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まあでも実際、臨也が恋愛事に疎いというのは本当だった。
だってこれまで、誰か特定の人だけに特別な好意を持ったことがない。
だから新羅の言った、「舞い上がっている」という表現はあながち間違いだとも思わなかった。
そう言われればそうなのかもしれない。
だって、今こんなにも幸せで満ち足りている。
ふわふわと体が浮いているみたいに幸せで、これで舞い上がるなという方が無理な話だった。

だからやっぱり、おかしいのは新羅の方だ。
自分だってこれまで散々浮かれ調子でセルティの惚気話をしてきたくせに、臨也のことだけ非難してくるなんてどうかしている。


だが、意外なほど早くに転機は訪れた。
静雄から届いた一通のメールが始まりだ。

『今日空いてるか』

メールを見ると臨也はすぐさまにスケジュールを確認して、そうして夜なら空いているとすぐに返事をした。
静雄からも間を開けずに返信が来て、露西亜寿司に行かないかと誘われる。
臨也は勿論すぐに了承した。

約束をしたのは夜の七時だ。
二人揃うと目立つので、あまり騒ぎにならないように店の中で待ち合わせをしていたのだが、臨也は予定よりもかなり早くに着いてしまった。
少し舞い上がりすぎたかもしれないと反省しつつ中に入ると、それでも先に来ていたのは静雄だった。

「よう、早いな」
「シ、シズちゃんこそ……」

こうやって実際に会うのは久し振りかもしれない。
静雄に新羅の暴言について訴えた時以来だ。

二人でと約束していたから、当然静雄が一人で待っている。
あの時は頭に血が昇っていて分からなかったが、二人きりというこの状況はなんだかやたらと緊張した。
そばにトムがいるわけでもないのに、近くに静雄がいるというだけでドキドキする。

「なんか頼むか」
「うん、ええっと……君にお任せするよ」
「ああ? 手前も選べ」

乱暴にメニューを投げて寄越されて、慌ててそれを開く。
そういえば忘れていたが、そもそも静雄は臨也のことが嫌いで、そして臨也も静雄のことが嫌いだったのだ。

忘れていた。
そのくらいこの恋に夢中だった。

「んでお前、この先どうしたいんだ?」

さっさと注文を済ませてしまうと、案の定静雄がするのはトムの話だ。
当たり前だった。それでここまで静雄と近くなれたのだから。

「どうって言われても……」
「なんだよ、ハッキリしろよ。告ったりとしねーのかよ」
「こ、告白!?」
「そうだよ。しねーのかよ」
「し、しししないよ!」

動揺がそのまま態度に出てしまった。
静雄はそんな臨也を冷めた目で見ながら、うるせえ、と投げ遣りに言う。

「普通よぉ、好きな奴がいたら、付き合いたいとかって思うもんなんじゃねえの?」
「俺は別に……シズちゃんから話を聞くだけでいいし……」

大体、トムと付き合っている自分を想像できない。
告白するとか付き合ったりとか、そういうものは必要なかった。不思議と必要に感じなかった。
両想いになった自分たちというものを想像しようとしても、どうしてもシミュレーションが上手くいかない。

自分が恋愛下手だからだろうと臨也は思っていた。
好きだからどうにかなりたいとか、そんなことをトムに対して思ったことはなかった。

「意外とシャイなんだなお前……」
「別に、そういうんじゃないけど」
「じゃあお前、付き合うまではいかなくても、仲良くなりたいとかは思わねえの?」
「それも別に……見てるだけでいいっていうか……」

よく分からない。
具体的に何をどうしたいとか、そんな願望は本当になかった。静雄から話を聞くだけでよかった。
言われてみれば確かに変かもしれない。
煮え切らない臨也の態度を見ると、何故だか静雄は少しだけ気まずそうに頭をかいた。

「あー、やべえな……。お前がそんなんだとは思わなかった。お節介だったかもな」
「……何が?」
「トムさん呼んじまった」
「は?」

言葉を失う臨也を前にして、静雄は更に気まずそうな顔で言った。

「だから、今日、ここにトムさん呼んじまった」

――は!?



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