[携帯モード] [URL送信]


2時間ほどで、その日の夕食はお開きということになった。
静雄とトムはわりと会話が弾んでいたようだったが、臨也は自分が何を喋ったのかすらあやふやだ。

当然割り勘になるのだろうと思っていたのだが、会計の際に財布を出した臨也と静雄を止めたのはトムだった。

「待て待て、ここは俺が払わねえと。後輩二人に出させるなんてできねえべ」
「いや、でもトムさん、無理に誘ったのは俺っすから」
「いーんだって静雄。給料入ったばっかだから、これでも今リッチなんだよ」
「……それを言うなら、こいつもだと思いますけど」

こいつ、と言って投げ遣りに静雄が指をさしたのは臨也だ。
不意のことだったのでビクリと体が強張る。
だが実際、臨也にもこの3人の中で一番所持金が多いのは自分だろうという自信はあった。
それならばとまた慌てて財布を開くと、「いーからいーから」とトムが止める。

「そういうんじゃねえんだよ。たまには先輩面させてくれ。な?」
「……トムさんが言うなら」
「…………」
「お前も何か言えよ」
「えっ。ああ、あの……あり、がとう、ございます……」

トムの顔を見れず俯きながら言うと、顔を上げろ馬鹿が、と静雄が小声で文句を言う。
だがトムはそんなことを少しも気にしないように、大らかに笑った。

「なんだ、アンタ結構、可愛いとこあんのな」

ますます顔を上げられなくなる。


店を出てそのまま逃げるように臨也が新宿に帰ろうとすると、今度はそれを止めたのは静雄だった。
静雄と二人でいると注目を浴びてしまうのでできれば早く帰りたかったのだが、臨也は渋々と足を止める。

「……何?」
「携帯出せ」
「なんで?」
「いいから出せ」

押し問答をしていても仕方がないので大人しくプライベート用の携帯を出す。
すると、静雄は今度はトムに言った。

「トムさんすいません、こいつにアドレス教えてやって貰えないっスか。絶対に悪用させねえんで」
「え?」
「はっ!?」

あまりの無茶振りに声が出ない。
トムだって明らかに動揺している。

「え、いや静雄……え? なんで?」
「いやなんかこいつ、トムさんに話したいことあるみたいなんで」
「ええ? マジか?」

これは臨也への質問だ。

勿論静雄のでたらめな嘘なので否定しようとしたのだが、すると静雄に睨まれてしまって思わず口を閉じてしまった。
きっと臨也に協力しようとしてくれているのだ。
親切でやってくれているんだ。
必死にそう自分に言い聞かせながらおずおずと頷くと、「マジで!?」とトムが声を上げる。

「俺とアンタって、なんか接点あったっけ?」
「いや……ええと……」
「トムさん、こいつ案外シャイなんすよ」
「そういう問題なのか?」
「大丈夫っす。トムさんのアドレスを悪用させるような真似は絶対俺がさせないんで」
「まあ、お前が言うならそうなんだろうけどよ」

だからって、臨也なんかにそう易々と個人情報を教えるわけがない。
静雄だってそのくらいは分かっているだろうに、一体何を考えているのだろう。

だがトムは少し考えるように間を開けると、「俺が送る側でいいか?」と臨也を振り返った。
え、と思わず聞き返してしまうと、アドレスのことだと言う。

「赤外線で、俺が送る方でいいのかってことだけど」
「ああ……。ああっ、はい」

遅れて臨也にも意味が分かって、あたふたと携帯の赤外線受信の準備をする。

信じられない。本当に教えるのか。
そのくらい、この二人は信頼関係にあるということだろうか。
少し羨ましい。

トムは自分の携帯を臨也のそれに近づけると、プロフィールごとデータを送信した。
臨也の携帯に「田中トム」が新しく追加される。
それがなんだか気恥ずかしかった。
そんな必要はないと思っていたが、やはり嬉しいものなのかもしれない。

「ま、いつでも連絡してくれて構わねーよ」
「はあ、えっと」
「それにしてもアレなんだな、アンタ結構、静雄と仲良かったんだな」
「……はは」

曖昧に笑ってはぐらかす。
今度こそ臨也は二人と別れた。





「……トムさん、アイツ色々と面倒臭ぇんですけど、よろしくお願いします」

臨也の背中を見送りながら、静雄が煙草を一本取り出した。

「いやいや、俺が情報屋にお願いされることなんてないと思うけどなあ」
「……そうでもないっスよ」

ライターの火を付けようとするが中々つかない。
よく見ると中の灯油が切れていて、静雄は無意識に舌打ちした。

「あいつ、案外馬鹿なんで」



あきゅろす。
無料HPエムペ!