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会話のほとんどは静雄とトムが中心になっていた。
といっても別に除け者にされているという訳でもなく、それとなく静雄から話を振られたりはしていたのだが、どうしてもそれに上手く返すことができないのだ。

あの静雄が臨也を気遣ってくれている。
トムが臨也のすぐそばにいる。
それだけでもう容量オーバーだった。
何も考えられない。
折角好物の寿司が目の前にあるというのに、それすら味がよく分からない。

「そろそろ暑くなってきたなあ」
「そっスね」
「お前、真夏でもおんなじ格好だもんなあ。暑くね?」
「いやでも、折角弟がくれた服なんで」
「お前は本当に弟が好きだなあ」

二人の会話もほとんど耳に入って来ない。
味の分からない寿司を口に詰め込んで、必死に早くこの時間が終わることを祈っていた。
嬉しいよりも気恥ずかしさが勝る。
このままだと心臓が爆発しそうだった。

「でさ、アンタ……えっと、折原さん?」

ピキ、と自分の体が固まるのが分かった。
トムから直接話しかけられるのはこれが初めてだ。

「えっと、今日はなんでここに? 俺はてっきり、アンタと静雄は水と油てきなアレだと思ってたんだが……」
「あ、それは」

視線をうろつかせると静雄と目が合った。
何か気の利いたことを言えとでもいうように目配せされて、余計に言葉に詰まる。

「シ、シズちゃんが……」
「静雄? アンタも静雄に呼ばれたのか」

小さく静雄が溜息を吐くのが分かった。
すぐに、何でもないようにトムに答える。

「はい。ちょっと用あったんで」
「へえ。やっぱ仲が……いや悪いんだったな、すまん」
「別に怒んねっスよ」
「でも折原さん、アンタのほうはどうなんだ? 静雄はこう言ってっけど、誘いに乗ったってことはある程度好きなんじゃねえの?」
「えっ」

予想外過ぎる質問に面食らう。

少し前の臨也なら、そんな質問すぐさま否定してやっただろう。
静雄なんて嫌いだった。
だからこそ、仕事をする静雄を見て感じた胸の高鳴りをトムへの恋心だと思ったのだ。

だが、今はどうだろう。
静雄のことが好きかと問われるとすぐに否定できない。

だってこんなに優しい。
静雄が臨也のために色んなことをしてくれて、だからこそ臨也もこの恋を幸せだと感じることができた。
本当に嬉しかった。幸せだった。
なのに臨也は、今も静雄のことが嫌いと言えるのだろうか?

「いや、俺は……」

嫌いと答えるのが正解だ。分かっている。

静雄も近くにいるし、妙なことを言って不快にさせたくない。
臨也の気持ちがどうであれ、静雄が臨也を嫌いだというのは変わらない。
臨也と静雄が和解しただなんて噂が流れたって困る。
だからここは、今まで通り「嫌い」と答えるべきだ。

静雄が近くにいるんだから。
たとえ静雄が見ている前だとしても。

「俺は、別に」
「――悪かった」
「え?」

今まさに答えようとする臨也を、質問した本人であるトムが遮った。

「静雄の前で聞くことでもないよなあ。変なこと聞いて悪かった」
「あ、いや……」

顔を正面から見れず、さっと目を逸らす。
それでもトムは気分を害した風もなく、「他にも何か食うかー?」と気を遣ってくれた。
聞いていた通りの人だ。優しい。

渡されたメニューを受け取って開く。
それを眺めながら何を頼むか考えている間ずっと、静雄がこちらを見ているのには気付いていた。

それでも臨也は、それに気付かないふりをした。


あきゅろす。
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