17
周りに人がいないのが、せめてもの救いだ。
右手首を掴まれていては逃げられない。
いや、そうでなくとも逃げられる気がしない。
真正面から臨也を見つめる目が、静かに怒りを隠している気がした。
何も言わない臨也に、静雄が淡々と問いかける。
「なんでお前、逃げんの?」
「…………」
「電話もメールも、いきなり勝手にシカトしだすしよぉ」
「…………」
「おいコラ手前、聞いてんのか」
「そっちこそ……んで……」
「ああ?」
あ、ヤバい、泣きそうだ、と他人事のようにそう思った。
こうやって改めて会ってみるとよく分かる。
静雄のことが好きだ。本当に好きだ。
どうして今まで分からなかったんだろうと思うくらい、触れられたところが熱くて火傷しそうだ。
でも駄目だって分かっている。
静雄に嫌われていることくらい臨也だって知っているし、今さら好意を向けたって静雄が取り合ってくれるはずもない。
結果なんて初めから分かりきっている。
どう都合よく考えたって、静雄が臨也を受け入れるはずがなかった。
泣きそうだ。
トムのときはこんな風には思わなかった。
だからどうか何も言わないでほしい。
どうせ駄目なことは分かっているから、だからせめて言葉だけにはしないでほしかった。
「そっちこそなんで、俺なんかを追っかけてきてんだよお……」
だから会いたくなかった。
何も言われたくなかった。
綺麗な思い出としてとっておきたかったから。
しゃくりあげそうになるのを必死に堪えながらなんとか言うと、変な声が出た。
静雄はほんの少し目を丸くして、臨也の手首を掴む手をわずかに緩める。
「そりゃお前、逃げられたら普通、追いかけるだろ……」
「なんで」
「なんでって……まず俺の質問に答えろ。なんでシカトしてたんだよ。何回俺がお前に電話したと思ってんだ」
「……ほっとけばいいだろ、俺なんて……どうせ嫌いなくせに」
静雄の手が、臨也を離した。
でも臨也は逃げない。
目頭が熱くなって、それどころじゃなかった。
「俺はお前に、色々協力してきたつもりだったけど」
「……分かってる」
「もう好きじゃないのか」
「好きだよ」
言ってしまった瞬間が、もう限界だった。
今まで堪えてきたものが、まるで堰を切ったようにボロボロ溢れ出してくる。
泣いたってみっともない姿を晒すだけなのに、どうしても止まらなかった。
だって初恋だった。
「好きだよ、シズちゃん……ごめん、でももう、いいから」
「なんで」
「あきらめるから」
どうせ分かってるから。
嫌われてるのも憎まれてるのもぜんぶ、好きだなんていったって静雄が困るだけなのも、臨也はちゃんと分かっている。
「わかってる……迷惑でしょ? ウザいでしょ? わかってる、わかってるから……」
「でもお前、俺のことが好きなんだろ」
「ちゃんとあきらめるから」
あとからあとから涙がボロボロこぼれてくる。
いくらコートの袖で拭ったって無駄だった。
こんなにみっともない姿を見せてもまだ、静雄は静かに臨也を見ている。
何か言ってほしい、でも何も言わないでほしい。
静雄は暫く黙っていてくれていたけれども、臨也が何も言えないでいると悟ると自分から口を開いた。
「別にいいだろ」
「……え?」
よく聞こえなかった。
思わず顔を上げると、静雄はひとり言を言うように続ける。
「つーか、そのほうが俺には都合がいいしな」
臨也を見た。
「迷惑でもウザくもねぇから、お前はそのまま俺を好きでいろよ」
「は? なにそれ……」
意味が、わからない。
その真意を探ろうと臨也がどんなに静雄を見上げたって、静雄はちっとも表情を変えなかった。
何を考えているのかなんて分からない。
だから臨也がいつだって翻弄される。
でもやっぱり好きだと思う。
一度気付いてしまうと、愛しい愛しいと思う気持ちは止まらなかった。
でもだって、嫌われてるはずなのに。
「なに、それ……どういう、意味?」
「さあ、どういう意味なんだろうな」
「……やめてよ、そういうの……期待、するだろ……」
「してもいいんじゃねえの」
「……なに、それ」
静雄は黙って臨也を見た。ここ最近ずっとそうだったように、柔らかい眼差しで。
「ねえシズちゃん、それって、どういう意味。俺、期待しちゃうよ?」
「すればいいだろ」
「ねえシズちゃん、おれはばかだから、勝手に、都合よく考えちゃうよ? 勝手に、期待するよ? それでもいいの?」
「好きにしろ」
静雄ばっかり涼しい顔で、泣いてる臨也が馬鹿みたいだ。
臨也だけが必死になっても静雄は意地悪く笑って見せるだけで、欲しい言葉なんて一つもくれない。
きたいしていいの、と臨也はまた問い掛けた。
それでもやっぱり、静雄はどうなんだろうなと曖昧なことを言うだけで、でもそのあとに臨也の涙を優しく拭った。
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恋はでたらめ
(だってだって、わからないんだもの、恋なんてしたことなかったんだもの!)
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