立つ。
こっそり中禅寺のロッカーに入れておこう。チョコは今日中禅寺が食べていた奴にしよう。あれなら季節限定でこの先一年はコンビニで見かけて羞恥に駆られる心配がないから。
浮足立つ気持ちを抑えて14日を待った。


14日の朝、僕の心は晴れやかだった。チョコは昨日の放課後、中禅寺が委員会にいっている間にロッカーに入れておいた。その後は一緒に帰ったから昨日の時点では気付いていない筈だ。中禅寺はいつも早くに登校しているからもう気付いただろうか。包装もリボンも無い、そっけないコンビニのチョコレート。でも確かに僕は中禅寺にチョコを渡せたのだ。友人としてではなく、中禅寺に好意を寄せる人間として。そう思うだけで僕は非常に満たされた気分だった。

放課後、いつもの様に連れ立って帰る間も僕は甘い達成感に浸っていた。

「君、やけに上機嫌じゃないか。チョコでも貰えたのか?」

「そんな訳ないじゃないか。弟にチョコ分けてもらえるかもしれないけど」

「…兄としてのプライドは無いのか」

「…無いよ」

中禅寺が呆れたように溜息を吐いた。別に良いんだ、貰えなくたって。君の鞄には僕が買ったチョコが入っているんだから。そう考えてにやけそうになるのを堪えた。

「関口、ほら、」

そういって中禅寺が差し出したものを見て今までの気分が吹っ飛んだ。その手にある箱はどっからどうみても僕がロッカーに入れたのと同じだ。何故彼はそれを僕に差し出しているのだろう。もしかして、ばれた?いや、まさか、でも……

「これは僕が貰ったものだが君にあげよう。チョコ好きなんだろう?弟に貰うなんて憐れすぎるぜ」

僕はばれてない、という安堵とともに無性に悲しくなった。僕が必死の想いで買ったチョコは中禅寺に食べられることなく又僕の手に戻ってこようとしている。

「いらないよ。大体、君宛のものなのに僕が食べたらその子が可哀想じゃないか」

「なら君が弟に貰って食べるチョコの差出人だって可哀想だろうが。それにこれには手紙もおろか包装も付いて無かったんだ。何かの悪戯かもしれないだろ」

ほら、と差し出されるそれをなすすべも無く受け取った。さっきまで晴れ渡っていた心は土砂降りだ。手の中には哀れなチョコ。
食べないのか、と促されて一欠片口に入れる。口内に広がる甘さも僕を癒してはくれない。情けないが、こんなことで泣きそうだ。

「やっぱり僕にも一口くれ」

黙々と食べ続けていた僕の手を取って、掴んでいた欠片を僕の指ごと唇にはさむ。あまりのことに呆然としている僕を見て中禅寺は堪え切れないといったようにふき出した。

「今日僕はいつも通り一番に教室に着いた。その時ロッカーには既にこれが入っていた。僕が最後にロッカーを開けたのは昨日の放課後、委員会に行く直前だ。その時点で他の人はほとんど帰っていただろう。僕が委員会に出席している間、教室にはずっと君が居た。君の目を盗んで僕のロッカーにこれをいれるのは至難の業だと思うぜ。唯一人を除いては、ね」

ばれていたのだ。恥ずかしさで頭が真っ白になる。同性からのチョコなんて気持ち悪いだけだろう。だから、突き返されたのか。

「もしかしたら誰かが君に口止めしたのかと思ったが、その反応では違うようだね。……関口、悪かった、ちょっと悪戯が過ぎたよ」

俯く僕の頭を少し乱暴に中禅寺が掻き回す。嫌われたんじゃないのか?

「僕は唯、直接君から渡して欲しかったんだよ」

驚いて顔を上げようとしたが、骨張った指に抑えられる。指先が熱いのは僕の気のせいじゃない?僕の心臓は壊れそうなほど音を立てて、煩い。


透明な結界が、嫌い
(ねえ、壊してしまってもいいの?)





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