ある朝/川崎乃亜様より(凌統)
朝、目を開けたら。
目の前に名前の寝顔があった。
「うわ、なんだっつの…」
予想外の出来ごとに、つい口走って起き上がった。
名前は俺の女。
つい最近付き合い始めて、……まだそういう関係は、無い。
俺は、無邪気に眠りこける名前の寝顔につい見入って……。
―――やべぇ。
可愛過ぎるっての…。
しかし、なんでここに名前がいるんだ?
内心、衝動を押さえながら名前の柔らかい髪を指で梳いた。
出会ったのは今年の春。
名前が俺の配下武将として配属された時だった。
それまで同じ呉に仕えていたとは言え、武将なんて掃いて捨てる程いたし、顔を合わせた事もなかった。
「名前と申します!
凌統様、どうぞ宜しくお願いしますね!」
そう言って笑ったあんたに、俺の心は射抜かれていた。
それから俺は名前を口説いて口説いて、やっと。
ついこの間口説き落としたばかりだと言うのに。
―――だから、なんであんたがここにいるわけ?
まるで襲ってくれと言わんばかりの、無防備な寝姿。
小さく開かれた口。
寝間着の襟元から覗く鎖骨。
枕に広がる豊かな髪。
俺は溜め息をついて寝台から立ち上がった。
「ん……」
その振動で目が覚めたのか、名前がうっすらと目を開いた。
「…あ、凌統おはよ…」
「おはよじゃないっつの……」
「えっ?
じゃあもう昼?」
見当違いの答えに、俺は再度溜め息をつく。
「まだ朝だけどさ……
なんで名前がここで寝てるわけ?」
名前はきょとんとして、答えた。
「眠れなかったから、預かってた鍵で戸を開けて入ってきちゃった」
―――人の気も知らないで。
黙り込む俺に、名前は恐る恐る問い掛けてきた。
「ごめんなさい。
凌統、怒ってる…?」
「怒ってるわけじゃ……」
その困った表情も愛しくてしょうがない。
俺はつい、名前を引き寄せ唇を奪った。
「凌…っ……」
長い口付けの後身を離すと、名前の白い顔は紅く染まっていた。
「あんた、無防備過ぎ……
普通、男の部屋に自分から乗り込む?」
「だって凌統とは付き合ってるし、凌統の事信じてるし、……それに」
みるみる顔をさらに鮮やかな朱に染めて、名前は俯いた。
「……凌統なら、いっかなぁ、…って」
―――うわ、もう犯罪だっての!
その顔、その言葉。
堪えられそうも無い。
俺、今まで結構遊んできたけど。
あんただけは本気だから。
大事にしようって思って来たのに……。
決心が揺らぎ掛ける。
「公績って呼んで」
「公…績?」
名前の大きな目が潤む。
俺は、名前の腰を引き寄せて、顎を上げさせた。
今にも唇と唇が触れようとした時。
ぐぅうううう。
名前の腹が鳴った。
「お腹空いたぁ……!
公績、朝ご飯食べにいこ?」
名前は鳴った腹を押さえて俺の目を覗き込む。
「色気より食い気……」
ボソリとつぶやく。
「公績、何か言った?」
名前は寝間着の上に上着を羽織り、寝台を抜け出した。
「私着替えて来るから、公績もちゃんと用意しといてね♪」
そう言い残して、怒濤の様に去って行った……。
独り取り残された部屋で、つい苦笑する。
―――ま、そんなあんたを好きな俺の負け……っての?
俺は寝間着を脱いで、着物に袖を通した。
―――色気なんか少々足り無くても。
いつも元気で良く笑う名前を、俺は、愛してる。
〔ある朝〕おわり
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