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駅で臨也を見付けると気さくに片手をあげて、まるで数年来からの知り合いであるかのようにニコニコとこちらに寄って来る。
臨也は気付かれないように深く息を吸って、吐き出した。

大丈夫だ。いつも通りにしていれば、何も問題はない。

「よお、今日はいきなり悪かったな」

トムが言った。
二人きりで話すのは初めてだ。

「……あ、いや……元はと言えば、俺のせいですし……」
「おいおい、静雄がいなくても大人しいのか?」

困ったようにトムは頭を掻く。眉が八の字になって、人の良さそうな顔が苦笑していた。
ああ、この人だ。
この人が静雄にとって大切な人で、そして臨也の好きな人だ。

「しっかし今日はあっちぃな。どっか店にでも入るか?」
「……そうですね。どこか、適当に」
「どこがいい?」

少し迷ったあと、どこでも、と臨也は答えた。
我ながら気の利かない答えだが、「それじゃあ適当に歩くか」とトムは笑いながら言ってくれる。
緊張している臨也を気遣ってくれているのだ。
誰に言われるまでもなく優しい人だった。静雄が慕うはずだ。

暫く歩いて、駅からそこまで離れていない喫茶店に入った。
時間帯のわりに人は少ない。
臨也はホットコーヒー、トムはアイスティーを頼んだ。
ウェイトレスに注文を告げてしまうと、トムは臨也に向き直る。

「この暑いのに、ホットなんかで良かったのか?」
「店内は、寒いくらいですから……」
「あー、まあそんなもんか。アンタ寒がりっぽいもんなあ」

そうだろうか。そんなことを言われたのは初めてだ。
誉められているとも貶されているとも言えず、臨也は口籠った。

「静雄は暑がりなんだよ、本当は」
「……シズちゃん?」
「でもずっとバーテン服だろ? 笑っちゃうよなあ。っとにブラコンっつーか。ま、そこがアイツのいいとこでもあんだけどな」
「そう、ですね」
「なあ折原さん、アンタ思ったより大人しいのな。この前は静雄がいるからだと思ってたけど、そうでもねえのか?」
「いや、それは……」

それは、話している相手がトムだからだ。

何を話していいのか分からない。
それでも、昨日に比べればまだ話せているほうだと思う。
少しは慣れてくれたのだろうか。緊張は少ない。
いや、むしろ変に落ち着いているくらいだった。
全く緊張していないわけではない。
だが、そんな自分を客観的に見ている自分がいることも確かだ。

「まあ、他人の噂なんてあてになんねぇよなあ。静雄はアンタの名前も出そうとしたがらねえし」
「あ。やっぱりそうなんですね」

嫌われていることくらいは勿論分かっている。
トムは何か言おうとしたようだったが、そこでちょうどウェイトレスがホットコーヒーとアイスティーを持って来た。

「ご注文は以上でよろしいでしょうか」
「ああ、はい」

なぜだか慌てたようにトムが言って、ウェイトレスは「ではごゆっくり」とまたテーブルを離れていく。
よく見ると静雄の好きそうな子だな、と臨也は思った。
清楚で優しそうな子だ。
まあ勿論、だからといって中身までそうとは限らないわけだが。

「俺さ、アンタはもっととっつきにくい奴だって思ってたよ」
「え?」

トムはアイスティーに口をつけながら言った。

「でも、別にそんなこたぁねーんだな。そんなもんなんだよなあ、静雄もそうだったし」
「シズちゃんがどうかしたんですか?」
「お、気になるのか?」

ニッ、と口角を吊り上げられて、臨也は思わず視線を彷徨わせた。
さっきからペースに乗せられている気がする。
さすがは普段から静雄やヴァローナと行動を共にしているだけのことはある。

「俺と静雄は中学が同じなんだけどよ。静雄はな、入学してくる前から俺らの間で噂になってたんだよ。飛んでもない暴れん坊が来るらしい、ってな」
「暴れん坊、って」

あまりにピッタリな表現に、思わず吹き出してしまった。
それを見たトムが嬉しそうな顔をする。

「今日初めて笑ったな」
「……なっ」

臨也は顔が熱くなるのを感じて、咄嗟に顔をそらした。

ああそうか、こういうことを言ってしまえる人なんだ。
そしてだからこそ、静雄もこの人のことを信頼している。



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