焼き尽くす白
京関 現代 社会人 同棲
トントンと規則正しく聞こえる音。僅かに漂う美味しそうな匂い。料理をする音というのは何故こんなにも幸福感を与えてくれるのだろうか。
私は誘われるようにキッチンへと足を運ぶ。
そこで見たものは世界の崩壊が明日だと知らされたような仏頂面で包丁を握る男の姿だった―――。
私が家賃滞納で追い出されたボロアパートから京極の所へ転がり込んでから今日でちょうど一週間経つ。その間ずっと京極は仕事であったし、私は私で荷物の整理などが忙しかったので食事は全てコンビニ弁当か外食で済ましていた。そして今日、私が此処に来てから初めての休日なのである。
「木偶の坊みたいにアホ面してどうしたんだい?お昼時にお目覚めなんてお早いですね、関口大センセイ」
「つ、疲れてたんだよ。ここ何日かはごたごたしていたし。それに、か、身体も痛いし…」
「ふん、君が普段怠け切った生活をしているからじゃないか。自業自得だよ。さて、何時までもそこに立って居られるととても邪魔なんだが。疲れているのならソファにでも座っていれば善いじゃないか」
「いや、君が料理してるのを見るのは珍しいから…」
京極の料理を食べたことは何度もある。学生の時分やこの家に泊まりに来た時など何回かご馳走になった。腕はなかなかのものである。しかし調理姿を見るのは稀だ。
「……そのニヤニヤは止め給え」
「だって、君、」
京極は家では大抵着物を着ている。随分クラシカルな趣味の持ち主なのである。しかし今はその和装の上に紺色のエプロンを纏っているのだ。その姿で、かつ仏頂面で鍋をかき回しているのである。私の笑いの虫はどうにも治まりそうにはなかった。
「てっきり割烹着かと思っていたよ」
京極は私を無視することに決めたらしい。無言のまま手際よく進めていく。料理が出来てくる様子を見ているのもなんだか楽しかった。
そうしている内に料理も終盤になったらしい。京極が此方を向いて呆れたように溜息をついた。
「君、暇なら皿を取ってきてくれ。ああ、その左のやつだ」
私から受け取った皿に煮汁を少し入れ、啜る。
それをぼんやり見ていたら目の前に皿を差し出された。中にはなにやら煮物的なものが入っている。
味見しろ、ということだろうか。彼が無言なので私も又無言のままそれを受け取った。
「あれ、これ…」
「不味かったかい?」
「いや、美味しい。でも君の作る料理って関西風じゃなかったか?いつもより味が濃い気がするのだが…」
京極は相変わらずの仏頂面で私を無視して料理の盛り付けを始めた。
京極は私の濃い味好みを体に悪いと昔からからかっていた。今日の料理が只単に彼のミスでないならば、これはなんというか、
「なんだか新婚みたいだ」
思わず口から出た言葉に自分で赤くなる。また馬鹿にされるに違いない、と京極を見遣れば一言。
「僕はそのつもりだが?」
そんな言葉をお通夜みたいな仏頂面で言える君の神経はどこかおかしい!
私だけが赤くなってるなんてなんだか悔しいじゃないか。
焼き尽くす白
(ちょっと甘すぎやしませんか?)
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