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恋をすると周りが見えない/後編

俺と一緒にパフェ制作にいそしむなんていう最高に利益にならない作業を渋りに渋った新羅だったが、セルティの『手伝ってやったらいいじゃないか』という説得のおかげでとうとう折れた。

始めから諦めてくれればよかったのに。
それか、粘るなら粘るで最後まで妥協しないでほしかったね。そしたら、ほら、もしかしたらこの話はまた明日にでも、ってなったもしれないし。
……まあ、それでシズちゃんが諦めてくれるとは俺も思わないけど。

「……で、どうするの?」

いつもの白衣を脱いで、新羅がエプロン姿になる。声色も表情も、そして全身で纏う雰囲気も、面倒臭いから早く終わらせろ冗談じゃないぞ早くここから出て行け、と言わんばかりだ。セルティとのラブラブタイムを邪魔されたのがよほど癪に障ったらしい。
まあまあ、落ち着いて。とりあえずは落ち着いて。元を辿って行けば俺も被害者の内の一人なんだよ。
今やその俺も加害者にもなっちゃったわけだけどね。


しかしまあ、そんなに同じ人とずっと一緒にいたいもんかね。

俺とシズちゃんなんて、交際期間が長すぎてそういう甘酸っぱい気持ちは遥か遠くへ飛んで行ってしまった。倦怠期とかそういうのももう今更だ。いっつも一緒にいるもんだから、格別に同じ空間にいたいとは思わない。っていうか未だに街中で遭遇したら普通に喧嘩はするし。でも改めてまた会えばそれもリセット。言いたかないが、なんかもう熟年夫婦みたいになっちゃってる。
新羅とセルティなんて一緒にいる期間だけなら俺とシズちゃんよりはずっと長いんだから、付き合い始めたのが最近だからって今更ずっと一緒にいようとしなくてもいいのに。つーかどうせ同じ家に住んでんだからほぼ一日中二人きりだろ。ちょっとくらいその時間を友人である俺にも割けよ。

「とりあえず、パフェなんてさ、なんか生クリームとアイスを詰め込んどけばそれらしくなるんじゃない?」

手を背中に回して、後ろ手にエプロンの紐を結ぶ。
自主的にエプロン姿になった新羅とは違って、俺の場合は強制だ。さも当たり前のようにエプロンを装着した新羅を見たシズちゃんが、「お前も着ろよ」と俺に詰め寄った結果である。まあ特に実害もないので了承した。どうせ俺が折れる羽目になるんだから初めから言うこと聞いてたほうが良いんだよ。その辺は悟ってるから、俺。

「ぶっちゃけ、僕パフェなんて実物で見たことないんだよね」
「ふうん」

まあ、パフェだなんてそんないかにも「女の子」なもの、シズちゃんみたいな余程のスイーツ好きでない限り見る機会はそうそうないだろう。
新羅に「普通の」彼女がいればまた別だったのかもしれないが、残念ながら相手がセルティではお洒落な喫茶店デートなんて期待できそうもない。

「いいよ適当で。食えるもんができればそれでいいんだから」
「……本当だろうね? 僕、また作り直しなんて嫌だからね」

作る前から随分な言いぐさだ。

だが、その可能性は確かにあった。たとえば何かをトチってとんでもなく不味いものが出来上がってしまった場合、シズちゃんなら作り直しを要求してきてもおかしくはない。クソッ、お前は何もしてないくせに、ちょっとは働け馬鹿。想像だけで腹が立ってきたぞチクショウ。

「まあ容器と材料は買ってきてるからさ、とりあえず詰め込めばいいよ」
「君が言うならそれでいいけど。じゃあさっさとやろう。そして早く帰って」
「それじゃあコレ、よろしく」
「……はあ?」

俺が新羅に渡したのはボウルと泡だて器、そしてまだ液状の生クリームだった。

勝手な俺の偏見だが、パフェといえば生クリームだ。そしてその生クリームは、言うまでもなく液体のままでは使えない。ホイップ状態になっていなくては困る。そして更に、その状態まで持っていくには泡だて器でカシャカシャと掻き混ぜる必要が出てくる。
だから俺は、新羅にその重要な作業を託したのだ。よろしくね、という意味の笑顔も添えて。

「ちょっと臨也、なに面倒臭いこと押し付けようとしてんの。やだよ俺こんな地味辛い作業。君がやりなよ」
「俺も嫌だよ。こんな細腕でそんな労働させようっての」
「君よりは俺の方がよほど体力はないと思うけど」
「頼むよ新羅。後生だから」
「絶対に嫌」
「頼むって」
「い、や」

暫くの問答の結果、結局生クリームを泡立てる作業は俺がやることになってしまった。新羅を相手にしても最終的には折れる俺、可哀相。

ボウルに入れた生クリームを無言で混ぜ続けるという、想像を絶するほど地味な作業に没頭することになる。椅子に座りながらやっているのだが、これがまたクソ面倒臭い。単調な作業はつまらないし、何より疲れる。こんなことなら生クリームなんて買ってくるんじゃなかった。クソ面倒臭ぇ。

