[携帯モード] [URL送信]
絶対零度に恋い焦がれて

関京関 学生パロ





珍しい事も在るものだ。
夕陽が差し込む放課後の教室。開いていた窓を閉めようと入ったそこに彼が居た。驚くべき事に腕を枕に顔を机に伏した状態で。

放課後の教室で生徒が寝ているのがそんなに珍しいかと言われればそうでもない。自習しながら寝ている子も居れば、友達の部活終了まで寝ながら待つ子も居る。
珍しいのは彼が寝ているということだ。

私は極力静かに彼へ近付いた。実は寝ていないのでは、とも思ったがその目蓋は完全に閉じられている。
それを確認し、途端に私の心臓は早鐘を打ち始めた。

彼、中禅寺秋彦。
彼を意識し始めたのは何時だったろうか。

私と彼の接点は授業中しか無い。
いくら進学校といえども文系クラスとあっては生物学に興味のある学生は少なく、ましてや眠いと評判の私の授業では顔を伏せているか違う教科の勉強をする生徒が殆どだ。
その中で背筋をピンッと伸ばし、真っ直ぐに私を視る彼は余りにも印象的だった。
彼としては只真剣に授業を受けていただけかもしれないが、私はその鋭い視線が気になって仕方なかった。全くもって教師失格である。

そっと彼の顔を覗き込む。
真っ直ぐ伸びた黒髪。切れ長の瞳は今は閉じられていて、思いの外彼を幼く見せた。普段は大人びて見える彼も今は年相応の普通の高校生に見える。
また心臓がどくり、と大きな音を立てた。

窓からは野球部だろうか、部活中の生徒の元気な声。
教室には私と眠る彼の二人きり。この時間には廊下を通る人も居ない。

――触れてみたい。

強く、そう思った。
陽に焼けていない、不健康な肌は屹度冷たいのであろう。
孤高の秀才と呼ばれる彼のこれ程無防備な姿などもう見る機会は無いだろう。
ずっと、触れてみたかった。

嗚呼、私は彼に特別な想いを――

あと少し、ほんの少し指を伸ばせば彼に届く。
黒い学生服から覗く細い首、夕陽に映える黒髪、端正な鼻筋…

――キーンコン、カーンコン――

誘われるように彼に伸ばしていた腕が寸での所で止まる。
駄目だ。
彼も私も男で、私は彼の教師だ。
私は何をしているんだ。禁忌を犯そうというのか。

我に返った私が慌てて腕を引っ込める前に身体に強い衝撃が走った。
机と椅子が倒れる派手な音とともに背中と頭に激しい痛み。
私を見下ろす中禅寺に、押し倒されたのだと気付いた時にはもう身体の自由は利かなくなっていた。
バクバクと鳴る心臓と打ち付けた身体と彼に押さえつけられた手首が痛い。

必死で今の状況を理解しようとしている私をあの鋭く強い瞳で見下ろしながら、彼は確かに、そう確かに笑った。

「触らないのですか?関口センセイ」

カッと全身が羞恥で熱くなる。
彼は始めから眠ってなどいなかったのだ。

「き、君っ、なんで…」

「あんなに熱っぽい視線を授業の度に送られて僕が気付かないとでも?」

ああ、私など死んでしまえば良い。今なら奈落の底に喜んで飛び降りよう。

「ふ、不快な思いをさせて、悪かった。もうそんな事は止めるから、そこを退いてくれ…」

一刻も速く此処を立ち去りたい。さもなくば窓から飛び降りてしまいそうだ。できることなら引き籠って仕舞いたい。明日から学校に来れるだろうか。否、彼がこの事を誰かに話せば即解雇だろうが…

「何を勘違いしてるのですか?僕は待ってたんですよ」

センセイがこうしてくるのを

あっ、と思った時には遅かった。唇に何かが、触れて。

さあ、もう戻れませんね。
と笑う彼を呆然と見ながら、ああ、彼の唇は思ったより熱かったなあなどと思った。



絶対零度に恋い焦がれて
(触れてみれば火傷するほどの熱)









第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!