16 でもだからって、この期に及んで何か特別な変化を望んだりはしない。 「ほーらね。だから言ったんだ」 何故だか嬉しそうに言って、新羅はやれやれと息を吐いた。 「恋愛慣れしてないと、こうなっちゃうもんなのかねえ」 「う、うるさいな……」 「しかもさあ、こともあろうに君はその静雄に恋愛相談をしてるわけだよ。どうすんの?」 「別に、どうするも何もない……」 勝手に勘違いして、それに静雄まで巻き込んでしまったのは確かに自分自身だ。 そもそも臨也は静雄に嫌われている。 男同士だとか、それ以前の問題だろう。 むしろこのことで少しでも静雄から優しくしてもらえたのだから、それを幸運に思うべきだ。 忘れてはいけない。 臨也は静雄に嫌われている。 「諦めるの?」 「諦めるとか、諦めないとか、そういうんじゃなくて」 「今も好きなんでしょ?」 取り立てをしているトムを見ていてドキドキしたのは、静雄に見惚れていたから。 静雄にトムのことで話しをしていて幸せだったのは、その相手が静雄だったから。 あの恋があんなに満ち足りていたのは、自分を嫌っているはずの静雄が優しくしてくれたから。 今考えればどうしてあんな勘違いをしていたのか分からない。 しかも新羅は先にそれを知っていて、きっとトムもそのことに気付いていた。 ――大事なことを一つだけ勘違いしてる。 優しい人。 馬鹿な臨也の勘違いに怒るでもなく、呆れるでもなく、諭そうとしてくれた。 だから静雄も心を許すんだろう。 ああいう人じゃないと駄目だ。 臨也では静雄の隣にいはいられない。 「諦めたらそこで試合終了だよ」 「だから、そもそも俺は、シズちゃんに死ぬほど嫌われてるんだって」 「もう好きじゃないの? だったら仕方ないとは思うけど」 「…………」 勝手に勘違いしていた。 だって今頃になって、やっぱりトムさんじゃなくてシズちゃんが好きです、なんて、そんな都合の良いことが言えるわけない。 静雄は静雄なりに協力してくれていた。 だからこそ、こんなふざけた告白が今更できるわけもない。 きっと呆れ果てるだろうし、前よりもっと嫌われるかもしれない。 そうだ嫌われたくない。 優しい静雄と一緒にいるのは幸せだった。嬉しかった。 「新羅はもちろん、知ってると思うけど……」 「何を?」 「俺はしつこい男なんだよ……だから、当然、シズちゃんへの気持ちも……変わらない」 「うん」 「我ながらばかげてるとは思うんだ、でも、やっぱり……」 「…………」 「やっぱり、好きだよ。でも今さら、そんなことシズちゃんに言えるわけない……」 「言質を取ったぞ!」 「――は?」 今まで大人しく臨也の話を聞いていた新羅が、突然勇ましく立ち上がった。 何が起こったんだと目を白黒させる臨也を一人置いて、興奮しながら一人で捲し立てる。 「やっと言った! やっと言ったね!? いやあ、この時を待ち侘びたよ! ここまでこんがらがっちゃうともう、揺るがない事実を君の口から引き出すしかないからね!」 「……新羅? 頭がおかしくなったのか?」 「失敬な! 君らは行動が滅茶苦茶すぎるから、はっきり言葉にしてもらうのが一番手っ取り早いと思ったんだよ! ――というわけで、静雄、もう出てきていいよ」 「はあ?」 やっぱり、頭がおかしくなったとしか思えない。 なぜ新羅は今、臨也のことを静雄と呼んだのか? ――いや、これも現実逃避だ。 だってまさか、たとえば実は静雄は先にここに来ていて、隠れていたから臨也は気付けなかっただけで、今までの会話は全て聞かれていたなんて、そんなことは堪えられそうにない。 そんな臨也の願いも虚しく、新羅が目を向けた扉はガチャリと開いて、そこから金髪長身のバーテン服の男が姿を現した。 久し振りに姿をこの目で見る気がする。 どこからどう見ても、それは平和島静雄だった。 「新羅手前……そろそろキレかけたぞ……」 「いやあごめんごめん! だって臨也が中々肝心なところを言ってくれないからさあ」 「シ、シズちゃん?」 咄嗟に口をついて出た。 こっちから一方的に連絡を絶ち切ってから、姿どころか声も聞かなかった。 もしずっと隣の部屋にいたなら、さっきの会話も全て筒抜けだったはずだ。 静雄のことが好きだと言ってことも、すべて。 「あ、臨也!」 臨也は立ち上がると、誰の制止も聞かずに新羅の家を飛び出した。 ありえない。 だってまさか、よりにもよって本人に聞かれているなんて思わなかった。 静雄は呆れたはずだ。 あんなに巻き込んで、相談して、応援してもらって、なのに本当は静雄が好きだったなんて、ありえない。 悪い冗談みたいだ。夢なら覚めてほしい。 「おい臨也、ちょっと待て!」 でもどうやら、夢なんかじゃなかったらしい。 強く握られた手首に感じる痛みはどう考えたって本物だ。 気が動転していたせいだろうか。上手く逃げられなかった。 「シズちゃん……見逃してよ……」 数少ない友人の住むマンションの壁に押し付けられながら、今日臨也は今度こそ、本当の失恋をする。 |