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13

「俺は変なんだろうか」

怪訝な顔で秘書が振り返った。
だが何もせずただ机の上に肘をついている臨也を見ると、また無言で書類整理を再開する。

「俺が変なんだろうか」
「……少なくとも普通ではないわね」

手を動かしながら、いかにもついでといった風に返事が返ってきた。
ぞんざいな扱いには慣れきっていて何とも思わない。
テキパキと大量の書類を整理をしている秘書の姿を見ながら、臨也はまた考えにふける。

勘違いをしていると言われた。
何のことなのかは全くわからない。分からないと思う。

臨也は確かにトムのことが好きだ。
好きなはずだ。
だってあんなに幸せて満ち足りていた。
あれが恋でないと言うなら、一体何が恋なのか分からない。

「ねえ波江さん、恋って幸せなものだよね?」
「何? 気持ちの悪い質問ね」
「まあまあ、たまには恋バナもいいじゃないか」
「……今度は何を企んでるの?」

新羅にも似たようなことを言われたなと思う。
臨也の機嫌のいい時は、大抵誰かの不幸の始まりだと言っていた。
それが本当なら、臨也は今までずっと誰かを不幸にしていたということになる。

「恋って幸せなものだろ?」
「なんなの?」
「そうだろ?」

はあ、とため息を吐いてから、波江は書類の端をトントンと揃えた。

「そうね、最高だわ。私は誠二のためなら何だってできるもの」
「……そうだよねえ」
「何なの? 本気で気持ち悪いわよ」

そういえば、あの時の新羅もトムと似たようなことを言っていた気がする。
本当にトムのことが好きなのかと、肩を掴まれて質問攻めにされた。
舞い上がってるんじゃないか、勘違いしてるんじゃないか。
そして最後にこうも言った。

――いつかきっと後悔する。

でももう終わったのだ。
臨也の恋はもう終わった。
トムに好きだと言って、そして勘違いだと切り捨てられた。
それが全てだ。
でも後悔なんてしてないし、好きになれて良かったと思う。
幸せだった。
確かに幸せだった。
でも今思えば、臨也が今そう思えるのは静雄のおかげでもある。

新羅は止めろと言っていたが、静雄と話すのは楽しかった。
だって優しかったのだ。
いつもからは考えられないくらい優しかった。
励ましてくれて、慰めてくれて、臨也の話を聞いてくれた。
どうしてあんなに優しくしてくれたのか分からない。
でもこの恋も終わるなら、そんな静雄と話すことももうないのだろうか。

それは少し、寂しいかもしれない。

「……は? 寂しい?」
「ちょっと、貴方さっきからうるさいわよ」
「ねえ波江さんさあ、もし弟君にふられたらどうする?」
「どうするも何もないわ。私は誠二を愛し続けるだけだもの」

波江は暫くの間うっとりとした顔を作ったが、すぐに鋭い目を臨也に投げかけた。

「それより貴方、早く仕事でもしなさいよ。私ばっかり馬鹿みたいじゃないの」
「優秀な部下がいてくれて俺は本当に幸せ者だよ」

幸せだった。

臨也は後ろを振り返って、高層マンションからの展望を視界に収める。
失恋した。
ハッキリ言われなくたって、確かに臨也はトムからフラれた。
なのに臨也はそこまで落ち込んでいないし、そんな自分のことを冷静に分析する余裕すらある。
どうしてだろう。
もっと落ち込んでもいいんじゃないか。
もっと嘆いたっていいんじゃないか。
なのに今の臨也は、トムにフラれたということよりもむしろ、静雄ともう二人で話すことはないんだということを惜しんでいる。

「だって好きだと思ったんだ」

幸せだった。

喧嘩してばかりの静雄が優しくしてくれた。
まるで普通の友達みたいに接してくれた。
いつもは嫌いだ殺してやると罵り合ってばかりなのに、優しい言葉をかけてくれた。

でも静雄は臨也のことを嫌っている。
そんなことくらい分かっている。
初めて会った時からずっと嫌い合ってきたのだ。
静雄は何度も本気で臨也を殺そうとしたし、臨也も色んな手段を使って静雄を陥れようとした。
そんな臨也を、今さら静雄が許すはずもない。
分かっている。
静雄は一生臨也のことを憎み続けるだろう。
そんなことくらい分かっている。

「好きだって思いたかった」

だからそんな静雄のことを好きになったって、自分が傷付くだけなのは分かりきってた。
だから好きになんてなりたくなかった。
初めての恋だった。初めて感じる胸の温かさだった。

だから。
まさか。
だって。

でも。

「……ねえ波江さん、俺、今最高に死にたい気分だよ」
「あら、それじゃあ気が変わらないうちにそこから飛び下りてみたら?」


だって初恋だったんだ。




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