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「でも全然普通の奴だったんだ」

支払いも終えて喫茶店を出ると、また適当に歩きながらトムが言った。

「まあ確かにすぐキレる奴だったよ。異常なくらいキレやすかった。でもな、怒らせさえしなきゃあ、その辺のどこにでもいる普通の中学生と変わらなかった」

静雄の話だ。

臨也がどう答えていいのか迷っている間にも、トムはまるで独り言を言っているように喋り続けた。

「でも、その怒らせないようにするってのが、確かに難しいっちゃあ難しかった。俺だってアイツを怒らせたことはある。殴られそうになったこともある。今だから言えるけど、正直怖かったよ。いつか殺されるかもしれないとも思った。そんくらいアイツの力は怖かった」

トムは臨也の顔を見ると、ほんの少し笑った。
手のかかる自分の弟の話をしているみたいだ、と臨也は思った。
自分にも妹がいるからそう思うのかもしれない。

「でもなあ、それ以上に、可哀相だって思ったんだよ。アイツは好きでキレてるんじゃねえんだ、好きであんな力を持ってるわけじゃねえんだ。怒ってさえいなきゃ、大人しい普通の後輩だったんだよ。そんで寂しがりだった。放り投げるのは可哀相だった」
「……同情したんですか」
「んー、どうだろうなあ。少し違うかもしんねえ。でも、そうだったのかもなあ」

あ、嫉妬してる、と臨也はやっと気付いた。

なんだか胸がモヤモヤとして、でもトムの話を遮ることはできなかった。
聞いておきたいと思った。
それは静雄とトムの間にある、臨也には到底入り込めない信頼の根底だ。

「俺はなあ、多分アイツに、自分もその辺にいる普通の奴らと何も変わらねえんだって、それを分かって欲しかったんだよ。なのに俺が離れてったら意味ねえだろ? アイツはすーぐ卑屈になるから、俺が横から肩を叩いてやらないといけなかったんだよ」
「怖かったのに?」
「怖くてもだ。今も怖がってるのかもしんねえ。でも、アイツ、たまに笑うようになったんだよ。俺が卒業する時なんかは泣いてよお、アレはグッとくるもんがあったなあ……って、恥ずかしいなこんな話すんのは」

トムは照れ隠しに頭を掻くと、臨也にも分かるくらい懐かしそうに目を細めた。

こんな二人だから、静雄もトムを臨也に紹介するのを躊躇わなかったのかもしれない。
そしてトムも静雄を信じた。
臨也の悪い噂なんていくらでも聞くだろうに、こうやって無防備に二人で会ってくれるなんて普通はない。

「仲が良いんですね、本当に……羨ましいくらいです」

自然と口をついて出た言葉に、トムはきょとんとした顔をした。
臨也も自分が何を言ったのか遅れて気付いて、顔がカッと熱くなる。

何を言っているんだ。

まさかそれで臨也の気持ちがバレるとは思わないが、迂闊で自分に似合わない台詞だということくらいは分かる。
事実トムも不思議そうな顔をしていた。

「い、いや、今のは違うんです! 今のは、えっと……」
「――ハハッ! まさかアンタに、羨ましがられる日がくるなんてなあ」
「……え?」

何かを勘違いされた気がする。
だがトムが一人で愉快そうに笑っているので、臨也もこれ以上余計なことは言わずにおいた。


目的もなく歩いていると公園の中に空いているベンチがあって、座ろうか、とトムが言うので臨也もそれに従う。
本当に不思議な人だった。
他人に気負わせないというか、自然とこちらの力を抜いてくれる。
気付けば臨也も大分肩の力を抜いていて、普通に会話ができるようになってきていた。

「何か飲むか?」
「え?」
「そこに自販機あるし、何か奢ってやるよ」
「え、いやそんな、悪いですから」
「だから、昨日も言ったろ? 先輩らしいことさせてくれって。缶の一本や二本、別に大したことねえべ」

「コーヒーでいいか?」という問いに半ば押し切られる形で頷くと、トムは立ち上がって行ってしまった。
俺はこの人が好きなんだなあ、とその背中を見ながらまるで他人事のように考える。
自分のことなのに何故か妙に冷静で、不思議と落ち着いた気持ちでいた。

こうやって二人で会ってみてよく分かった。
トムは良い人だ。優しくて察しが良く、何より懐が広い。
何でも許してくれるような気になる。どれだけ甘えても、頼っても、最後には笑って受け入れてくれるような気がする。
静雄が望んでいたように、臨也が昔から欲しかったのもきっとこんな人だった。

だけど何故だろう、一緒にいるだけ疑問はふくらむ。
どうして一緒にいる時間の分、臨也の頭は冷えていくのだろう。


ほんの一、二分で、すぐにトムは戻って来た。
てっきり自分の分も買ってくるものだと思っていたのだが、缶コーヒーを一つしか持っていない。

「あ、すいません」
「いーんだって。気にしないでくれ」
「……ありがとうございます」

奢ってもらったコーヒーを臨也が飲む間、トムはずっと無言だった。
それを気まずいと感じさせないのがこの人の凄さかもしれない。
久し振りに飲む缶コーヒーは、やはりあまり美味しいものではない。
最後の一口まで喉に流し込んでしまうと、それを見たトムが腕時計に目を落とした。
会ってからもう二時間は経っただろうか。なんだかんだで時間は流れていく。

「……あー、そんじゃあそろそろお開きにすっか。今日はいきなり悪かったな」
「あ」

それで臨也も気付いた。
コーヒーを飲んでいた間、トムは臨也から話をするのを待ってくれていたのだ。

そういえば、今日は臨也のほうから話があるということになっていた。
なのにトムはそれを急かすこともなく、だが静雄の話を振ったりして話しやすい状況にしてくれていた。
どうして気付けなかったのだろう。

「思ったより楽しかった。アンタも噂で損してるタイプだよなあ。機会があれば、また夕飯でも食いに行くか。静雄も入れて三人で」
「え、あの」
「ん? それとも静雄は嫌か? 仲良さそうに見えるんだけどなあ、分かんねえなあ」
「あの、トムさん!」

大きな声が出た。
臨也が縋るようにトムを見ると、トムもまた驚いたように臨也を見ている。

「好きです」
「はい。 ……って、え?」
「好きです。俺、トムさんが好きです」
「え?」

――ああ、言ってしまうのって案外簡単なんだ。

目の前で目を見開いたまま固まるトムを見て、やっぱり臨也は冷静にそう思った。



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