6 なんてことをしてくれたんだ。 臨也の頭を占めたのは、まずはその一言だった。 なんてことをしてくれたんだ。 それでもみだりに怒ったりできないのは、同時に分かってもいるからだ。 静雄は臨也のためと思ってトムを呼んでくれたのだ。 分かっている。分かってはいても、余計なことをしてくれた静雄を憎たらしく思うのは止められない。 名前を出したからと言ってすぐにトムがやって来るわけでもないのに、既に緊張がぶり返している。 その緊張が伝わったのか、静雄がすまなさそうに言った。 「なんかその、悪いな……」 「別にいいけど……。別にいいけど!」 なんだかすごく残念だった。 何が残念なのかは分からない。ただ、なんだか勿体ないような気がした。 だって折角、二人でゆっくり話せるチャンスだったのに。 「シズちゃんの馬鹿……馬鹿野郎……」 「手前……いや俺も悪かったけど、人の親切にその態度……」 「もうやだ、本当にやだ。大体なんなの? 最近のシズちゃん気持ち悪いよ」 「んだとコラ手前。いい加減にしねえと……」 「なんでそんなに協力してくれんの? なんでそんなに優しいわけ? 俺のこと嫌いだろ?」 嫌いなんだろ? メールも電話も付き合ってくれる。 こうやって会って話をしてくれる。 わざわざトムさんまで呼んでくれて。 だって、普通嫌だろ? 自分の大嫌いな奴が、自分の大好きな人に惚れたりしたら、普通は嫌だろ? 協力なんてしないだろ? 「大体さぁ、シズちゃん最初から優しすぎたよ、なんなんだよもう……」 「それは」 静雄は少し言葉に詰まった。 不服そうな顔をしながら、それでも話そうとしてくれたのだが。 「だってそれは、お前が――」 「よう静雄、待たせたか?」 静雄以外の人間の声が上から降ってきて、静雄の話を遮った。 聞いたことのあるその声に、臨也もハッと顔をあげる。 トムだ。田中トムがそこにいる。 呆然としているとむこうも臨也の存在に気付いたのか、こっちを見るとすぐさま驚いたような顔をした。 「うおっ、折原臨也がいる!」 それは明らかに、臨也がいることを予期していない反応だった。 臨也がジトリと静雄を睨むと、静雄はすぐさま視線をそらす。 その明らかに静雄らしくない行動に、臨也は確信した。 静雄はトムに、臨也もここにいることを話していなかったのだ。 「どうした静雄! 大丈夫か静雄! キレないのか!?」 「あー……今は無害なんで大丈夫っす。すんません」 チラリとトムに見られた気がして、臨也は慌てて俯いた。 なんだ、この気恥ずかしさ。 「マジか? そうなのか? いやでもお前ら、仲良かったのか?」 「いや、断じて良くはないですけど」 あ、やっぱりそう答えるのか。 分かってはいたことだがそれが少し残念に思えて、臨也はすぐにそんな思考を打ち消した。 静雄はお人好しだから仕方なく臨也に付き合ってくれているだけであって、本来は臨也のことなんて殺したいくらい嫌いなのだ。 それはさっきも確認したはずだ。勘違いしてはいけない。 ……勘違い? 「お前らがそれでいいならいいけどよ、つーかこれ俺がいちゃっていいのか?」 「大丈夫っす」 「いやお前が良くてもよ」 「いいよな臨也」 「えっ、いや、あの、……はい」 なんだ、この羞恥プレイ。 臨也が頷くとトムは少しだけ悩むような素振りを見せて、だが結局は静雄の隣に座った。 それにほっと胸を撫で下ろす。 臨也の隣に座られたらどうしようかと思った。 「お前らはもうなんか頼んだのか?」 「はい、俺たちは」 「んじゃあ俺の分だけ頼むか。そうだな……」 胸がドキドキと脈打っている。 緊張で心臓が爆発しそうだ。 こんな状況に追い込んだ静雄が恨めしくてこっそり睨み付けると、臨也の視線には気付いたはずなのにトムと一緒にメニューを覗き込み始めてしまった。 気持ちのやり場がなくなってしまって、臨也はとりあえずお冷やを喉に流し込む。 ああもう本当に、それにしてもこの状況は何なんだ。 |