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新羅なんて嫌いだ。

池袋の街を駅に向かって歩きながら、臨也は先程の旧友の顔を思い浮かべて憤慨していた。

新羅なんて嫌いだ。

メチャクチャだ、と訳もわからず非難されたその後、臨也はまた散々訳の分からないことを新羅から諭された。
――そう、あれはまさに諭されたといった感じだった。

本当にトムのことを好きなのか。
初めての恋で舞い上がってるんじゃないか。
悪いことは言わないから静雄に相談するのは止めろ。
いつかきっと後悔する。

大体こんなことを息つく間もなく羅列されて、その上最後に「実に君は馬鹿だな!」とまで付け加えられて、腹を立てた臨也は返事もせずにマンションを飛び出した。
勿論、「馬鹿はお前だ!」という捨て台詞も忘れずに。
……さすがに、これは幼稚だったとは我ながら思うが。


街をずんずん歩いていく。
いまだに怒りがおさまらないせいか、迂闊にも人にぶつかってしまった。
すいませんと短く謝るが、その顔を見た瞬間固まってしまう。

「シ、シズちゃん……」
「ああ? 臨也?」
「シズちゃん!」

衝動的に腕を掴む。
静雄は目を丸くして、臨也が腕を引っ張ると慌てたように声をあげた。

「待て! なんだいきなり!」
「いいから! 来て!」

臨也がグイグイ手を引っ張ると、戸惑いながらもついて来る。
人気のない路地裏まで引っ張ってからようやく立ち止まるとクルリと振り返り、焦り顔の静雄の両腕を正面から掴んだ。

「おかしくないよね!」
「……ああ?」
「俺はおかしくないよね!? そりゃ確かに、男の俺が男を好きになるのは変なのかもしれないけど、でも俺はおかしくないだろ!? だって、そんなこと気にしないって、シズちゃんが、シズちゃんが、俺にっ」
「ちょ……まっ待て! 待て臨也! なんのことか分かんねえから、とりあえず落ち着け! な?」

どうどうと静雄に宥められて、臨也も少しずつ理性を取り戻していく。
両腕を掴んだままなのに気付いて、慌てて手を離した。

「ご、ごめん……」
「……いや、いいけどよ……。つうか、どうした? 何かあったのか?」
「新羅が……」

言葉につまって、むっと押し黙る。
静雄は数秒ほど待ってくれていたが、しばらくすると困ったように頭をかいた。

「あー……新羅になんか言われたのか?」
「……メチャクチャだって、俺が、アイツ、でも」
「何をメチャクチャだって?」
「……分からない。俺がトムさんを好きなのは、おかしいって」

悔しくて唇を噛む。
怒りはやるせなさに変わっていった。
なんだか、いきなり冷水でもかけられた気分だった。浮かれていた自分を笑われた気がしたのだ。

「臨也」

柔らかく名前を呼ばれて顔を上げる。

「新羅の言ったことは気にすんな」
「でも……」
「お前はお前の好きにすればいい。おかしくなんかねぇよ」

そう言って、クシャクシャと臨也の頭を撫でる。
それがなんだか心地よくて、そして同時にドキドキもした。
突然のことだったから、驚いたのだろう。

「うん。そうだね……」

おかしくなんてない。
臨也は間違ってなどいない。
後悔なんてするはずがない。

手のひらの温かさに目を細めながら、臨也は改めて確信した。
だってこんなにも静雄は優しくて、こんなにも自分はいま幸せなのだから、と。




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