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恋をすると周りが見えない/前編

調子に乗ってると思うんだよね。

「頼む」
「……嫌です」
「臨也、頼む」
「…………」

もう一度言う。こいつ、確実に調子乗ってる。





いや、まあね。俺だってもう数年前から気付いてはいたんだよ?
俺の恋人である平和島静雄は、馬鹿なくせになんだか妙なところで勘が良くて動物的で、俺のちょっとしたことにもすぐ涙を流して号泣し、あまつ俺の体力気力を搾り取り、まさに面倒臭いという言葉がバーテン服を着て歩いている言っても過言ではないような男のくせに、何故だか俺は突き放せない離れられない、ついでに言うと多分むしろ甘やかしている。
俺はシズちゃんを甘やかしすぎた。

そうだぶっちゃけよう、惚れた弱味だ。なんだかんだで俺は平和島静雄に惚れているから、だから大抵のことは「仕方ないなあ」で済ませてしまうのだ。
他の男だったらまず間違いなくとりあわないし、襲い掛かってきたら目潰しくらいのことはしてやるし、最悪社会的に抹消するくらいのことはやると思う。

だがシズちゃんは別だ。どんなにウザい面倒臭いと思ったって結局のところ俺はシズちゃんのことが好きで、だから我が儘を言われるとどうしても弱い。すぐに折れてしまう。
その結果どうなったって? この泣き虫馬鹿力モンスターを増長させたんだよ。

この前俺の勘違いが原因でわりと派手な喧嘩をしてしまったが、その時うっかり俺が「お前に泣かれるの面倒臭ぇ」といったニュアンスの言葉を漏らしてしまったのにもかかわらず、それからも相変わらずシズちゃんはちょっとしたことですぐに泣きだす始末だ。
いやむしろ、泣くのが最終手段くらいに思ってる節すら出てきた気もする。
そうだね、だって君に泣かれると俺もう妥協するしかないからね。シズちゃんを泣き止ませることだけに全力を注がないといけなくなるからね。自分の我を通してる余裕なんてなくなるからね。

でもさあ、頼むよ。

「動物園に行きたい」

頼むから、昨日の夜のアレコレのせいでろくに足腰立たない俺に、そんなアクティブな要求するのは止めてくれよ。


大体さあ、俺言ったじゃん。昨日散々言ったじゃん。もう止めて下さい勘弁してくださいお願いします、って言ってたじゃん。
なのにシズちゃんがさあ、さながら飼い主から叱られた柴犬のごとく露骨に寂しげな顔するから、結局俺が折れて何回もするハメになって、その結果こうなったんじゃん。翌朝の俺の体がとんでもない疲労を訴えてるんじゃん。この体力馬鹿が。

今日だって本当はもっと寝たかったくらいだ。なのに妙なところで規則正しいシズちゃんが朝の7時半だなんて健全な時間に起きるから俺まで起きるハメになって、その上朝ご飯まで作ってやってさあ。
俺はお前のお母さんか! って感じだよ。新妻とかじゃないねこれは。完璧お母さんだよ。だってその朝ご飯を食べてる間、俺に動物園に連れて行くことを要求してくるわけだからね。旦那さんだったらむしろ、ここは「俺が連れてってやるよ」くらいのことを言うはずだからね。っていうかこれってむしろ、休日のパパって感じじゃないか?
……わーお、さすがは俺。お父さん要素まで持ってるわけだ。恋人であり母親であり父親でもあり、そもそも高校の同窓生であり、俺は一体シズちゃんのなんなわけ? そしてお前は俺の何なんだ。

「あのさあシズちゃん。俺、今日は外に出たくないんだよね」
「ディズニーランドでもいいぞ」
「なんで遠くなってんだよ。だから外に出たくないんだって、俺今日は家でゆっくりしたいんだって」

シュン、と露骨にシズちゃんが悲しそうな顔をした。
もし今シズちゃんに耳と尻尾があるとしたら、確実に両方とも垂れ下がっていることだろう。って言うか一度そういうこと考えだしたらもうそういう風にしか見えない。もうわんわん雄にしか見えない。
くっ、さすがだなシズちゃん。この俺に幻覚を見せるなんて大したもんだよ本当。

「でも行きたい」
「なんでそんな、今日に限って行きたがるの? 君が動物好きなのは知ってるけどさあ」
「……これ」

俺が作ったオムレツをムシャムシャしながらシズちゃんが差しだしたのは、新聞の間に挟まっていたと思わしきチラシだった。
シズちゃんは新聞自体は読まないがチラシを眺めるのは好きらしく、こうやって俺の家に泊まっていくときは必ず朝一で新聞を持ってくる。そのあたりは地味に助かっていた。
でも欲を言うと、見た後のチラシをあちこちに散乱させるのは止めて欲しいかな。この前なんかは、トイレの中にドーナッツのチラシあった。トイレの中で何見てんだお前。

「ああ、ここね」

シズちゃんが差し出したチラシは、ここからわりと近い動物園を紹介したものだった。しかし動物園のチラシとはまた珍しい。そんなに経営状況がやばいんだろうか。このチラシを配ることによる宣伝効果と宣伝費、果たしてどっちが上なのか……なんてのは、まあ俺には全く関係のない話だ。
そこには、簡単な園内の紹介と動物たちの写真が載っていた。言っちゃ悪いが別に何て事のない広告だ。ハッキリ言ってパッとしない。ああそう、だからなんだって感じ。こんなので釣られるなんてシズちゃんも単純だなと思ったのだが、そのチラシの一番下を見て俺は悟った。