「新羅は何してんの?」
「俺はバナナ切ったり、チョコレートを湯煎にかけたりしてるよ」
「ゆせん? ゆせんって何?」
「いいから君は黙ってそれ混ぜてなよ」

うんざりしたように新羅が言って、俺は仕方なくまた作業に没頭した。ここで新羅にまたごねられては困る。

しかしそれにしても「ゆせん」って何だ。なんだその単語、初めて聞いたぞ。お菓子作りにおける専門用語か何かだろうか。
ぶっちゃけ、今日のことで新羅まで巻き込んだのは俺の災難を少しでもお裾分けしてやろうと思ったのが理由の大部分だったのだが、これは本当に手助けになったのかもしれない。

「……こんなもんか?」
「ああ、いいんじゃない?」

ひたすらガチャガチャやっていると、まあホイップと言えなくもない程度まで固まった。まあこんなもんだろう、うん。新羅もいいっつったしね。

後は適当に容器の中にアイスやフレークを詰め込んでいく。味見なんてものは勿論しない。何しろ既製品なので、そんなみみっちい作業は不要だ。
容器の淵までいっぱいに詰め込むのが終了すると、最後に生クリームとバナナを乗っけて、新羅がゆせんとやらにかけたチョコレートをかける。見た目はあまりよろしくないがこれで完成だ。完成ったら完成だ。

「生クリーム余っちゃったね」
「君にあげるよ。持って帰れるもんでもないし」
「じゃあ有難く頂戴しよう。コーヒーなんかに浮かせたら美味しそうだ」

言いながら、人差し指ですくってペロリと舐める。俺はあまり甘いものは好きではないのでパスだ。新羅は何かに気付いたように「あ」と声を漏らしたが、もう今更このパフェに追加的な何かをする予定はない。
アイスが溶け出してしまう前に、完成したものをすみやかにシズちゃんの前に持っていく。

「はいパフェ」

シズちゃんはセルティと呑気に談笑に興じていたが、俺がやって来るとピタリと口を閉じた。大したことはしてないのになんか妙に疲れた。

「本当に作ったんだな……」
「そうだよだから食べなよ。早く食べろ」

シズちゃんがスプーンを持って、まず生クリームを一口口に入れた。それをじっと新羅が見守っている。俺ではない新羅だ。何をそんなに必死に見ているのか知らないが、味付けなんて俺たちは一切してないんだから少なくとも不味い筈がない。
事実シズちゃんも、「うまい」とボソリと呟いた。すると新羅は安堵したように息を吐く。だから、ほぼ既製品なんだから不味いはずないんだっつーの。

「ノミ蟲と変態眼鏡でも、マシなもん作れんだな」
「殺すぞシズちゃん」

誰のせいで慣れないことにトライしてやったと思ってんだ。お前の我が儘のせいだろうが。
思わずナイフを取り出しかけたのを「まあまあ」と新羅が宥める。さっきまで必死な形相だったのに、もう余裕綽々な態度に戻っている。

「まあいいじゃないか。なんだかんだで、君も愛されてるってことでさ」
「はあ?」

何言ってんだ、こいつ。俺が愛されてるのなんて分かってんだよ、愛されすぎて疲れ果てるくらいなんだよ。
どうせなら、俺はもう少し癒されるような愛され方をしたい。疲れない方向の愛され方をしたい。

「静雄が喜んでるんだから、まあ今日のところはこれで一件落着ってことで、ね? だからさっさと帰って」

お前それが言いたいだけだろ。










――さて、ここで万事解決と思われたこの話、実は後日談が存在する。

「……やあ。運び屋が俺に会いに来るなんて珍しいね」

アポなしの訪問者がいたと思ったら、なんと珍しいことにセルティだ。仕事の依頼をした覚えもない。

『新羅に頼まれた忘れ物を届けに来ただけだ』
「忘れ物?」
『この前の忘れものだ』

この前、とはパフェを作った時のことを言っているのだろう。確かに、余った材料はそのままおいていてしまった気もするが、あれは忘れたというよりはあげたのだ。

「別にいいのに。あれは君達にあげたつもりだったんだから」
『これだけは返しておけと新羅に言われた』

これ、とスーパーのレジ袋を渡される。受け取ってみると、中身はずっしりと重かった。

「何?」
『グラニュー糖だ。じゃあな、確かに渡したぞ』

せっかちなものだ。渡すものだけ渡すと、セルティはさっさと俺に背を向けて行ってしまった。

グラニュー糖と言うと、生クリームに入れるために買ったものだろう。お菓子作りなんて今後する予定のない俺にとっては、あっても邪魔なだけの代物だ。
新羅の奴、厄介なものをわざわざ送り返してきたな。しかし袋の中を確認して、俺は思わず我が目を疑うことになる。

「……嘘だろ……」

なんとその袋の中のグラニュー糖、どういうわけか一切の未使用・未開封だったのだ。













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恋をすると周りが見えない
(いつだって自分のことに手一杯だ!)


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