そこには園内のレストランの割引券がついていて、まあ、その、チョコレートパフェの半額券がついていたのである。

「シズちゃん、君……」

つまりこいつ、チョコレートパフェに引っかかりやがったのだ。










「――うん、そこまではよく分かった。分かったけどさあ、それでどうして君達がうちに来ちゃうのか、僕には全然分からないんだけど?」

俺は考えた。考えに考えた。
我ながら、なんて単細胞で即物的な恋人なんだろうと思うよ。だけどさ、まあぶっちゃけ、あんなチョコレートパフェの半額券ごときに引っかかっちゃうこのスイーツ大好き男のことを、俺の思考回路はどういうわけか「可愛い」などと思ってしまったのだ。

人間って単純だよね。惚れた奴の可愛いお願いはできるだけきいてあげたい、とかこっ恥ずかしいことを思っちゃうよね。それをこの俺が考えちゃうあたりが恋ってすごいよね。すごいキモいよねほんと。我ながら。

「だからさあ、つまるとこシズちゃんはパフェが食べたいんだよ。それさえ果たされればそれでいいんだよ。でも俺、料理はともかくお菓子作りなんてしたことないんだよね」
「僕だってないよ」
「一人でいきなり作り始めるのはちょっと不安だけど、でも二人で作ればとりあえず食べれるのができそうだろ? シズちゃんもそれでいいって言ってくれたし」
「静雄……」

新羅が俺の隣に座るシズちゃんに非難の目を向ける。だがそのシズちゃんはといえば、そんな新羅の無言の抗議よりコーヒーに砂糖を入れる作業に夢中だった。
入れすぎだろ、と俺が心の中で突っ込んだ頃に、ようやく顔を上げる。

「……なんだよ?」
「あのさあ、パフェとかそういうものが食べたいならさ、なにも作らなくたってその辺の喫茶店にでも入ればいいだろ?」
「馬鹿かお前。臨也が作ることに意味があるだろ」
「ああ……」

そう、そういうことだ。
俺だって馬鹿じゃない。新羅と同じことは考えた。考えたうえでこういうことになってしまったのだ。

ハッキリ言って、今日の俺にはシズちゃんと一緒に動物園を周るだけの気力はない。シズちゃんの目的は確かにパフェだが、動物園なんかに行けば全ての動物を見たがるに決まっている。そして一日中連れまわされるに決まっている。
冗談じゃない。今日の俺は体力的に結構限界だ。そんなことをしたら確実にぶっ倒れる。冗談じゃない。

かと言って、その辺の喫茶店にでも連れて行って好きなパフェを奢ってあげると言ったって、それで納得してくれるシズちゃんではない。ろくに知りもしないくせに、案の定「嫌だここがいいんだ」などと駄々を捏ねだして、俺を困りに困らせた。一度言い出したら中々譲らない、面倒臭いことこの上なしな男だなのだ、平和島静雄という男は。
だから俺は必死に打開策を探した。この遥かにシズちゃんよりは性能の良い頭を必死に回転させて、必死に俺が動物園などという疲れる上に臭い場所に行かなくていい可能性を模索した。そして行き着いたのが、もうこうなったら作っちゃおう、という結論だった。

いい響きだよね、「手作り」って。
おかげでシズちゃんがすごい勢いで食いついて来たよ。ぶっちゃけちょっと言ってみただけだったのに、なんかもう後に引けなくなっちゃったよ。

なんてことはないつまり、「動物園のパフェ」と釣り合うのが、「俺の手作り」だけだったという話なのだ。

「あのさあ、君達……」

新羅が深々と溜息を吐いた。
ですよねー。だって今日、セルティ家にいるもんね。邪魔されたくないよね。でも俺もさ、外に出るよりは家の中でお菓子作りでもしてたほうが楽だから。

「君たちはどうして、何かあるとすぐに俺のところに来るんだよ!」

ほとんど泣いてるような声だった。
大声に驚いたのか、今までテレビを見ていたセルティがビビってこっちまでやって来る。PDAに何か打ち込んで新羅に何か言っているようだったが、俺の位置からは見えなかった。

「だってセルティ、この二人はいつも俺まで巻き込むんだよ。しかもどうでもいいことで!」
「どうでもいいって、失礼だな新羅」
「そうだぞ新羅。俺らはいつも真剣だ」

俺とシズちゃんは二人揃って抗議するが、新羅もまた負けじと言い返した。

「どうでもいいことじゃないか! 君達の喧嘩は大体がどうでもいいことだよ。この前は目玉焼きにかけるのは醤油かソースか、なんてすこぶる下らないことで喧嘩してただろ? 別にどっちだっていいじゃないか。そしてどうしてその最終判断を俺に委ねようとするんだよ。自分で美味しいと思う方を食べればいい話だろ? 互いに譲り合う気持ちも大切だよ。僕だったら、たとえセルティが目玉焼きに唐辛子をかけると言い出したってその意思を尊重するね」

ああ、そういえばそんなこともあったな。

「……セルティは口ねえから目玉焼きなんて食わねえだろ」
「安心してくれ。その問題ならウスターソースが解決してくれたよ」
「そういう話じゃあないんだよ!」

ガンッ、と新羅がテーブルに拳を振り下ろした。これは大分なご乱心らしい。

いや俺もさ、悪いとは思うよ。ほんと申し訳ないとは思うよ。
恋人とは二人きりでいたいもんなんだよね、分かるよ。特に付き合い初めの頃ってそうだよね。俺には遠い過去の話にも思えるけど、そういう時期は俺にもあったから分かるよ。

でもさ、俺、正直自分の都合しか考えないから。ちょっと譲ってもシズちゃんの都合までしか考えないから。だから新羅の都合まで考えるようなサービスはないよ。
だって俺は自他ともに認める外道だから。ここ、重要。













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恋をすると周りが見えない


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